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第2話

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「初めまして広川拓斗。私は異世界アディプワヌの創造神でアドって言うんだ。短い付き合いになると思うけどよろしくね」

 白の髪、白い肌が際立つ、青い瞳の人形のような青年。
 自分の部屋で寝ようとしていたはずなのに、気付いたらこんな真っ白い空間で、そんなことを言って微笑む男が目の前にいれば警戒しない方が難しいと思う。
 無言で睨みつけながら一歩後ろに下がったが、それに対してアドと名乗った男は笑みを強めた。

「うんうん、警戒するのは当然だね。なーのーで! まずは説明できることを全部説明するから聞いてくれる? あ、疲れたら座っても大丈夫だからね」
「っ」

 直後、後退した足にカツンと硬い物がぶつかったので驚いて確認すると、背もたれ付きの木製の椅子があった。
 いつの間に……?
 俺はますます警戒を強めるが、それすら目の前の相手は面白そうに眺めている。
 自分ではかなり棘のある態度を取っているつもりなんだが、……自らを創造神だと名乗ったアドは、それをあっさりと受け流した。

「ものすごくシンプルに言うとさ、君を勇者召喚に巻き込んだんだよ」
「……なんて?」
「巻き込まれ召喚って聞いたことない?」
「ない、です」
「あららぁ。そっか」
「……」

 えっ、なにこれ。
 アドはにこにこしてこっちを見ているけど「ない」以外に何を言えと?

「え、っと……、ずいぶんと軽い、ですね?」
「ん? あぁそっか、ごめんごめん。君を見ているとつい嬉しくなっちゃって」
「……どういう意味ですか」
「んー、そうだなぁ。当然っちゃ当然なんだけど、君を巻き込んだのには理由があってさ。それを、どう表現すると伝わりやすいのかが判んないんだけど、こう……求めていた素質がこちらの想定以上にぴったりと適合しているんだもん」
「適合……」
「そ。じゃあその件も含めて改めて説明を始めるね」

 言い、彼は自分が創造主として管理している地球とは異なる世界アディプワヌについて語り始めた。

 そこは俺たちの生活に電気や石油などの鉱物資源が必須であるように、あらゆる事象のエネルギーに魔力を必要とする、剣と魔法のファンタジー世界。
 魔物と呼ばれる異形の化け物が絶対悪として存在し、人々は魔物の王――『魔王』討伐のために手を取り合うという。

 世界には四つの大陸があり、北のウルフレム大陸を支配しているのはヒューマン族。地球人とほぼ変わらない姿形をしていて、保有魔力は低め。剣や槍と言った武器を使った戦闘を得意とする人が多く、魔法使いもいるが本人の保有魔力量の関係で、あまり期待はされないらしい。

 南東のガゼロ大陸を支配するのはビースト族で、獣人とも呼ばれるらしい。地球で確認されている哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類あたりはほとんどが人型で存在するらしく、保有魔力は高いが、知力よりも本能で戦うことを得意とするため魔法は壊滅的。自分の肉体を魔力で強化した肉弾戦が得意だそうだ。

 南西のラーファン大陸の支配者はエルフ族。保有魔力がダントツで多く、魔法使いといえばエルフと誰もが断言するほど、その威力は圧倒的らしい。ただし寿命が三〇〇年以上と突出して長い反面、出生率が低く絶対数が少ない。そのため、男女問わず美人が多いエルフ族は奴隷狩りの被害に遭う事が多かったとか。

 最後、四つ目は魔大陸だ。
 他の三大陸に囲まれるように存在している此処こそが魔王の支配地であり、数多の魔物が跋扈するこの世の地獄――勇者召喚によって選ばれた地球人が攻略しなければならない土地だ、と。

「正確に言うなら、当代の魔王を倒すために召喚されるのが当代の勇者なんだけど」
「当代の?」
「うん。魔王、は倒されてもすぐに次代が生まれるからね。今回の勇者によって齎される平和は保っても十年ってところかな。早ければ五年ないかも」
「それ……って、またすぐに次の勇者召喚が行われるってこと?」
「ん、正解」
「……大変だな?」

 何て言ったら良いか判らなくて、そんな拙い表現になってしまった。
 アドが愉快そうに笑う。

「ふふっ、そうだね。まぁでも三つの大陸を支配している三種族が合同で儀式を行うから、負担はそれほどでもないかな。創造神としてはそれが目的でもあるし」

 さらりと言うが、こっちは聞き流せない台詞を聞いた気がする。

「勇者召喚を高頻度で行わせるのが目的みたいに聞こえたんだが……」
「そうだよ。そして、それこそが君を巻き込んだ理由だ」
「っ、わっ」

 ぐいっと顔を近づけて来たアドに気圧されて、思わず椅子に座ってしまった。
 それに満足したのか、彼は続ける。

「世界が生まれた当初、うちの子達は自分の大陸があるにも関わらず他所の支配権まで欲して戦争ばかりしていてね。共通の敵でもいれば仲良くなるかなぁと、試しに魔王っていう存在を作ってみたんだよ。あ、ついでに減少するばかりの魔力をどうにかして補填出来ないかなぁって考えてて」

 どちらが最初の動機だったかは覚えていない、と彼は言う。
 しかし試行錯誤の末に【魔力を補填すること】と【魔王と戦うために子ども達が一致団結すること】を同時に叶える方法を思いついた。
 それが地球からの勇者召喚だ。

 なぜ地球だったか。
 科学が発達し魔力が消費されなくなって久しい世界だと言うのに、地球そこには魔力が溢れていたからだ。

 魔力とは心の力。
 夢や希望、願い、欲望、愛、憎しみ、ありとあらゆる感情が科学では説明出来ない不可視の力を生む。地球で数十億の人々から常に供給されているそれこそが魔力の源だ。
 そのため、異世界から見る地球には消費されない魔力が飽和状態で、いつか何かしらの悪影響を及ぼすことが危惧されていて、地球にとっては必要のないものをアディプワヌは必要としているのだから、この作戦はどちらにとっても有益だとプレゼンした結果、地球の神からの許可が下りたそうだ。

「勇者召喚の儀式を行うと、地球とアディプワヌの間に一時的な道が出来るんだ。その道を使って地球の魔力をこっちに吸い取る。おかげでアディプワヌは魔力枯渇の危機を脱したよ」
「へぇ……まあ、納得は出来る、けど」
「けど?」
「……その、感情が魔力を生むなら、アディプワヌの人たちだって……出来るんじゃないかな、と」

 地球の鉱物資源は有限だから自然エネルギーへの置き換えが行われているが、感情が素なら枯渇のしようがないのでは、と思う。
 だけど、ここにきて初めてアドの笑みが崩れた。
 歪むって言うか、……俺たちを覆う微妙な空気。
 それを振り払うように彼は話を再開する。

「さて、そういった流れで魔王討伐のために一致団結したうちの子達だったんだけど、勇者によって魔王が倒されたら、またすぐに領土を巡った戦争を再開しちゃってさ」
「……は?」
「ふふっ、びっくりだよねぇ。私もさすがに呆れちゃったもん。ま、バカな子ほど可愛いって言うし、せっかく育てた世界を消滅させちゃうのも偲びないからさ。魔王は常に世界の脅威として存在し続けるよう変更しちゃった」

 青は似合わないから赤にしちゃった、くらいの気易いノリで話されて、思考が追い付かない。
 俺が凡人だからか?
 そりゃあ創造神と同じ目線で話せるわけがないけど、なんか。

「おかげで勇者召喚が度々行われるようになって魔力の供給が安定したし、勇者召喚で協力し合わなくちゃいけない各国は戦争している余裕がなくなるし、まぁ結果オーライだよね」
「それは……なんていうか……」

 余所者の俺があれこれ言うべきでないし、どう言えばいいかも考えが纏まらないが、……彼が語る世界はとても歪に思えた。
 そんな心境が透けて見えたのだろう。
 アドは片手を振る。

「ま、いま大事なのは君を巻き込んだ理由だからそっちは置いておこう。えーっと、そうそう魔王が常に存在するようにしたって言ったろ? それって、魔王が倒された後に「次代の魔王がン年後に目覚めるよ~」って神託を下ろす事で人々に周知するんだけど、ネタばらしするとさ、勇者に壊された器を私が新調しているだけなんだよね」
「しん……んん?」
「どう言ったら分かり易いかな。魔王は勇者に倒されるんだけど、それは当代魔王の器を破壊しただけで、私がちょちょいと手を加えると次代魔王の器に早変わり?」
「……なんて?」
「えーっと、あ、これか。ぶっちゃけ全部同一人物! ……で、伝わった?」
「あー……うん、まぁ、なんとなく……?」

 つまり魔王は倒される度に新しく生まれているんではなく、倒される度に、見た目を変えているだけってことで……。

「うんうん、質問は最後に受け付けるね。とまぁそんなわけで、かれこれ百回近く勇者に倒されて来た魔王なんだけど、そろそろ限界っぽくて」
「限界?」
「ほら、地球にもそんなファンタジーがあるじゃない。戦った分だけ強くなるとか、死んで蘇るたびに強くなるとか」

 あぁなんか昔そんな漫画を読んでいた覚えがある。
 
「それと同じでさ、うちの魔王さんてば私より強くなっちゃったんだよ」
「……はい?」
「命令に忠実なお人形さんなんで叛逆の心配とかは不要なんだけど、私より強い器はさすがに新調出来ないんだよねぇ」

 反応に困る。
 っていうか、ひどい話を聞かされていると思うのは俺だけだろうか。

「本人も老朽化のせいでデータの不具合が散見されるって申告して来たしさ。だったらこの機会に、本当に二代目の魔王を用意するかぁって。ただ、さっきも言ったように今のアディプワヌは魔力不足だから、協力者がいないと無理なの」
「まさ、か……その協力者が、俺」
「そうそう」
「協力って何をさせる気だ……っ?」
「ふふふー」

 アドは意味深な笑みを浮かべると共に、その指先に金色に輝く小さな石を出現させる。

「これ、魔核って言うんだけど、これに魔力を流し込むことで魔王の……えーっと、魂? みたいなものが完成するんだよ。当代魔王はこれを器に埋め込んで完成させたんだけど、今現在の魔王の強さとかを鑑みて、今回は少し違った方法を取ることにしてみましたぁ」
「う、うん?」
「まずは、君。必要な魔力は膨大だけど、その半分は君自身で充分に補えることが判っている」
「……それって確定、なのか?」
「確定」
「根拠は?」
「君の匂い、……って言っても、これは私の感覚の話だから納得できないか。あ、君が大きな願いを持っていて魔力を自給自足できるからって言ったら判る?」
「願い……」
「自分の手で誰かをキレイにする魔法が使いたい、だろ?」
「!」

 改めて人に言われると照れくさいが、それは確かに俺の願いだ。
 夢、って言っても良い。

「その夢に対して、純粋で真摯に向き合っているからだと思うんだけど、君から放出される力の量って半端ないんだよ。自覚ないだろうけど、いまもそうなんだからね? まさに垂れ流し状態」
「えっ」
「ほんと目に見えたらビックリするよ?」

 それは見えなくて良かったと思うべきなのか、っていうか、垂れ流しは拙いだろう。何となく。

「俺自身で補える件は、判った。だったら、もう半分は?」
「それは引退する当代魔王から継続的に譲り受けてもらう。さっきも言ったけど、当代魔王の魔力は私以上だからね。引退するなら出し切らせないと。君に分かり易く例えるなら……そう! スプレー缶の処分方法みたいな感じ?」
「ぉ、おう」

 俺はまだ魔王を知らないけど、コイツの言い方にはいちいち引っ掛かる。
 必要で作った存在にしては妙に物扱いが過ぎると言うか……。

「一つ、教えて欲しいんだけど……、引退後の魔王はどうなるんだ?」
「消えるよ」
「え」
「そりゃあそうでしょう。魔力を譲渡して、すっからかんの状態で勇者に倒されることになるんだもの、そのままバイバイだよ」
「それ、って……」
「あ、可哀想とか思ってる?」

 ニヤッとする創造神にイラッとした。
 たぶんだけどコイツとは性格的な意味で合わない気がする。

「その辺は気にしなくていいよ? 消えるのは、魔王って役割を全うした、私が作った人形なんだから」
「そうは言うけど生きてるんだろ?」
「そうだねぇ、まあ、動いてはいるけど」

 ゾッとした。
 感覚の違い。
 人と神。

「まぁそんなことはいいからさ、君は君の役目を全うして?」
「俺はまだやるなんて一言も言ってないっ」
「でも断ったところで、どうするの? 勇者召喚で開いていた道はもう閉じちゃったよ?」
「――は?」

 まさか、と。
 疑うより先に思い知らされた。

 創造神は美しく微笑んでいた。
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