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第9章 未来のために

閑話:里帰り(17)

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 side:バルドル


 朝が来た。
 待ち合わせ場所で約束の時間より少し早くパーティメンバー全員が集まるのはいつものことだが、……顔を合わせて早々に笑いを堪える羽目になったのは初めての経験かもしれない。
 ウーガが挙動不審過ぎる。
 エニスと目を合わせないためか、常に弟の陰に隠れるように行動。
 ドーガが「邪魔!」と怒ったらクルトにくっつく。
 俺がイラッとしたら上着のフードを被って限界まで紐を絞る。そのせいで目は薄目、鼻と口が近付いて奇妙な顔になっていた。
 気持ちは判らないでもないから敢えて突っ込んだりはしないが、……なぁ?
 しかしながら、いざ魔獣討伐となったらさすがに命が掛かっている自覚はあったらしく、またエニスもドーガと組むことでウーガを動揺させないよう気を遣い、無事該当の魔獣を駆逐することに成功した。
 俺たちより大きな体格の魔獣4頭。
 皮、肉、骨など素材として有用な部分は多いが、此処で血抜きして解体して……とするには人手が足りない。そこで血抜きだけ済ませた後は、予めギルドで予約していた運搬人たちを待って、彼らが持って来た台車に魔獣を乗せて運んでもらった。
 売上は町で収穫された野菜や果物の購入に充ててレンへの土産にするつもりだ。
 そんなこんなで無事に冒険者ギルドに戻って来たのが夕方。
 解体作業と生産が済むのを待つ間に逃げようとしたウーガの首根っこを掴んで近所の酒場に連行した。夜は様変わりするあそこだが、この時間帯ならギリギリ食事処で通る……かもしれない。

「ほら座る」
「横暴!」
「今日は無事に済んだが、この状態が続けば次がなくなることも有り得る。おまえもよく理解しているだろ」

 言うと、途端にしかめっ面になるも大人しく席に着くウーガ。
 隣にはすっかり開き直っているエニス。
 俺とクルトは見届け人のつもりで同席したが、ドーガは「兄貴の惚気とか聞きたくない」と言って一人カウンター席に座ってしまった。

「――で、これからどうするんだ」

 俺も友人の色恋沙汰にあまり口を挟みたくないし、出来ればドーガとカウンター席に並んで見守りたいのだが、リーダーとしての責任がある。
 クルトには申し訳ないが離れられると不安になるので少しの間だけ付き合ってもらおう。

「今日の魔獣は、昨日偵察したのと、俺たちの戦力で問題ないと判断したから受けたが、俺たちがこれから挑むのは未攻略の金級オーァルダンジョンだ。メンバー同士の仲がぎくしゃくしていて意思の疎通もままならないような状態で参加することは出来ない」

 はっきりと断言すれば、二人もよく理解しているのが顔を見れば判る。

「今夜中に落としどころを決めろ。時間掛けてもおまえは段々面倒になるだけだろ」
「うっ……」

 図星を突かれたウーガの眉が下がる。
 依頼の成功報酬とは違うにしても、悩んで悩んで、三日くらい経った後に「なんでもいいや」と言ってのける奴に人間関係で時間を掛けさせるのは愚策でしかない。エニスもそれは解っている。

「エニスはどうしたい」

 だから直球で問えばこいつは隠さないし、嘘も吐かない。

「今まで通りで構わない」
「えっ」

 弾かれるように顔を上げるウーガ。

「今更どうこうなりたいなんて思ってない。人の気も知らないで好き勝手言われるのにいい加減ムカついただけだからな」
「な……え……えぇ?」
「だそうだが、ウーガは」
「だそうだがって。え。だって……」

 戸惑った様子のウーガは、眉間に深い縦皺を刻んだ後でまさかの反応。

「……オレが好きって、もしかしてエニスの冗談」
「アウト」
「それはダメだよウーガ」
「はぁ……」
「なんでさ!」

 三者三様の反応に噛みついてくるが当然の反応だと気付いて欲しい。

「まずエニスの気持ちを否定すんのは止めろ。で、おまえはどうしたいの」
「どう、って」

 エニスを見て、俺を見て、それからもう一度エニスを見る。

「……今のまんまがいい。ずっと、いまのメンバーで一緒が……」

 いつになく気弱な声。
 掠れそうな言葉。
 俺がエニスを見ると、エニスは軽く肩を竦めた。

「ならそれで」
「……なんで?」

 あっさりとした反応に、だがウーガが首を振る。

「今まで通りって、無理じゃないの? オレ知っちゃったんだよ?」
「知ったからって気持ちが変わるもんでもないだろ」

 エニスは言って、その手をウーガの頭に乗せる。

「今のままがいい、それがおまえの望みならそれでいい。おまえ相手に下心なんてのも今更だし」
「い、いまさらって、それは、ちょっと……」

 ふっ……小さな笑いが漏れる。
 気持ちは判らないでもないが、まあ、どっちもどっちか。

「あとは二人でちゃんと話し合え。今のメンバーのまま今後も活動するつもりならな」
「ちょ……」
「クルト、ドーガの隣に行こう」
「うん」

 呼び止めようとしてくるウーガは敢えて無視し、その場に二人を残す。
 カウンターに移動すると、何だかんだいってドーガも気にはしているようですぐに目が合った。

「……どう?」
「なるようになるだろ。そもそもウーガの扱いはエニスの方が判ってる」
「だよねぇ」

 振り返った先では、きちんと話し合っているのかどうか、顔を突き合わせている二人がいた。




 それからしばらくテーブル席とカウンター席に分かれて食事をしていたが、空が真っ暗になり、ホールも酒の匂いが強くなって来た頃だ。
 入口に現れた冒険者ギルドの制服を着た職員が店内を見渡していた。
 どことなく焦った様子の、落ち着かない気配。
 何事かと思って見ていたら、その職員と目があった。途端にこちらに駆け寄って来て、声を潜めながら聞いてくる。
 
金級オーァルのバルドルパーティですか?」
「ああ」
「あ、あのっ、実は今日の夕方には戻ってくるはずだった薬師の団体がまだ戻って来ていなくて」
「え」

 真っ先に反応したのはクルト。
 今日の夕方に戻ってくる予定の薬師の団体――思い当たるメンバーがいる。

銀級アルジョンダンジョン「サンコティオン」です。対象が攻略目的のパーティではありませんので早めに捜索隊を派遣しようってことになっていて……お願いできませんか」
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