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第5章 マーへ大陸の陰謀

148.『ソワサント』(6)

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 食事が終わった後の片付け中に、何人かの冒険者から焼いていた木の実に関して質問された。
 中には危険な成分入りのものと見た目がよく似ている物もあるので、絶対に間違わないだろう3種類くらいを説明したが、これで少しでも冒険中の栄養バランスが保てるなら良いと思う。
 その後はテントの中のキッチンで、明日のお弁当の仕込み。
 朝はまたご飯を炊いて、今日のお肉の残りをほぐして……おにぎりかな。
 うん、いいんじゃないだろうか。
 8時半を過ぎる頃には一人、また一人と部屋に入って、夜番はウォーカーさんとドーガさん。

「眠気覚ましの珈琲カッフィはいかがですか?」
「ありがとう」
「いつも悪いな」
「いえいえ、見張りから外してもらっているんですからこれくらい」

 泉からポットに水を汲んで火に掛け、沸くのを待つ間に粉を準備。
 ゆっくりとお湯を注ぐと大好きな匂いがふわりと香って来る。

「レンが淹れてくれる珈琲カッフィって飯と一緒で特別美味しく感じる」
「そうですか?」
「ああ。優しい味がするよ」
「……なんか恥ずかしくなりますね」
「はははっ」

 一頻り笑って「後はお願いします」と立ち上がった俺は、少し離れた森の中に入っていく人影に気付いた。
 冒険者、だよね。
 一人で森の中なんて危ないんじゃないかと心配になったが、数時間前の身内の会話を思い出して首を振る。一人じゃなきゃ出来ない事もある!

「っ……」

 後ろめたくなって速足でテントに戻り、神具『住居兼用移動車両』Ex.に移動すると「おかえり」ってリーデン様の声。
 リビングダイニングのカーテンがしっかりと閉じられているのを見てホッとしてしまった。
 
 
 テントは傍目にはモスグリーンのスクエアテントで、窓なんて一つもないけど、俺の神具『住居兼用移動車両』Ex.の部屋はもちろん皆の個人部屋にも窓がある。
 明り取りのために壁の一部分がガラスになっているような感じだから開ける事は出来ないが、見える景色は基本的にテントの入り口が向いている方。つまりテント前で見張りをしている仲間の姿が確認出来るようになっている。
 だから、まあ、横側の林で誰が何をしようともうっかり窓から見えちゃう心配はない……と、思う。
 就寝準備を早々に済ませ、寝室のカーテンが隙間なく閉じているのをしっかりと確認してからベッドに上がると、先にそこに居て、サイドテーブルの明かりで書類っぽい紙の束を確認していたリーデン様が不思議そうな顔をしている。

「今日は妙に落ち着かないな」
「えっ」
「どうかしたのか」
「……その……俺たちはリーデン様がくれた神具のおかげで助かってるな、って」

 誤魔化したらリーデン様の眉間に皺が寄る。
 言外に責められている気分になる。
 ……違う、この人は責めてなんていない。
 そういう人じゃないって言い切れるだけの信頼は既にあるし、……そもそも人ではないけれど。

 そうじゃなくて。

 心配、だ。
 リーデン様は俺を心配してくれているんだって判ったら、喉の奥につっかえていたものが取れた気がした。
 言葉が湧いて来る。

「……この世界の、というか……大人の? 事情を知らなさ過ぎるなって。あと、クルトさんやレイナルドさん達が味方してくれるのに甘えて常識と非常識の境界線がぐにゃぐにゃのままだなって」

 言い直したら、リーデン様は軽く息を吐く。

「新しい学びがあったか」
「そう、ですね。周りが良い人達ばかりなので、悪意……まではいかないけど、あまり嬉しくない、観察されるような視線とか、下心のある言い回しとか、……少し疲れました」
「そうか」

 リーデン様は紙の束をサイドテーブルに置くと、両腕を広げてくれた。
 おいで、って。
 そう言われているのを感じて腕の中に潜り込む。

「おまえの周りはカグヤの加護の影響が大きいからな。それでなくともプラーントゥ大陸は主神への信仰が篤く、善悪の区別も俺が最初に伝えた約束事を最も当時のまま残している」
「そうなんですね……」
イヌ科シアンの本能がそうさせるのだろう。彼らにとってはいつまでも主神がボスだ」
「ボス?」
「ああ。ロテュスという世界規模の群れの、な」

 なかなか壮大な話になって来たが、そう言われるとイヌ科シアンのレイナルドさんやバルドルさん達の態度で腑に落ちる事も多い。

「おまえ自身が引き寄せた縁だと思うなら大事にしたらいいし、違うと思うなら適当にあしらってしまえ。万人に良い顔などする必要はない」
「……厳しいことを言いますね」

 地球でどう生きていたかを知っているだろうに……って思ったけど、そう言い切れるだけの根拠が自分にある事を思い出す。
 リーデン様、カグヤ様、ヤーオターオ様、そしてユーイチ。
 4柱の加護を持つ自分自身の直感を信じたからこそ好転した事態もある。

「レン。おかしな連中が周りにいれば、自身が疲弊するのに加えて、おまえが大切にしたい周りの者にも苦労を掛けるということを忘れるな」
「はい……」
「他人を拒否するのは悪い事ではない。優先順位を付けろ。いまのおまえにはまだ難しいだろうがな」

 否定できなくて、リーデン様の胸に顔を埋めた。
 少しずつでも頑張ろう、そう思う。

「――で?」
「え?」
「カーテンの隙間を気にするような大人の事情とは」
「っ、それは、あの」
「ん?」
「っ……」

 見返したリーデン様の表情は明らかに揶揄うような笑顔で、なんとか黙秘しようとしたけど無理で、自慰云々の話から実践の流れで散々弄られて俺一人だけ吐精させられてしまうという悔しい結果に。
「このダンジョン攻略が終わったらゆっくりな」ってリーデン様は言うけど、なんか、もうね! いつかぎゃふんと言わせたいと思いながら睡魔に身を委ねた夜だった。




 翌朝5時。
 早朝番だったレイナルドさんとエニスさんに珈琲カッフィを渡し、飯盒でご飯を炊きながら昨日の猪肉の残り――一晩タレに漬け込んでチャーシューっぽくしたそれをほぐしていくつもりだったんだけど、エニスさんがやってくれるというのでお任せする事にした。
 なので、俺はテントのキッチンで普段通りの弁当作り。
 6時前にはバルドルさんとクルトさんが同時に部屋からリビングダイニングに……同時?

「おはようございます」
「おう。はよ」
「おはよう、レンくん」
珈琲カッフィで良いですか? クルトさんはカフェオレですよね」
「それは自分でやるよ」

 言って、キッチンに来るクルトさんと外に声を掛けに行くバルドルさん。
 早朝番の二人と見張りを代わるためだ。

「夜番の二人より早いなんて、眠れなかったんですか?」

 自分が寝る前に見張りについていたのはドーガさんとウォーカーさんだった。
 お休みがウーガさんだったんだから、必然的に深夜番がバルドルさんとクルトさんになるわけで……。

「ううん、ぐっすり……最近は本当にゆっくり眠れるようになったよ」
「そうなんですか?」
「自分でもびっくりするくらい。おかげで体調もいいし……主神様のおかげかな」
「リーデン様の?」

 聞き返したら、クルトさんはちょっとだけ躊躇う素振りを見せたけど俺の耳元に口を寄せ、小声で教えてくれた。

「自分に正直になったら悩むことがなくなったから」
「あー……あぁ、なるほど」

 心配事がなくなると気持ちが軽くなる。
 そうなれば自然と寝つきも良くなるし睡眠の質も上がるだろう。

「クルトさんが幸せそうで何よりです」
「ありがとう」

 お互いに笑顔になっている間にウーガさんとドーガさんが起きて来て、ウォーカーさんがリビングダイニングに現れたのがちょうど6時。
 エニスさんが外からテントの中に声を掛けて来た。

「レン、ご飯焚けたんだけどこの肉を包んで握ればいいのか?」
「はいそうです、でもちゃんと手を洗ってから……」
洗浄ネトワイエ

 エニスさんは得意顔。
 そういえば彼は水属性だった。

「炊き立ては熱いので気を付けてくださいね!」
「おー」
「あ、っていうかエニスさんとレイナルドさんは見張り終了の時間だから一度部屋に……」
「これ終わってからね」

 そう言って行ってしまう彼をクルトさんが追い。

「俺も手伝います」
「いっそ、全員自分の朝飯は自分で握れ」

 外からレイナルドさんの声が掛かる。
 そんな流れで、自分の分は自分で握ることになり「熱っ」「崩れる!」ってまた随分と賑やかな朝ごはんになってしまった。
 全員が支度を済ませ、テントを片付けて元に戻った向日葵のブローチをマントに留める。
 調理器具や折り畳みテーブルは容量拡張型の鞄に収納。

「忘れ物は無いか?」
「大丈夫です」
「なら、行くか」

 リュックを背負い直していざ出発、と。
 泉の畔から離れようとした足が急に重くなったように感じられた。

 ……動けない。

「レンくん?」
「レン?」

 俺の異変に気付いたクルトさんとバルドルさん。
 即座に周囲を警戒したのはレイナルドさんとウォーカーさんだ。

「……どうした」
「わ、判りません」

 レイナルドさんに聞かれて正直に答える。
 判らない。
 でも。
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