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第7話

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 俺が此方に来る際、創造神アドがくれたのは【ピンクスライム】【アディグルさん】【異世界ショッピング(一日の上限金額3,000円)】【魔力調節ダイヤル】がついた銀の腕輪と、勇者一行にも渡したという【鑑定】【言語理解】。
 無限収納は誤魔化しやすいようウエストポーチ型に変更してもらった。
【マジックバッグ】って言うらしい。
 そして、もう一つ。
 アドが使えるようにしてくれたのは、健康で文化的な生活が送れるようにと、ヒーラー職が取得可能な五つの魔法だ。

 まずは怪我を治すヒール。
 俺の場合は魔力の出力『中』くらいで欠損も治せるけど『最大』にしても死者は生き返らないと言われた。

 二つ目は状態異常を治すキュア。
 毒や麻痺といった症状を完全に消し去る他、出力『中』で風邪や胃腸炎を完治。もし『最大』まで上げれば癌も治るらしいけど、精神的な病には効果がない。恐らくだけどウイルスや菌などさせてどうにかなるものしか対応出来ないんだろう。

 三つ目がピュリフィケイション。
 浄化と精製が出来る魔法で、浄化はそのまんま汚れを取り除くこと。除菌、殺菌、消毒などなど病気予防とかに最適だ。精製は混合物を純物質に出来るよって言われたけど、俺はあまり賢い方じゃないので、よく判っていない。悩んだら魔王に聞けばいいそうだ。

 そして四つ目はクリーン。
 ピュリフィケイションと似てるけど、こっちは手間暇かけた掃除のイメージ。
 例えば雨の日に泥だらけになった玄関でピュリフィケイションを使えば、そこには食べても平気なくらい綺麗になった泥が残るけど、クリーンを使えば泥そのものが消える。ただし泥って言う固形物を消せるのは魔力量あってのことなので、本来は染み抜きといった汚れ落としに使うのがせいぜいだ、と。

 最後がディスペル。
 呪い解除の魔法だって聞いた時は「いるか?」と思ったが、いつ誰にどんな怨みを買うか判らないから持っておくように、って。

 魔王とごにょごにょするのにヒーラー系の魔法が使えるって相性的にどうなのかと戸惑ったが、魔王はそういう役割というだけで、フォラス自身は圧倒的な魔力量の魔法使いなので、何ら問題ないという。昨日の様子といい、魔王なんて呼ばれるのが似合わないなぁと改めて思った。

 さて、なんで今になってこういう確認をしているのかと言うと、拠点――つまり住処を得るためにはお金が必須だからだ。
 アドがくれた貨幣の価値も勉強不足なため、土地や家屋に関係する店を訪ねて話を聞いたところ、一軒家を借りようものなら半年で金貨二枚が消えることが判った。
 アパートみたいな集合住宅でも金貨一枚以上。
 宿屋を半年借り続けるならそれ以上だ。
 王都の相場が他所に比べれば高いのは当然で、それなりに収入を得る目処が立たなければ拠点を得るなんて無理、それが今日の結論である。

「ハンター登録して稼ぐには戦闘スキルが必須だし、どこかアルバイトみたいに雇ってもらうにしてもいまの俺じゃ信用も常識もない……」

 更に言えば平和ボケした日本人の俺には魔物を殺すという行為は、きっと、難しい。
 戦場で血まみれの怪我人の治療とかも、……慣れるまではひどい迷惑を掛けるだろう。そのせいで誰かの命が消えてしまう事を想像すると恐怖が先に立ってしまう。

「はぁ……」

 創造神のアフターケアが雑に思えて来た。
 さて、そうするべきか。
 溜息を吐いた視界――自分の手の中に、細い木簡。実はさっきの店で、金貨一枚で売りに出されている複数の物件付で広大な土地を紹介されたのだ。
 お上りさんって表現がこっちにもあるかは知らないが、田舎から出て来た世間知らずな若造に売りつけようとする魂胆が丸見えだったので断ったが「買い取って頂けたら好きに改造して構いませんよ~」なんて言って場所を書いた木簡を押し付けて来たのだ。

「……つーか、もう、これって絶対にワケ有り物件ってやつだろ?」

 どういうつもりかは知らないが、あの店主のニヤけた顔には悪意しか感じなかった。

「んー……とりあえず見るだけ見て来る、か」

 嫌な予感はするけれど、好きに改造していい建物付きの土地が金貨一枚なのは、破格だ。
 店主とは何かしらの契約を交わしたわけではないし、確認して無理だと思えば改めて断ればいい。そう考えて、俺は木簡を手に移動を再開した。
 ルヴァストブルク商業区西の最奥――花街通りの、更に奥の、九番地区。

「花街って……花街か。日本でも行ったことないのに、異世界でとか」

 少し緊張しながら進み、それっぽい雰囲気が出て来たのは五番地区からだ。
 それまではレンガ造りの塀だったり、花壇だったりが店舗の軒先を飾っていたのに、赤い格子が目に付くようになって来た。
 明かりの消えた灯篭や提灯。
 風に乗ってふわりと漂ってくる甘い残り香。
 営業時間が夕方から朝方までの店ばかりが並ぶ通りに、この時間帯は人気がなく、誰かとすれ違うということもなく六番地区へ。
 しばらく歩いて行くと、たまに声を掛けられるようになる。

「あら兄さん、キレイな顔ね。少し酔っていかない?」
「こっちの方が可愛い女の子多いわよぉ」

 酒場への客引きだろうか。
 ハンターと思しき男達と身を寄せ合って飲食に興じている女性達は美人だと思うが、……メイクが濃い。残念過ぎる。

「こっちの化粧品も研究してみたいな……」

 誘いを断りつつ七番地区に差し掛かったところで、いくつかのハンターギルドの看板を見掛けた。酒と食事と女と安い賃料。なるほど戦闘集団ハンターの拠点としては好条件なんだろう。
 六番、七番とほとんど変わらぬ雰囲気が続いたが、八番地区に入って、思わず足が止まった。
 何故なら明らかに空気が変わったからだ。
 良い悪いではなく、端的に言えば、無人。
 そこには誰もいなかった。

「……建物は古い感じするけど、まだ使えるよな……? えぇ……? 八番地区で立ち退き命令でも出たのか……?」

 だとして、理由はなんだろう……そこまで考えて、あの店主が俺に紹介してきたのが九番地区だと思い出した。無人の、呼吸が止まったみたいなこの地区の、更に奥……。

「っ」

 先ほどまで風に乗って香るのは色町の甘さを含んだ匂いだったのに、いまの、それは。
 天気が変わったわけでもないのに、空に灰色の膜が掛かったように見える。
 更には足下からじわりと染み込んで来るような気持ちの悪さ。

「……っ」

 足を、止めるべきだったかもしれない。
 ずっと嫌な予感がしていたし、そうに違いないって最初から判っていたのだから、もう、そこで。

 なのに俺は進んでしまった。
 恐いもの見たさとか、好奇心とか、そんな理由ではない。
 背中を押すに逆らえなかっただけ――。


「ぃっ……!」

 九番地区。
 上げかけた悲鳴をギリギリで抑え込んだ。

 八番地区の建物が老朽化しながらも原型を留めていたのに対し、九番地区は廃墟という言葉以外見つからないひどい有様だった。
 屋根が崩れ、窓は割れ、よく判らないものがあちらこちらに転がっている。
 汚れ、腐食した壁の、ところどころに持たれ掛かっている小さな体。
 横たわる棒きれのような四肢。
 生きているのか、死んでいるのか。

「っ……」

 子どもだろうか。
 判らない。
 でも窪んだ大きな目と視線が合った気がして、俺は恐怖してしまった。
 衝動的に後退した、踵が。

「――」

 ぐちゃりと踏んだ、それは。

「――…………っ!!」

 悲鳴は出なかったが、胃から逆流したものは止められなかった。

「あっ、ああっ……あああ」

 恐い。
 怖い。
 こわい。
 コワイ……!

「ああああぁぁっ!!」


 その瞬間、自分が何をしたのか、後で振り返ってみてもよく判らない。
 近くにいた子どもが言うには俺が叫びながら何度も何度も光りを放ち、その度に道路や建物が綺麗になって、子ども達は体調が良くなっていった、と。
 放置されていた亡骸は骨だけが遺され、澱んだ空気は清々しく、空は、青く。


 叫ぶ事すら出来なくなったとき、俺はフォラスの、魔王の、腕の中だった。 
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