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第19話

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 年が明けて聖暦九九一年が始まった。
 いよいよ神託が現実になるまで十年を切ったことを考えて不安になったりもしたが、出来ることをしていくしかないという現実に変わりはなく、俺が出来るのは『精霊の五感』と『古代魔導具事典』のレベルを上げていくこと。
 しかし、土と肥料にはまだ時間が掛かるし、次は何を作ろうか……と事典を確認するも、年齢やペナルティを含む自分の状態と、季節が理由で、すぐに着手出来る魔導具は一つもない。
 かと言って、気が逸るまま焦ったところで成果がないのも判っているため、自分自身に今は我慢の時だと言い聞かせる毎日だ。
 そして『古代魔導具事典』に完成の文字が浮かんだのを確認した一番目の月の中頃からは、完成した土と肥料で実験用の畑を作り始めた。
 冒険者の身分を剥奪されないよう、二週間に一度は領都で依頼を受けることも忘れない。



 
 二番目の月。
 作物の芽が出て、育っていく日数が通常より早いかもしれないなんて村の大人たちと経過観察しつつ、日課の「基礎訓練」と「精霊との交流」に「魔力操作」が加わった。

「グランの魔力操作の先生はやはりお母様ですか?」
「うん」
「参考までに、どのような方法か教えてもらう事は可能ですか? 秘伝であれば結構です」
「秘密なんて言われたことないし大丈夫だと思う、……俺も最初からやり直したほうが良さそうだし、試しに一緒にやってみる?」
「是非」

 少し前のめりで返事するライゼンが何だか面白い。
 さすが魔術士で、魔術回路を刻む技師だなって思った。

「じゃあ最初はエリィの粘土を借りよう」
「粘土?」

 不思議そうなライゼンに、俺はなるべく分かり易いように気を付けて説明しながら、粘土でドーナツ菓子みたいに真ん中に大きな穴が開いた形を作る。
 で、それを卓の上に立ててから(片手で倒れないように押さえても大丈夫!)、一センチ後ろに空の魔石を置き、反対側、つまり一センチ手前で指先に魔力を集めて、穴を通して魔石に魔力を放つ。

「もちろん最初は手に乗せた魔石に魔力を送れるかどうかから始めたけど、それはもう出来るの確認済みだからね」

 魔術回路を刻んだ魔石を何度も使っているので、そう言ったが、ライゼンは目を丸くしている。

「ライゼン?」
「ぁ、はい。あの、これを、いえ、これが初歩ですか」
「うん。初歩っていうか、もうずっとこれの繰り返しなんだけどね。穴を小さくしたり、距離を増やしたりすると難易度がすごい上がるから」
「……魔力枯渇する以前のグランが出来た、最少の穴のサイズと距離をお聞きしても?」
「穴の大きさは三センチで、距離は五センチだったから、魔石までだと十センチかな」
「いまのあなたはともかく、魔術には回路が必要ですよね?」
「うん、回路は線が引いてあるだろ? 母さんが言うには『離れた場所から穴を通して魔石に魔力が届けられるなら、グローブなんでしっかりとした道が繋がっているんだもの、操作なんてカンタンよ』って」
「簡単……」
「ちなみに母さんは、空いてるかどうかもよく判んない穴を通して一メートル先の魔石に魔力を送ってた」
「……」

 ライゼンが手で顔を覆って固まってしまった。
 なんか拙いことを言ったらしい。

「あー……えっと……」
「大丈夫です。私も魔術技師ですからグローブに道が繋がっているという表現はとても理解し易いです。つまり『炎獄のリファ』は何もない場所に道を見ろと仰ったのでしょう」
「は?」
「なるほど、そうでなければ八つの魔石を自在に操作など出来るはずがない……っ」
「えぇ……?」

 何がどうなってライゼンのやる気が刺激されたのかよく判らないけど、この日以降、ライゼンはこのやり方で魔力操作の特訓をするようになった。



 
 そうこうして四番目の月が始まり、森の雪も融けて緑が目立ち始めた頃。

「ポーションって薬師の領分?」

 なんの前置きもなく質問した俺だけど、ライゼンは不思議がる事なく「そうですね……」と思案し始めた。
 手元に『古代魔導具事典』が開かれているのは見えるからだろう。 

「一概にそうとは言えません。薬師の作るポーションは薬草本体の魔力を利用して作られるもので、そこに人族の魔力を加えて効果に即効性を持たすのは錬金術師ですからね」
「うん……?」
「つまり、冒険者が戦闘依頼に持ち込み、疲労や負傷した場合など命の危機を脱するために使われるのが錬金術師のポーションで、これは使用した数時間後から副作用により動けなくなります。一方、薬師のポーションは依頼を終えて帰宅してから服用し、一晩ぐっすり眠ることで体を万全の状態にします」
「えっと……じゃあ薬師には、錬金術師のポーションは作れないってこと? その反対は?」
「魔力の高い薬師なら作れると思いますよ。ただ錬金術師が薬師のポーションを作れるかどうかは……、個人の性格次第でしょうか」
「性格……」
「せっかちな方には無理です」
「ああ、そういうことか……」

 だから錬金術師はヒト族やドワーフ族には存在しなくて、薬師はヒト族に多いけどエルフ族にいないわけじゃない。一〇〇〇年生きるって言われるエルフ族は往々にしておっとりした人が多いんだ。
 俺はライゼンに言われた内容をもう一度頭の中で繰り返してから、改めて確認する。

「俺の魔力量で錬金術に挑戦出来る?」
「問題ないでしょう。というより、それこそ精霊と親交を深めるチャンスなのでは」
「あ」

 そうか、スキル『精霊の五感』で魔法を使えばいいんだ。
 ってことは問題は……。

「じゃあ、薬師の基本道具と錬金術師の基本道具なら、どっちの方が目立たない?」

 ライゼンは少しだけ眉間に皺を寄せたけど、すぐに俺の意図を察してくれたみたいで一緒に悩んでくれる。

「目立つ、目立たないで言うなら薬師の方でしょう。錬金術師の基本道具には漏れなく枝付きフラスコや加熱道具がありますから」
「でも工夫したら調理道具で代用出来るよね?」
「ええ。なので他に条件があるとすれば一度に作る量でしょうか」
「一本ずつかな」
「はい?」
「だってこれ、十歳の新人冒険者が作ったら悪目立ちするもん」

 言いながら『古代魔導具事典』の該当ページを指差す。ライゼンの目には中身が映らないので俺が音読していくんだけど、聞いている内に、ライゼンの眉間の皺がだんだん深くなっていくのが少しだけ面白かった。

『体力回復ポーションLv.1』
 服用すると一時的に疲労を感じなくなり感覚が研ぎ澄まされる。
 副作用はないが、落ち着いたらしっかりと休むように。

『魔力回復ポーションLv.1』
 薬草の魔力で不足分を補う。
 副作用はないが自然回復が一番。魔力が尽きたら休むように。

『治癒ポーションLv.1』
 軽傷を治すが、人族本来の再生能力を加速させるため使用後は休息が必要。


「三種類……」
「うん。三種類」
「さらにその効果……」
「そう、この効果」
「それが近所(魔の森)で採れる薬草だけで作れると」
「作れるんだって」
「……判っていましたが厄介ですね」
「だよね……」

 はぁ、って二人一緒に溜息を吐いてから、やっぱり一緒に苦く笑う。
 従来のポーションは二種類しかなく、治癒と体力回復の効果を一本で齎すため、回復量が増すほど数時間後に襲ってくる副作用が酷いのだ。
 効果が一番低いものでも、高熱や、全身筋肉痛で身動きが取れなくなる、頭痛と眩暈でまともな生活が出来ないといった症状が一~二日間続くし、最高ランクのポーションを使おうものなら一週間くらい動揺の症状が続いて、場合によっては死に至る事もあるという。
 魔物討伐中の急場には必要なポーションかもしれないが、使わないに越した事のないアイテムだとも言える。
 だが『古代魔導具事典』に載っているポーションなら副作用に怯える心配がない。
 しかも必要な素材が、何と言うか、有り体に言えばものすごく安価で揃うので、売値もものすごく下がるだろう。
 とことん、新人冒険者が作っていいものではないのだ。
 ライゼンも同じ結論に至ったようで、軽く肩を竦めた。

「やると決めたからにはやるしかありません。グランの一本だけ作るという意思を尊重しましょう」

 事典の【レベル1】に表示される十六の魔導具をすべて完了させたら【レベル2】が解放される、なんとなくそんな気がすることはライゼンに相談済み。
 こういうのが直感だろうっていう結論を出した。
 だから優先すべきは一つずつでいいから完成させること。
 その後の事は、本職の信頼出来る仲間が得られた時に相談すればいいと思ってる。女神エイリルによればエルフの錬金術師、ヒトの薬師との出会いが待っているみたいだし。
 それに、さ。

「なんとなく、この内容で躊躇ってたらダメだと思うんだよね」
「え?」
「だって【レベル1】でコレだもん。これから十まで解放していくんだよ?」

 ライゼンの表情が固まる。
 ごめん。
 でも、うん、直感力を養わないと。
 絶対に出てくるよ、御伽噺のエリクサー万能薬も。
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