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第4章 ダンジョン攻略

109.船旅の始まり

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 事前に伝えてあったこともあり、港町ローザルゴーザでの証紋確認はとてもスムーズに済んだ。
 そして、その足で向かった港で俺たちを出迎えてくれたのは、原色全開、色とりどりの花が描かれた派手な船体に神戸で見た異人館? 洋館? とにかくそういうお城っぽい家を乗せた、地球の常識で考えると「えぇー⁈」って感じの大きな船だった。
 しかも幻術が施されているのか、船体の花はまるで本当に花壇で咲いているように風に揺れたり、花びらを散らしたりする。
 重心はどこ?
 大丈夫なの、これ?
 いろんな不安が押し寄せて来るけれど、そもそも魔力と術式と不思議素材で一軒家が1時間で完成するファンタジー世界である。建築法やら何やらを持ち出したところで無意味だし、目の前にあるものを素直に受け入れることが重要だ。
 俺がお願いして使うことにした神具だって皆を驚かせているんだからおあいこだ。
 うん、そういうことにしておこう。

(……それにしても派手っていうか、童話の世界にでも入り込んだ気分)

 一年前は密航が目的だったために暗い印象を受ける外観だったが、そんな面影は何処にもない。
『海上の花の宮殿』を目指すと頑張っていた職人たちに心の中で拍手喝采だ。

「ここまで変わるもんなんだね……」
「すげぇなぁ……これで船旅かぁ」

 感心しているのか、呆れているのか判り難い声音のクルト、バルドル。
 エニス達も無言で頷いていた。


 さて、港町ローザルゴーザでも旅の同行者が増える。
 船の操縦や、掃除、食事の用意などを担当するスタッフ約20名が既に乗船し、出港準備を進めていたからだ。
 全員が船内のホールに集まって自己紹介を始めたのは、俺たちが船に乗り込んですぐのこと。出発は午後5時を予定していて、その前に顔合わせをすることになった。
 総勢52名の旅の仲間である。
 で、国王の親書を携えて他の大陸に向かう俺は、対外的には「特使」と呼ばれ、本来であれば正式な式典において国王陛下から「特使」の称号と親書を賜るべきだったが、式典には当然のことながら多くの貴族が集まる。
 俺の身の上は特異過ぎるから広く周知させるのは危険との判断で、今回の外交には国王陛下から命じられたウェズリー大公家、すなわちレイナルドの実家が矢面に立ってくれた。
 派遣されたスタッフ全員が大公家の関係者だと知った時には驚いたけど、離れていても守ろうとしてくれているレイナルドの気遣いを感じてちょっとばかり浮かれてしまいそうだった。

「それではお部屋にご案内致します」

 全員が自己紹介を終えた後は、船内のまとめ役なのだろう年嵩のスタッフが名前を読み上げ、若いメイド服姿のスタッフがそれぞれの部屋へ案内してくれる。
 ありがたいことにバルドルパーティ、グランツェパーティの面々は全員近くに配置されたが、……何故というか、やはりと言うべきなのか、俺の部屋は船首側3階の一番広い角部屋で、ガラス張りの壁の向こうは一面のオーシャンビュー。
 広さは単身者向けのマンションの部屋くらい。
 ちゃんと扉を隔てた寝室に置かれているベッドはキングサイズで天蓋付き。
 高価な魔導具があちらこちらに散見し、ソファやローテーブルといった家具は素人目にも高級だと判ってしまう見事な細工が施されていた。
 水回りだって凄い。
 猫足バスタブはよく見かけたけど、まるで温泉の露天風呂みたいな造りはこっちでは初めて見た。
 これが自分の部屋だなんて勿体なさ過ぎる。
 神具『住居兼用移動車両』Ex.で過ごす俺がこれらを使うことは一切無いのに!

「あの、一番小さい部屋に移りたいんですけど……」
「主神様のつがい様に粗末な部屋などご用意出来ません」

 きっぱり、はっきりと言い切られた。
 これ以上の拒否は我儘になると感じて項垂れた俺に「作戦会議で全員が集まれるね」って笑ってくれたクルトさん。
 ううっ、癒される……。
 各自の部屋が決まった後は全員が廊下で最終確認だ。

「右隣はバルドルさんとクルトさん……え、二人部屋?」
「その横が兄弟で同室、エニスは二人部屋に一人だな」

 え。
 え?
 頭が理解するより早く、次々と情報が増えていく。

「廊下挟んで向かい、レンの部屋の左隣が俺たち家族の部屋だ」

 グランツェがいい、師匠セルリーが。

「その横が私とヒユナ」
「俺とオクティバがその横」

 ディゼルが言う。
 そこから先は無人の部屋が続いて、外交官や文官、そして外と住居スペースの入り口に一番近い部屋数室には騎士が。
 階段下、いわゆる船体の中に位置し、等級が下がる4人部屋にはスタッフの皆さんが入っている、と。
 外観は洋館だけど、実際の中身はビジネスホテルみたいでちょっと安心した。

「船の上にいる間は基本的に自由だ。ただし海の魔獣の襲撃を受けた場合には戦闘態勢に。今回は騎士団も一緒だからパーティリーダーの指示に従う事。全体指揮は俺が執る」

 グランツェが一人一人の顔を見遣りながら宣言する。
 誰からも異論はない。

「食事は一階のホールだ。朝は6時から9時、昼は12時から1時、夜は5時から8時。今日の夕飯だけは出航時間と重なるため6時以降になる。夜中まで飲みたいなら酒場も開けてくれるそうだが、これはレンには関係ないかな」
「それは、はい」

 頷いた後で、聞きたいのは酒場じゃないと思うものの今は黙って聞く時間だ。

「船が動くまでまだ少し時間はあるが、下船はしないこと。いいな」
「はい!」
「じゃあとりあえず解散。あとはゆっくり休むなり、外の訓練所で騎士団と手合わせするなり、自由に過ごせ。オセアン大陸までは約40時間。二日後の朝9時に到着予定だ、以上」

 グランツェさんの号令を受けて各自動き出す中、俺はバルドルの袖を引いて、小声で話しかける。

「ん?」
「バルドルさん、クルトさんと同室?」
「……おまえだって主神様と同室みたいなもんだろう」

 なるほど、そう言われればそうだ。
 って、違う。

「お付き合い始めたんですか?」
「いや」
「違うの⁈」
「心配しなくても手ぇ出す気はない」
「ないの⁈」
「どっちだよ!」

 どっちと言われると非常に複雑だが、まぁ防音もバッチリだと言うしクルトが悲しまないなら別にどっちでもいいかと思う。

「……部屋、変わりましょうか? お風呂場もすごかったですよ」
「…………それは、ダメだろ」

 長考した末の返答がそれだって。ふんぬぅ。

「レン」
「はい」

 師匠セルリーに話しかけられ、バルドルと別れる。
 師匠セルリーの後ろにはヒユナと、グランツェパーティの魔法使いオクティバもいる。

「例の術式の研究をしたいんだけど、良い?」
「! もちろんです、やりましょうっ」

 俺は嬉しくなって全員を部屋に招いた。




 出航までまだ2時間ほどある中、部屋に集まった俺達の術式の研究というのは、エレインの迷子騒動の時に思ったメッセージを伝える方法についてだ。
 まず、電話によく似た魔導具はギァリッグ大陸で踏破されている白金プラティンダンジョンから発見され、大陸内の主要都市では使用が始まっているという。
 ただし特殊な線で結ばなければならず、使い勝手は非常に悪いそうだ。
 おかげで普及しない。

「なんで魔法があるのに科学で発展しようとするんでしょうね……あ、でも魔力で起動するから魔法なのか……?」

 こういう研究がしたいと話した時に思わず独り言ちたら、それを聞いた師匠セルリーたちは不思議そうに首を傾げていた。
 それがこの世界の常識なんだから、俺の発言の方が意味不明なのも当然である。
 そんな経緯もありつつ、ギァリッグ大陸の電話風魔導具に使用されている術式を冒険者ギルド経由で5枚ほど買い取った――普及しないおかげで安かった――俺達は、これの使い勝手を良くするために意見交換を始めた。

「使い勝手が悪いなら、まずは不要と思う記号を片っ端から排除しましょう」

 人生経験の豊富さゆえに知識量がとんでもない地人族ドワーフのセルリー。

「この魔導具の良さは即時に相手の返答が聞ける事ですよね?」

 年若い僧侶ヒユナはイヌ科シアン獣人族ビーストで、例に漏れず考える事は苦手だと言うが、魔力量が平均を大きく上回っている。
 その量は、学習する意欲さえあれば上級の回復魔法や、属性魔法だって扱えるだろうに……と残念がられるほどで、繰り返すことになるだろう実験にはもってこいの人物だ。
 そして、グランツェパーティの魔法使いオクティバは、考えることを得意とする人族ヒューロン

「しかし、それを一つの術式で実行する必要はないんだ。聞いた側が返答するために別で起動しても充分に事足りると考えれば、この辺りは全部削除してもいいと思う」
「代わりに伝達に必要な記号と術式を入れていくのね」
「必要な術式……声を伝えるなら……あ、録音機能?」
「音を記録する術式なら、たしかオセアン大陸の白金プラティンダンジョンから出たんじゃなかったかしら」

 俺一人では到底知り得ない情報が師匠セルリーたちからは次々と出て来る。

「声を届ける……届けると言うと、手紙や包みになるが、そんな形をしたものが空を飛んでいたら何事かと大騒ぎになりそうだな」
「飛んでいても不思議じゃない姿形にしたらいいのでは? 例えば鳥とか、虫とか」
「そうなると姿を変える術式が必要よ。そんなのある?」
「それに、届ける相手を固定する方法も考えないと……」
「届ける相手の固定はともかく、鳥とかは使役って出来ないんですか? そういえばロテュスでテイマーって聞いたことない、けど……」

 ぽろりと言ってみたら、三人が目を丸くしてこっちを見ていた。
 あー……また非常識なことを言ったっぽい?

「使役って、魔獣の鳥を?」
「えっと……俺の世界では魔獣と友達になって協力してもらったり、魔獣より強い魔力で支配して従わせたりする創作物があって……」
「……レンの世界って従えられる魔獣がそんなにいるの?」
「いえ。あ、家で飼える動物はいっぱいいましたけど」
「??」

 うん、ですよね。
 というか、いま言っていて気付いたけど……。

「ダンジョンの魔物って、魔素が固形化してるんでしたよね?」
「え、ええ」
「倒したら魔石を残して消える」
「ええ」
「じゃあ拾ったそのままの魔石に魔力を注いだら、自分の魔力で固形化した魔物が誕生しませんか?」
「――」

 師匠セルリー、ヒユナ、オクティバ。
 三人が揃って目を瞬かせていた。
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