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第6章 変遷する世界

153.魔石の成長

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 1月22日――オセアン大陸の帝都ラックで始まった国際会議二日目。
 19日までに戻る予定だったレイナルドさんが緊急案件のために数日遅れて銀級アルジョンダンジョン『ソワサント』を出たこの日は、彼はその足で帝都に戻るものの、新しい情報があるかもしれないためしばらく第40階層の転移陣側で待機することになった。
 今日までに400組以上のパーティにダンジョンから出るよう促し、1,000人以上の冒険者に抵抗無効の枷を装着して追い出したが、これはあくまで30階層から40階層までの間にレイナルドパーティ、グランツェパーティ、バルドルパーティが相対した数だから、実際にこのダンジョンにいた数は3倍以上だろう。


 第40階層転移陣の側で待機することになって数時間。外はすっかり暗くなってしまったし休める時に休むべきということで、見張り担当の2名を残して他のメンバーは部屋に戻ることになった。
 普段より1時間くらい早く神具『住居兼用移動車両』Ex.に戻れた俺は、寝支度を終えた格好でリビングのラグの上に座り、ローテーブルの上に並べた魔豹ゲパールとメッセンジャ―の魔石を順番に磨いていた。いつもお世話になっているのだから、こういう時くらい労っておくべきだと思ったからだ。
 コットン100%の肌触りの良い布でキュキュッと拭き「はぁー」と息を吹き掛けて曇らせ、またキュキュッと拭く。
 最近は言うことを聞かない冒険者相手にも威嚇してくれるなど大活躍だったが、……さすがにもうそんな事もないかなって思う。

「ダンジョンの雰囲気がすっかり変わったもんなぁ」
「雰囲気が変わるとはどういう意味だ」

 聞き返して来たのは、当然のことながら俺以外で唯一この部屋に入れるリーデン様。ソファに足を組んで座っている部屋着姿の神様の、違和感を大きく上回って俺の目を幸せにしてくれる此処に居るのがものすごく自然な感じ。
 平和ボケしている場合でないのは解っていても、どうしてもほわんとしてしまう。

「レン?」
「っ、えっ……と、第1階層に入った時に、人がたくさんいる感じ……空気か、魔力か、とにかく肌で感じる何かの密度がものすごく濃い気がしたんです。でも今は風通しが良くて、ダンジョンは気候が一定だって聞いていたのに涼しくなったように感じるんです」
「ほう」
「レイナルドさんやクルトさんに「息がしやすくなった気がします」って言ったら、他所のパーティと野営地が被ると気ぃ使うからなって笑われましたけど」

 実際、それも間違いないと思う。
 テントそのものは見た目だけなら完璧に誤魔化せているけど16人全員が一つのテントで寝ていたら、それは明らかにおかしいので、ダミーの小さなテントを幾つか設置して「こっちも使ってます」っていう風を装わないといけないし、食事の内容も別の意味で気を遣わないと行けないし。
 周りに人がいなくなっただけで随分と楽になったのは確かだ。
 でも、そうじゃない。
 勘でしかないけどそう思うし、間違ってなかったらしいことはリーデン様の顔を見れば判る。

「レンがそう感じたのであれば、そろそろ魔力の循環が落ち着いたのかもしれないな」
「魔力の循環?」
「何日か前にムエダグットがダンジョン内に生まれる瞬間を見たと言っていたな」
「はい」

 旋回する魔力が魔石に変化し魔の鴎ムエダグットを模った場面だけならまだしも、その直後に狩られる瞬間まで目撃したことで、とても嫌な思いをしたことは記憶の新しい。

「本来は形が完成してからどこからともなく飛来して来るものだが、近頃はムエダグットが次々と狩られて供給が追い付かなくなっていたために……レンに判り易い言葉を選ぶなら供給システムがバグったと言えばいいか」
「そう、ですね。判り易いかどうかで言ったら、うん」

 肯定したら、リーデン様が安心したように笑む。

「これまではムエダグットの魔石よりもゲパールやムルトルグノンの魔石の方が高く売れていたから、狙われるのもそちら側だったが、この数カ月で逆転した。普段ならば1カ月程度で新調される魔石が2カ月、3カ月と維持されるにつれて獣の性が強まったと考えられる」
「あ……じゃあグランツェさんが言っていたんですが「長生きしている魔物の魔石ほど質がいい」っていうのは?」
「一理ある。長生きした分だけ魔石は濃厚な魔力に満たされるから間違いなく質は上がるし、魔物の能力値が上がるのも自明の理だ」
「それって、つまり強くて凶暴ってこと……?」

 リーデン様は肩をすくめる。ダンジョンで起きている異変の原因がわかってしまったよ!

 なんてこった……。

 というかそれで言ったら創世から千年を経ても踏破されていないダンジョンのボスってどうなってんの?
 踏破されている白金級ダンジョンがあるのに、踏破されていない金級があるのはそういった理由もあるんじゃないだろうか。
 そんなことを考えて少し怖くなっていたら、リーデン様が俺の手元を興味深そうに覗き込んで来た。

「レン。持ち歩いている魔石には常に自分の魔力を半分ほど残しているのか?」
「そうです。ゲパールから魔石に戻すときに、ぎりぎり形を保てなくなるくらいの量を溜めておけば、次に助けてもらいたい時にすぐにお願い出来るでしょう? 必要な魔力も少なくて済みますし、時間で回復する俺の魔力も最大限確保出来ます」
「なるほどな」
「それに見てください! この子は最初から俺が預かっているゲパールで、こっちの2つは師匠から預かった子達なんですけど、ほら、同じゲパールなのに色が変わってきたんですよ。そのせいもあってすっかり愛着が湧いてしまって……」

 リーデン様には石と顕現とを繰り返す度に新しい個体になるから記憶の引き継ぎなどはないし、淋しくなるから情を移しすぎるなと注意されていたが、最初から無理な話だったなって今となっては思う。
 動物も大事な家族になるのが当たり前の世界で生まれ育ったんだもの。一緒に戦ってくれるこの子達を愛さないでいられるわけがない。

「……呆れますか?」

 不安になりながら確かめると、リーデン様はごく自然な態度で「いや」と首を振ると、ローテーブルに並んでいる一つを摘み、持ち上げた。
 部屋の照明で透かすように下から覗き込む。

「……幸運スキルの賜物か……いや、周りの者たちの指導の賜物か」
「なにがですか?」
「レン。可能なら師から預かったその2頭もおまえが主人になってやると良い。満たされてはいなくとも常におまえの魔力を含み続けていることで魔石の質が上がっている」
「へ?」
「メッセンジャーの方もだな。こちらは交互に二人の魔力が混ざるから同じようにはいかないだろうが、使うほど質が上がっていく可能性はある。師にも伝え、検証してみた方が良いのではないか?」
「は……はい! はいっ、そうします!」

 思い掛けない話にびっくりするも、その情報の重要度の高さを考えると今すぐに……少なくとも身内には周知すべき案件である。
 というか此処にはいない師匠セルリーに伝えたい。
 グランツェさんとモーガンさんの娘エレインちゃんと一緒に船にいるだろう師匠セルリーにはしばらく会っていないが、元気だろうか。こんな話を聞いたらまた「やりたい事が増える一方よ……!」って叫ぶんだろう。

 うん、やりたいことをいつまでも失くさないでもらいたい。

 それからメッセンジャーじゃなく味方になってくれる魔物の魔石の件。
 家畜はいるのに、魔獣や魔物を家族にするという概念がないこの世界で、自分以外に誰が愛情をもって育てようなんて考えてくれるだろうか……。
 事務的に戦力として活用する、という考え方の方がこの世界には馴染むんだろうけど、それだと自分が余計なことを言いそうな気がする。
 身内相手に見て見ぬフリもしたくないし、……なんて考えている内に寝てしまって、翌朝。
 朝食を食べながら外部からの新しい情報を待っていた俺たちは、まさかのレイナルドさん本人の帰還によって第42階層の異変について知ることになるのだった。
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