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第3話

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 道は閉ざされた。
 もう選択肢は他にないと突き付けられて、じゃあ仕方ないから言う事を聞くよってなるかって言われたら、否だ。
 けど、死にたいのかって言われても否だ。
 俺は生きたい。
 夢を叶えて、俺のこの手が、誰かをキレイにする魔法が使えるようになりたい。

「……卑怯だって思わないのか?」
「優しくはないだろうねぇ。でも、こっちも君の協力を得る以外に方法がないんだよ。感覚の話で申し訳ないけど、君のその匂い――、君でなければ二代目の魔王は誕生しないし、魔王が代替わりしなければアディプワヌは崩壊かな。それこそ罪なき多くの人々が死んじゃうね?」
「……っ」

 ムカつく。
 こいつ、本当に、……イヤな奴だ。
 選ばせてやるみたいな言い方をしていたくせに、結局は俺も創造神の駒だ。

「……その魔核ってやつを、どうしろって?」

 苛立ちを隠すことなく問い掛ければ、アドは「ふふっ、ふ……」と楽しそうに笑う。

「この魔核を君の内側に埋め込むから、魔王が勇者に倒されるまでの間にあの子の魔力を譲り受けてくれる?」
「譲るって、どうやって」
「うーん、そうだなぁ。基本的には任せるけど、魔王の一部を取り込めばいいよ。血を飲むとか、まぁ髪の毛を食べるとか? 指とか目立つ部分は止めてくれると助かるけど」
「誰が食べるかっ」

 何を言いだすんだこいつはと思っていたら、もっとひどいことを言い出した。

「個人的にはエッチして精液や唾液でもらっちゃうのがおススメかな」
「――」
「興味あるんでしょ、オ・シ・リ」
「~~~~~っ!!」

 顔が熱い。
 判っている、今の俺の顔は絶対に真っ赤で、こいつはそれを楽しんでる。
 夢とか、願望、とか。
 改めて他人に指摘されことが、こんなに、ツライなんて。

「匂いだけじゃなく、そんなとこも私の思惑にぴったり一致してくれるんだもん。ふふっ、君を見つけられて私はとってもラッキーだったね!」
「なっ、そ……っ!」
「というわけで、この魔核は君のお腹の下あたりに埋め込んでおくから、魔王の魔力は、魔王とエッチなことして受け取ってね。ほら、そうするとタクトの開発願望も叶えられるから一石二鳥、私って天才!」
「ふざけ……っ、それってつまり、俺に魔王とせ、セックスしろってことじゃないか!!」
「そうですけど?」
「そうですけどじゃないわ!!」

 怒鳴り返したら、アドがものすごくわざとらしい驚きの表情を浮かべて見せた。

「なんで怒っているのさ、おしり弄りたいけど自分じゃ出来ないって困ってたじゃん」
「別に困っ……いや、だからと言ってだな!?」
「異世界でのアレコレなんて地球の誰にもバレないよ?」
「うぐっ」
「私が言うのも何だけど魔王はイケメンだし、まぁ今回の器は童貞だけど、記憶や経験の継承型だからたぶん巧いと思うし」
「そ、そっ……!」
「人形めいているだけあって、命令には忠実だから、優しくするよう命じておく。絶対に君を傷つけない、自立型のラブドールだとでも思いなよ」
「や、そういうことじゃ……」
「あぁ伝え忘れていたけど、勇者が魔王を倒したら君もお役御免だから、勇者帰還の際に一緒に帰れるようにしてあげるね」
「だか、え、え?」

 いきなり重要な話をするので、頭が理解するまで時間が掛かったけど、口を閉ざす。
 それは聞き逃せない。

「時間経過はこっちの一年が地球の一日未満だし、たぶん半年も掛からないから、君の本来の生活に支障は出ないと思うんだ」
「そう、だな」

 半日程度の不在なら、予定のない週末だし、まったく問題ないだろう。

「それにいろいろとオプションも付けるしさ。参考までに勇者三人に与えた加護を教えてあげるね」

 そう言って、アドは一つ一つ説明してくれた。
 魔王と戦うのが大前提なので、まずは相応の【戦闘能力】。
 そして意思の疎通が出来ないのは困るので異世界の読み書きを可能にする【言語理解】。
 知らない世界で無知は命取りなので、事前に情報を得るための【鑑定】。
 そして身軽なまま大量の物品――例えば倒した魔物の部位とか、魔王討伐の旅で使う道具一式とか、途中で拾った宝箱の中身などを収納しておける【無限収納】だ。

「君にも似たような内容で付与するけど【無限収納】はウエストポーチ型にしておくよ。勇者は国に保護されるけど君はそうもいかないし、目立たない方がいいからね。大きいものは出し入れし難くなるけど旅に出るわけじゃないだろうし。あとは何かなぁ。戦闘能力の代わりに、異世界でも健康でいられるようにヒーラー系の魔法を使えるようにしておこっか」
「ちょ、待っ……」

 こっちが話に付いていけていないにも関わらず、アドの指先は虚空で忙しなく動きながら次々と何かしらを決めていく。
 しばらくして現れたのは、パステルピンク、スカイブルー、ライトグリーンの飾り石と、文字が刻まれた埋め込み式のダイヤルが装飾されている銀の腕輪。
 そして長文が書かれた一枚の紙だった。

「まずは、このダイヤル」

 腕輪を目の前まで持って来て勝手に説明を始める。

「地球人をアディプワヌに転移させる際、地球人の身体は魔力によって何重にもコーティングされるからエルフも真っ青な魔力量を保有しちゃうんだ。勇者一行の攻撃魔法とかえっぐいよー」

 勇者一行はそれで良いのだが、二代目魔王の育成に携わる俺は目立たない方が良いに決まっている。

「そのエグさの更に上を行くのが君だからね? ちょっと魔法を使うだけでも効果が絶大なことになっちゃうんで、外部から魔法に使う量を調節できるようにしておいた。一般人に埋もれたいなら『微少』から動かさないように」

 見ると、ダイヤルは六段階で『最大』『大』『中』『小』『微笑』『切』とある。

「『切』は?」
「自分で魔力が調節できるようになったら切ればいいさ」
「ああ、そういう……」
「あと指紋認証にしておくから腕輪は左につけて、右の人差し指で操作するようにして欲しいんだけど、このライトグリーンの石に触れると、はい【アディグルさん】です!」

 目の前に現れたのは、インターネット上における地球の世界的検索エンジンによく似た、あの画面だ。
 アディグルじゃなくて【アディグルさん】が名称だという。

「見たまんま、アディプワヌ専用の検索エンジンなんで調べたい事があったら使って。入力は音声認識。地球のこれの代用品みたいに入力したら、同じ味だったり用途のものを教えてくれるよ。閉じる時は、もう一回ライトグリーンの石に触れる」

 途端、音もなく消えた画面。
 自称神は続けてスカイブルーの石に触れ、先ほどと同じように現れた画面は……ネットスーパー……?

「こっちはズバリ【異世界ショッピング】! 注文から到着まではたった三分。上限金額は一日三千円デース!」

 胸を張る彼を無視してスクロールする。
 食材、調理器具、日用品……俺が日頃使っているものはほとんど揃っていた。あっちの世界で餓死する心配はなさそう……?
 でも一日上限の三千円がどこから捻出されるのかが不安だ。
 そんなことを考えていたら、まるで人の考えを読んだみたいにアドが言う。

「心配しなくても拓斗の通帳から自動引き落としなんてしないよ。こっちでもきんや宝石類は見つかるからね、疑問に思われない範囲で地球の市場に流すのさ」
「へぇ」
「あと、向こうに着いたら拠点になる家を決めて欲しい。内装は魔王がどうとでもするから」
「え。ちょ、俺はまだ行くなんて……」
「このパステルピンクの石は、えーっと、ピンスラで良いか」
「は?」

 彼がぶつぶつと言っている間に金色の魔法陣が出たり消えたりを繰り返す。

「よし。出ておいでピンスラ」
「ぇ、うわっ」

 直後、飾り石だと思っていたパステルピンクのそれが弾け飛ぶように腕輪から外れ、足下で巨大化する。巨大といっても抱きかかえられる程度の大きさだが、アメーバ状で、ピンクなので、なんというか……可愛く、なくも、ない。

「君の従魔として連れていれば何かと役立つよ。この子は特殊だから、いろいろな素材にもなるしね」
「素材……」

 やっぱりこの創造神の価値観、……というか、視点。
 ものの見方が自分とは合わないと改めて思わされた。
 アドにはこのスライムも道具なんだ。 

「そして最後が、この契約書だね。勇者達の帰還と共に君も帰還させる際、勇者達は問答無用で記憶を消すけど、君には選ぶ権利をあげる。更に更に! 大小問わず、君が心から望む願いを一つだけ叶えてあげると約束しよう」
「――」

 息が止まった。
 この神はいま何て言った?

「願い、を?」
「巨万の富でも、最高のイケメン彼氏でも、……そう、例えば自分のお店でも」
「!」
「ふふっ。さぁ、どうする? 契約書にサインしたくならない?」

 地球時間のたった半日程度で、願いが叶う?
 自分の店が持てる?
 この手で、誰かをキレイにする魔法を――。

「お尻も気持ち良いと思うよ!」
「っ、それは別に……!」
「異世界で誰にもバレない、実質半日で半年間の疑似恋愛。臆病な君には時間を掛けての進展もお望みのまま。お相手は絶対に君を傷つけないし何でも言う事を聞いてくれる超イケメンの魔王サマ! ほら、めっちゃお買い得」

 イラッとしたが、それを望んでいないとは、言い切れない自分がいる。
 それにこの創造神からは、何としてでも俺をアディプワヌに連れていこうという意志を感じる。ここで断れば更に好条件を加えられそうだが、……正直、意味不明な好条件なんて恐怖でしかない。
 契約書はわざわざ日本語で書いてあるし。
 自称神の笑顔は不気味だし。
 どうせ断れないなら。

 それなら、と。
 俺は契約書にサインした。
 



 ***




 しばらくしてゆっくりと目を開けると同時に風が顔を撫でていった。
 空は夕焼けに赤く染まり、俺が紛れ込んだ大通りは武器を背負った厳つい男女が大勢行き交っている。左右に建ち並ぶ屋台には商品名と値札が置かれているが、……うん、読める。
 次第に聴覚が機能を回復し、聞こえて来る声は異世界の言語であるはずなのに、それもしっかりと内容が理解出来た。
 左手を持ち上げると、手首には外せなくなっている銀の腕輪がきらりと光る。
 こちらに馴染む服装に変えられた腰部分には【無限収納】を備えた革製のウエストポーチ。当面は困らないようにと金貨二枚、銀貨七枚、銅貨三〇枚を渡されて入れてある。ただし貨幣価値はこれから要学習で、銅貨百枚が銀貨一枚、銀貨百枚が金貨一枚ってことだけアドから教えてもらっている。

「さて、と」

 一歩、足を動かす。
 足下から伝わる土の感触。
 嗅覚も機能し始めたようで、屋台から漂う美味しそうな匂いが食欲を刺激して来た。

「味覚も問題なさそうかな」

 試しに何か食べてみようかといろいろ見て回った末、銅貨二枚の串焼きに決めた。鑑定結果は鶏肉で、触感も食べ慣れた焼き鳥のそれ。
 ただし味付けはかなり塩辛くて、いますぐに白飯が欲しくなった。
 おかげで食べきるのには苦労したが、味覚が生きているのが判ったので良しとしよう。

 転移された肉体の、魔力によるコーティングが無事に完了したことに安堵したら、次の目的地だ。
 先ずは宿屋。
 今日はもうこの時間帯だし、本格的な活動は明日からにする。
【アディグルさん】で近所の宿屋を検索し、宿泊料金を見比べてから『金虎の寝床』に決めた。
 地図を確認しながら歩いていると、一先ずあいつの言ったことは嘘じゃなさそうだと思えた。なんか、実際に送られてみたら魔物が跋扈する森の中でもおかしくないような感じだったからな。

 ヒューマン族が支配する北のウルフレム大陸最大の国、ルーヴァ王国の首都ルヴァストブルクで、支配者はヒューマンだが多種族も当たり前に暮らしていると聞いていた通り、地球では決して見ないだろう美しいエルフの魔法使いや、二足歩行の蜥蜴まんまの戦士もいる。

「……すっごいな……」

 語彙力が足りなくてろくな表現じゃないけど、でも、すごい。
 ここが異世界だという実感が、じわじわと俺の内側を侵食してくる。

 ちなみに、街中で武器を背負っている人のほとんどが対魔物に特化した狩人ハンターだって教えられた。
 彼らは国からの後援を受けつつも、民間のハンターギルドに所属してグループを作り、人々の暮らしを守るために日夜魔物との戦闘に明け暮れているのだとか。勇者召喚が国によって行われた後は、魔王率いる魔物の軍勢も組織的な侵攻を開始する傾向にあるため、その対処も請け負うそうだ。

 他にも、揃いの鎧を装備しているのは国の騎士だし、揃いの軽装備は街中の安全を守る衛士だし、たまに見かける揃いの腕章は自警団の目印。

 度重なる魔物の侵攻により国防や戦闘面での発展は凄まじいそうだが、地球と違い、そのメインが魔法であるせいか分かり易い凄さはどこにもない。ただ、剣や槍といった、武器を持った大男が当たり前に往来を歩いているという光景には、情けなくも動揺してしまう。
 いきなり暴れ出したらどうするんだ、とか。
 ……これも慣れなのかな。

 一方、大きな都市が魔物によって壊滅することも珍しくないこの世界では、育ち始めた文化が途絶えてしまうことも多いそうで、生活レベルの低さは目に見えて分かり易い。
 共用の井戸から水を汲んで、何度も家とを往復する子どもの姿。
 庭で薪を割る男。
 大きな盥に裸足で入り、洗濯ものを浸した水の中で足踏みする女性。
 王都で、こうなんだ。
 辺境にいったら住まいさえどんな状態なのか。

「……暮らしていくの、大変そうだな」

 自称神からいろいろと卑怯くさい機能を貰いはしたが、他人の目があることを考慮すれば目立つことは極力したくない。なるべくこっちに馴染んでいこうと思う。

「……お。あれが『金虎の寝床』だな」

 木造二階建ての大きな建物だ。
 入口は西部劇なんかでよく見かけるウエスタンドアで、掛かっている木製の看板はベッドの絵と、ビールジョッキの絵……?
 あ、こっちではエールって言うんだっけ。
 どうやら宿屋兼酒場のようだ。
 召喚に巻き込まれる直前までは寝るつもりだったと言うのに、夕焼け空を見ていると、不思議とお腹が空いてくる。
 鶏串を食べたのだってついさっきなんだけど……転移した影響かな。

「美味しいものにありつけたらいいなぁ」

 そんなことを考えながら店内に足を踏み入れた。 
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