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第7章 呪われた血筋
196.終わりの始まり side ???
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ガリ……扉をかくたびに指先に滲む血がその軌跡をなぞる。
ガリ……ガリ……やせ細った指先で、もう何日この扉を引っ掻いて、外に出してくれと願っただろう。
「出して、お願いだから……私をあの場所に還して……」
わずか一筋の光りさえ差し込むことのない、暗く、じめじめとした、薄汚れた寝台だけが置かれた部屋の中で。
その女性は。
森人族の、間もなく尽きる命を悲しむ彼女は、震える腕を必死に伸ばして扉を引っ掻く。
「お願い、よ……私を、還して……この命を、無駄にさせないで……」
彼女は物心ついたころにはマーヘ大陸のカンヨン国で奴隷だった。
同じ邸で働く年上の奴隷が言うにはプラーントゥ大陸から連れて来られたらしいが、本人はこれっぽちも覚えていない。攫われた時には赤ん坊だったのだから当然だ。
だが彼女には森人族だからこそ持つ知識があった。
例え両親がいなくても、赤ん坊の頃に攫われて名前すら憶えていなかったとしても、森人族だというだけで絶対に知っている。
覚えている。
この世界で森人族だけが抱える彼らの真実。
「還、して……還りたい……」
段々と細く、弱くなっていく声。
もう時間が無いことは彼女自身が誰よりも判っている。森人族は死を迎えるために行かなければならない場所がある。
だから。
死んでもここから出してもらえないと判っていて、絶望しかないから、必死だった。
「……還……て……」
応えてくれる人などいない。
死んでも出してもらえない。
自分の遺体はこのまま放置され、良くても部屋ごと燃やされて灰になる。
それではどうしたって還れない。
「っ……」
涙がこぼれた。
ああ、もう。
ダメだ――そう思った時だった。
「あの……まだ動けますか?」
扉の向こうから聞こえて来た、辺りを警戒するような密やかな声に彼女は目を見開いた。
咄嗟には信じられない、奇跡だった。
「あの……もし動けるなら、今夜、僕があなたを逃がします」
「……ぅぁ……」
「いま大陸のあちらこちらに他所の大陸から軍隊が来ているんですって。隣の国にはキクノ大陸の軍が上陸していて、御主人様達は大慌てで、こちらの事を気にしている余裕もないみたいなので、今なら逃げられます。かなり歩くことになるとは思うんですけど、東のセイス国にはプラーントゥ大陸の軍も来ているそうなので、あの、どちらか希望を言ってもらえれば、僕、頑張りますから」
声は潜められていても、真剣な様子が伝わって来る。
「どう、して……」
「僕も森人族なので」
「っ……」
「だから、一緒に逃げましょう。還りましょう、あの場所に。夜に迎えに来ます」
声が、足音が、遠ざかる。
再び涙が零れた。
でもそれは絶望ではなく希望だった。
それは2月の20日。
各国の連合軍がマーヘ大陸に上陸した三日後のこと。レンたちが隣のスィンコ国に入り最初の町を解放し終えた頃のことである。
ガリ……ガリ……やせ細った指先で、もう何日この扉を引っ掻いて、外に出してくれと願っただろう。
「出して、お願いだから……私をあの場所に還して……」
わずか一筋の光りさえ差し込むことのない、暗く、じめじめとした、薄汚れた寝台だけが置かれた部屋の中で。
その女性は。
森人族の、間もなく尽きる命を悲しむ彼女は、震える腕を必死に伸ばして扉を引っ掻く。
「お願い、よ……私を、還して……この命を、無駄にさせないで……」
彼女は物心ついたころにはマーヘ大陸のカンヨン国で奴隷だった。
同じ邸で働く年上の奴隷が言うにはプラーントゥ大陸から連れて来られたらしいが、本人はこれっぽちも覚えていない。攫われた時には赤ん坊だったのだから当然だ。
だが彼女には森人族だからこそ持つ知識があった。
例え両親がいなくても、赤ん坊の頃に攫われて名前すら憶えていなかったとしても、森人族だというだけで絶対に知っている。
覚えている。
この世界で森人族だけが抱える彼らの真実。
「還、して……還りたい……」
段々と細く、弱くなっていく声。
もう時間が無いことは彼女自身が誰よりも判っている。森人族は死を迎えるために行かなければならない場所がある。
だから。
死んでもここから出してもらえないと判っていて、絶望しかないから、必死だった。
「……還……て……」
応えてくれる人などいない。
死んでも出してもらえない。
自分の遺体はこのまま放置され、良くても部屋ごと燃やされて灰になる。
それではどうしたって還れない。
「っ……」
涙がこぼれた。
ああ、もう。
ダメだ――そう思った時だった。
「あの……まだ動けますか?」
扉の向こうから聞こえて来た、辺りを警戒するような密やかな声に彼女は目を見開いた。
咄嗟には信じられない、奇跡だった。
「あの……もし動けるなら、今夜、僕があなたを逃がします」
「……ぅぁ……」
「いま大陸のあちらこちらに他所の大陸から軍隊が来ているんですって。隣の国にはキクノ大陸の軍が上陸していて、御主人様達は大慌てで、こちらの事を気にしている余裕もないみたいなので、今なら逃げられます。かなり歩くことになるとは思うんですけど、東のセイス国にはプラーントゥ大陸の軍も来ているそうなので、あの、どちらか希望を言ってもらえれば、僕、頑張りますから」
声は潜められていても、真剣な様子が伝わって来る。
「どう、して……」
「僕も森人族なので」
「っ……」
「だから、一緒に逃げましょう。還りましょう、あの場所に。夜に迎えに来ます」
声が、足音が、遠ざかる。
再び涙が零れた。
でもそれは絶望ではなく希望だった。
それは2月の20日。
各国の連合軍がマーヘ大陸に上陸した三日後のこと。レンたちが隣のスィンコ国に入り最初の町を解放し終えた頃のことである。
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