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第9章 未来のために

閑話:里帰り(12)

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 side:ウーガ


 墓参りの後は予定通りに海岸沿いの崖に出来たっていう洞の内部調査に向かった。
 調査そのものは2時間程度で終わって、結局海水が崖の内部を侵食していて最後に入口部分が崩れ落ちただけだったらしく、盗賊の根城になっていたり魔獣が住み着いているということもなかった。というわけで現時点で問題無し。定期的に見廻るくらいで良しって内容で報告を完了した。
 今日は移動に時間が掛かったこともあって、町に戻って来た頃にはすっかり夜。
 暗い道を照らすランタンの、淡い明かり。
 町は昼と正反対の雰囲気を纏い、道行く人たち隣にいるパートナーとの距離が近く、酒と特徴的な煙の匂いがどこからともなく漂ってくる。
 昨日の昼に寄ったあの食堂もすっかり酒場に変身済みで、露出が多い給仕服を着た男女が客と小声で会話しながら妖艶に微笑んだり、腰を抱かれて二階の部屋に移動したり。

「もう少し早く帰って来るべきだったな」

 クルトの腰を抱いてピッタリとくっつくバルドル。
 酔っ払いに見せたくないんだろうな。

「まぁ時間は掛かったが調査が一日で済んで良かったんじゃないか」

 要した時間って意味では墓の前で喋っていた時間が一番長かったけど、誰もそんな野暮なことは言わない。代わりに夜も健全な営業をしている定食屋で腹いっぱい食ってからそれぞれ帰宅した。
 で、うち。
 ただいまーって声を掛けた途端に3人娘妹たちに群がられて「散れ!」とドーガが怒鳴るも、怒られたはずの3人娘はきゃっきゃはしゃいでいるし、両親も楽し気だ。
 楽しい。
 笑ってる。
 そう思うと、なんでか急に心の中に冷たい風が吹き込んできた。
 ガイン。
 もしもあんたが生きていたら――……墓参りに行って話したせいか、今日は何度もそんな風に思ってしまう。
 ガインとリヒターを「サンコティオン」の32階層に残して逃げ戻った日、誰もオレたちを責めなかった。ダンジョンに入場した時点で冒険者は死も覚悟する。帰って来られないのは当人の実力不足というのが暗黙の了解だからだ。
 けど、それを言うならあの日、あの場所で、オレたちは一人残らず死んでいないとおかしい。
 オレたちを生かしてくれたガインとリヒターこそ生きているべきだったんじゃないのか。

「兄貴?」
「……なんでもないよ。けど、ちょっと……」

 何て言ったら良いか判らない。
 ただ一つ確かなのは今は誰の笑顔も見たくないってことだ。




 結局その場から逃げる口実みたいに風呂に入って、さっさと布団に潜り込んだ。ダンジョンなら魔豹ゲパールの雷神を抱き枕にさせてもらって安眠出来るのに、今日は……いや、昨日も、その前も、結局ドーガに代わりしてもらったな。
 だけど今日は、何故かドーガに頼む気になれない。
 なんでかな。
 イライラする。
 無理やり寝ようとして目を閉じても逆に意識が冴えてしまう。

「あー……もう!」

 これじゃダメだと思ってベッドを下り、薄い上着を寝間着の上に羽織る。
 部屋を出てリビングを通ると、ドーガがやっぱりなって顔で見て来た。

「今日もか?」

 抱き枕するかって意味だと分かったけど、今日はおまえじゃダメだ。

「エニスんとこ行ってくる」
「は」
「一緒に行く?」

 聞いたら目が真ん丸になった。
 なんで? 眠れなくてエニスに頼るのは今更だろうに。

「ドーガ?」
「え。あ……俺はいい。明日も依頼で会うし」
「そ」

 別に無理やり連行する必要もないんで、一人で家を出る。すぐ近所だからもうエニスの家は見えているのに、うちと違ってしんと静まり返っているし、明かりもほとんど見えないから家にいないんじゃないかと思わせる。
 あ、いや。
 この時間だから寝てる可能性もあるし、……実際、いない可能性もあるか。
 此処はダンジョンでも船の上でもなければ、友人知人が多い地元だ。これまで禁欲的な生活が続いていたんだから花街に遊びに行く理由だって充分だ。
 ドーガが驚いた顔をしたのもそれが理由だったのかも。

「さすがに考えてなかったなぁ」

 明かりが一つもついていない家の前で立ち尽くす。
 仮に家にいたとして、おじさんおばさんが寝てるのにお邪魔するのは超迷惑だろう。

「詰んだ」

 メッセンジャーを持っておけば良かったなぁ……なんて後悔しつつ庭を覗いてみる。いるとは思わなかったけど悪あがきというか、何と言うか。
 だから、明かり一つない夜の庭を見ながら、まさかエニスが縁側に座って一人で晩酌してるなんて思わなくて。

「なんで?」

 つい声を出したら、エニスが弾かれるようにこっちを見た。

「……おまえ何してんの」

 ほんと、何してんだろうね?
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