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第12話

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 朝食を終えて、一口ごとに「美味しい」とか、目元が緩むフォラスの様子に満足した俺は洗い物なんかの後片付けをしながら、さて今日の予定は――と考え始めた。
 が、はたと気付く。
 俺の役目は魔王フォラスの魔力を体内の核に受け取る事で、直近の課題は拠点を決める事だった。
 その拠点が決まって、こうしてのんびりとした朝を迎えている今、俺のすべきことと言ったら――。

「タクト」
「明るい内はしないよ!?」
「――」

 唐突な呼び掛けに思わず反応してしまったら、フォラスがびっくりした顔だ。

「どうした」
「や、何でも……ごめん。どうした?」

 自分でも過剰反応だと判っていたので、素直に謝ってから用件を聞く。
 フォラスは何か言いたそうな顔をしていたけど、追及してくることはなかった。

「これは私の思い付きだからタクトにも難しい質問だと思うのだが、魔物の肉は料理に使えるか?」
「肉、……え?」
「魔物の肉だ。一般の動物に比べると体躯は大きいが、味はそんなに変わらないと思う」

 体が大きいけど一般の動物と変わらない肉って事は、牛や豚……じゃなくて、熊や鹿、猪といった森の野生動物ってことだろうか。
 いや、でも。

「魔物って人を襲うんだろう……その、人を、食べたり、とか……」
「そういう種もいるが、それをタクトに勧める気はない」

 フォラスが苦笑する。

「いわゆる兎や鳩といった型の、人に敵わないと自覚し逃げる事を最優先にする魔物だ」
「それなら普通の兎や鳩でいいんだけど……」

 言うと、フォラスの目が軽く瞠られる。

「……日本の子どもは家畜以外の動物を殺生することに抵抗を感じると聞いたが」
「確かに自分でこ、ころ、すって考えたら、たぶん無理だけど、……解体もか。でも、ありがとうって、頂くよ」
「そうなのか……」
「それに子どもじゃないからな。もう成人してる」
「……そうだった。すまぬ」

 謝りながら頭を撫でられると、本当に判っているのか疑わしくなるが、妙なことに嫌な気がしないのでスルーする事にした。

「そのお肉がどうかした?」
「今日の予定がまだ決まっていないなら、魔物狩りに誘おうかと思ったのだ。この世界特有の生態にはまだ触れていないだろう?」

 確かに特有と言われると否だ。
 ビースト族やエルフ族を通りで見かけたが、それだけだし、猫を見掛けた以外に動物や虫の類も見た覚えがない。

「私が一緒で、魔物を相手に万が一はない。多少は驚かせるが、魔法による戦いを見物してみるのはどうかと、な。行ってみないか?」
「行く」

 即答した。
 だって他に何をしたら良いのか判らないし。
 それを考えるためにも、この世界のいろんな情報を自分の目で見て、実体験するのは必要なことだ。そう考えた俺に、フォラスは笑顔で頷く。
 
「では、まずは魔王城で衣服や装備を見繕おう」
「魔王城で?」
「らしい演出のために、いろいろと揃っているからな」

 そう言って微少うフォラスの表情は、少し楽しそうだった。


 ***


 その後、準備は城の方がしっかりと出来ると言われて転移魔法で魔王城に移動したわけだけど、……魔王城、広い!
 デカい!
 めっちゃゴージャス!!
 魔物の王の城なんていうから混沌とした闇の世界みたいなものを想像していたけど、少なくとも城内の空気は澄んでいて綺麗だし、明かるくて視界は良好。華美な装飾は一切無いにも関わらず、真っ白な壁と、俺の腰くらいまである高さの木目の腰壁の艶と、赤い絨毯の敷かれた廊下の、足裏から伝わってくる歩き易さは、アラブの王様が泊まるホテルってきっとこんな感じなんだと思わせる高級感に溢れていた。
 いや、俺の想像力が貧困な自覚はあるが、とにかく凄いんだ!

「魔王はこの城のどこで生活してたの?」
「主には謁見の間だ。勇者達が「魔王の居場所」として想像し易いとかで、最上階にある」
「へえ。此処って何階建てなの?」
「さて……日本人の君に分かり易い言い方をすると地下一階、地上三階になるのだろうが、違う階への移動手段が魔法陣で、部屋の起点はバラバラだし、最上階までは螺旋階段をひたすら上っていく事を鑑みると、何とも言い難い」
「えっと、じゃあ、最上階は地上何メートル?」
「百メートルといったところか」

 ってことは、マンションとかで言うと三十階くらい?
 それを階段で上るって、勇者、大変だな。

「ん? ってことは……あ、そうか」
「なんだ?」
「いや……その、お城って言うくらいだから使用人もいて、最上階まで食事を運んだりしていたのかなって思ったんだけど……」
「なるほど。食事は不要だと話したのを思い出したか」
「うん……」

 それに睡眠もいらないんだっけ。
 じゃあフォラスは、ずっと謁見の前にいたのかな。

「使用人とか、部下とか、いないの?」
「私は魔物の王であり、魔物は理性や知恵を持たぬ獣。この城で、私に仕えるなどまず不可能だろう」
「話し相手も……」
「同様だ」

 たった一人、この広い王城にいた――そんなフォラスの姿を想像すると、心臓から苦いものが全身に流れていくような気がした。
 そんな俺の心境に気付いたらしいフォラスの手の平が頭の上に置かれた。

「おかげで、タクトと過ごしている今は楽しい」
「……そっか」

 まるで慰めるように告げられた言葉に、俺はなんて答えたら良かったんだろう。
 答えが出ないまま、フォラスに案内されて宝物庫という部屋に到着する。
 地下の使用人部屋や厨房、食糧庫は設備があるだけで空っぽだと彼は教えてくれたが、ではこの宝物庫の煌びやかさはどうした事だろうか。
 百以上の武器や防具といった装備類が並ぶ間に、金銀銅鉄が入り混じった硬貨の山が幾つもある。
 天井から釣り下がった乾いた植物はドライフラワーに似ているけれど、花っぽくないので、薬草とかそういった類のものだと思う。
 奥の方には、戦場には不似合いなドレスが何着も掛けられ、その近くには街で見かけたような庶民の服もずらりと並び、仕立てる前の布も山積みされている。

「これ、どうしたの」
「勇者が魔王を倒した後に手に入れる予定のお宝だと、アドが毎回用意しているものだ。今回は君の分も加わって、普段より量が多いが」
「俺の分?」
「たくさん持たせて悪目立ちするよりも、必要に応じて此処から持っていかせた方が良いと」
「あー……そういうことか」

 アフターケアが雑だと責めた事を心の中でお詫びする。
 そうだよな、俺が此処に居るのは魔王フォラスがあってこそだし、都合が良いとかなんとか、そういうふうにフォラスと恋人ごっこを楽しめと言われた気がする。
 ……いや、お詫びはしなくても良いかもしれない。
 思い出した途端に何となく気分が悪くなった。

「私がいれば危険はないが、かと言って無装備では要らぬ傷を負う。……そうだな、この辺りからが君のサイズだろう。軽装備でいいか?」
「うん」

 創造神の言葉を思い出して腹の底がぐるぐるしていたが、フォラスにそう声を掛けられて気持ちを切り替えた。方法がどうであれ、契約してここに来たからには俺は役目を果たさなければいけないし。
 これから半年間ここで暮らす以上は、ちゃんと生活していかなければならない。

「武器は、やはり使えないか」
「ん。扱えるのは包丁と金槌くらいだよ」
「ふふっ」

 日本ではそれでも充分過ぎる凶器だと暗に告げると、フォラスが柔らかく笑った。馬鹿にするのとは反対で、それでいいと言いたげな優しい笑い方だった。

「君の場合は杖を持たせて効果を高める必要もないし、防具だけで良さそうだな。火蜥蜴の皮で作られた胸当てなら鉄よりも丈夫で軽いから君の動きを阻害しない」
「靴も履き替えるのか?」
「その靴では蛇や虫型の魔物に噛み付かれるぞ」
「あ、それで膝下までのブーツ型が多いのか」
「ワイバーンの皮ブーツにしよう。風属性で軽量化されているのに龍種の牙でなければ破れないほど耐久性に秀でている」
「……それって、剣も持てない素人が身に付けていてもいい代物なの?」
「もちろん偽装済みだ。見た目には『何となく良さげ』な皮ブーツだよ」
「へぇ」

 そんな話をしながら、フォラスは次々と宝の山から俺が身に付けるものを選んでいく。
 最終的に、鎧の下の白いシャツと、黒いボトムスに、火蜥蜴の胸当てを装着。下半身の急所周りにも火蜥蜴の皮で作られたパンツ型の防具を装着して大事な部分はしっかりとガードされた。
 足には靴下と、ワイバーンの皮ブーツ。
 最後に腰まで届く丈の、フード付き黒色のケープを羽織れば準備完了。
 もちろん左手首にはアドから貰った銀色の腕輪だ。

「これで武器を担いでいれば歴戦のハンターだな」
「見た目だけね」
「充分だよ」

 その後、普段着に使えそうな衣服を数着と、野菜や果物の種があったので、それも少し。
 勇者が此処から持ち帰るものは世界の復興のために使われると言われたので最初は遠慮したんだけど、勇者が持ち帰るよりも俺が持ち帰った方が庶民に行き渡る可能性が高い、って。
 まぁ、つまりそういう意味なんだろう。
 改めてこの世界の歪さを実感して何とも言えない気持ちになるけど、この世界のことをよく知らないので判ったフリして種を受け取った。
 土地はあるし、時間もあるし、九番地区に畑を作るのは良い考えだと思う。
 更にフォラスの手が貨幣の山から幾らかを掬い上げる。

「少し所持金も増やしておいた方が良い。狩りの後は都の市場で買い物なんでどうだい?」
「喜んで!」

 どんな食材があるのか確認したくて即答する。
 フォラスは満足そうに笑い、その笑顔に、俺の心はほんわりと温かくなった。
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