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 彼女はいつからかそこにいた。

 その瞬間まで、彼女は同級生でなければ顔見知りだったわけでもなく、ましてや転入生でもない。ただ不意に、気が付けば窓側の席に机が一つ増えていて、その一番後ろの席に彼女が立っていたんだ。
 光りに透ける長い黒髪。
 見慣れているセーラー服。
 触れれば折れてしまいそうな、細い体。
 そして何よりも惹きつけられたのは彼女の眼差し……、高校一年生の男子平均身長をはるかに下回る彼だからこそ、いつも俯いている彼女の表情を見ることが出来た。
 長い睫毛に縁取られた瞳を彩るのが、悲しみの色だと知ることが出来たんだ。

 けれど彼女は、教室にいる誰一人に対しても声を掛けようとはしなかった。
 悲しんでいること、辛いことを心に抱えているのは一目瞭然なのに、それを誰かと分け合うこと、助けを求めることをしない。
 そればかりか、そんな彼女を気遣う同級生さえいなかった。
 ――彼女の存在に気が付いて四日。
 相変わらず一人きりの彼女に、彼はとうとう声を掛ける決心をした。
 覚悟を決めるのに四日も掛かったのは、担任から転入生の紹介があったわけでもない、病気で休んでいる生徒がいると言う話も聞いたことがない、そんな中で、最近になって初めて教室にいると知った異性に声を掛けるには、かなりの度胸が必要だったからだ。
 けれどそうして声を掛けた彼は、そこで初めて、教室の誰もが彼女の存在に無関心だった理由を知った。
「彼女は誰だ」と友人に尋ねた時、変な顔をされた意味もようやく理解できた。
 何故なら彼女は、教室の仲間の目には映っていなかったのだ。
 彼女『人の目』には映らない女の子だったのだから――……。



 二月の下旬。
 三年生は自宅学習期間に入り、再び学校に来るのは卒業式当日のみという時期。
 彼、虹ヶ丘にじがおか高校の一年生・大羽恒介おおばこうすけは、生涯において非常に貴重な出逢いをしてしまったらしい。
 窓際一番後ろの席に突然現れた彼女の名前は小泉咲子こいずみさきこ
 自分が、この虹ヶ丘高校を卒業するはずだった『三月』が何年前のことだったかも思い出せないくらいの年月、かつての自分の教室に繋がれ続ける幽霊だった――。


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