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第4章 ダンジョン攻略
108.親子
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もしこのままグランツェとモーガンがプラーントゥ大陸を出てしまったら、帰って来た時には本当にエレインの両親でいられなくなっている気がした。
戸籍とか、書類上の話ではなくて、エレインの心の問題として。
「何とか出来ないでしょうか」
思わず声に出してしまった呟きに師匠は肩を竦めた。
自分達が何を言ったところで意味はない。
エレインと、彼女の両親であるグランツェ、モーガンの意思一つなんだ。
「……俺たちが此処に居てもどうしようもないし、帰るか?」
エニスが言う。
確かに、これ以上は……と、そう思った矢先。
「やだ!!」
エレインの叫びにも似た鳴き声が廊下にまで響いて来る。
「パパもママもわたしをいらないんだ! きらいなんだ!」
「そんなことないっ、エレイン、愛している」
「じゃあなんでおいていくの! いつかえってくるの! なんでわかんないの!!」
「……っ」
悲痛な訴えに口ごもる両親の姿が、幼い子どもにどう見えているのかなんて想像も出来ないけど、愛しているならどうして置いて行くんだ、と。
そう泣き叫ぶ少女の、ぐちゃぐちゃな気持ちは少しだけ判る気がした。
「お母さんのおなかの中で十月十日愛されなければ生まれて来られない」と語る孤児院長に、愛しているならなぜ捨てたのかと泣き叫んだ自分の姿が重なった。
愛しているなら傍にいてよ。
他の子はみんなそうだ。
どうして自分だけ――。
「……今回の計画から下りてはどうだい?」
ハーマイトシュシューが言う。
計画から下りて、ずっと娘の傍にいればいい。そう言われてもグランツェとモーガンは答えられない。
「彼女は、君たちの娘だ。尤も愛し慈しむべき存在だ。その彼女がこれだけ訴えているのだから、レイナルド達だって理解するよ」
「それ、は」
グランツェが声を上げ、しかし、セルリーが遮る。
「親だから子を優先しろなんて部外者が言うべきではないわね、ハーマイトシュシュー」
ぎょっとする周囲を気にせず彼女は更に言葉を重ねる。
「目の前にチャンスがあるのよ。冒険者になったからには夢見たものがあって、これを逃したら二度と届かないだろうチャンスが転がって来たの。それを「親だから諦めろ」と言うのは傲慢が過ぎるわよ」
「……子を育てるのは親の責任では?」
「子を、何かを諦める理由にするのは正解かしら」
諭すような物言い。
セルリーにとっては、この美しい森人族もまた子ども同然だった。
「未来なんて誰にも判らないのよ。愛を誓って授かった娘を愛していないわけがない。だけど、今だからこそ巡って来たチャンスも掴みたい。そう願うなら、グランツェとモーガンには相応の覚悟が必要だと諭すのが年長者の役割ではないの?」
「この子を手放す覚悟なんて!」
「それも覚悟の一つだけど、選べる覚悟は、それだけではないでしょ」
「選ぶ……」
呆然と呟いたのはモーガン。
俺は、拳を握った。
「……嫌いだ、って。叫ぶのは、違うって、否定して欲しいからです」
声が震える。
こんなこと言いたくなかった。
でも、判るんだ。
「自分が悪い子になっても愛してくれるって信じたくて、……両親が自分のことを本当に好きなのかどうかを確かめたくて、自分が一番されたくないこと、言われたくないこと、するんです」
「レン……」
自分には最初からいなかった存在。
でも、両親がいなければ自分が生まれて来なかったのは事実で。
気配すら感じた事のない「両親」だけど、それを持つ同級生を、誰かを、一度も羨まなかったなんて事はない。一緒にいられたらって、一度も願わなかったわけじゃ、ない。
「俺は子どもだから、エレインちゃんと一緒に居てあげて欲しいって思います。でも、師匠の言うことも判る。自分のせいで大事な人に何かを諦めさせたって後で知るのは、きっと、辛い」
親では想像出来なくても、クルトやレイナルド、それにリーデンが自分のせいで辛い選択を強いられるのは見たくないって思う。
そういう後悔を、少女の未来に抱えさせたくない、って。
感情のままに伝えていたら、ぽふりとエニスに頭を撫でられた。
師匠には背中を叩かれた。
「大事な弟子のために苦労を掛けるんだもの。貴方たちの覚悟が決まるなら、私も同行してエレインの護衛についてもいいわよ?」
「えっ」
その場の全員が驚いた顔で師匠を見た。
彼女は肩を竦めて笑う。
「いつ帰って来るか判らないんでしょう? 待っているだけじゃ体力も気力も低下するばかりだし、ぽっくり逝く時には弟子に看取って欲しいじゃない」
「金級ダンジョンを一緒に踏破するって約束しましたよね⁈」
とんでもないことを言う師匠に慌てて確認する。
「元気でいるには仕事をしているのが一番だと思うのよね。それに私も僧侶の端くれ、獄鬼相手には最強の盾になるし病気や怪我の対応もバッチリ。今回の旅で子どもの護衛をするにはぴったりじゃない?」
「セルリー……」
グランツェが呆然とその名を呼び、次いで瞳を伏せた。
眉間に深い皺が刻まれて、誰もが彼の次の言葉を待っていた。
しばらくして顔を上げた彼はモーガンの手を握った。
「……エレイン。パパとママの仕事は、とても危険なことばかりだ」
さすがにダンジョンには同行させられないが、海でも、陸でも、怖い魔獣が襲ってくる。その度に戦闘に巻き込まれ幼い少女は怖い思いを繰り返すことになるだろう。
獄鬼との戦いになればそれ以上だ。
誰かが傷つく瞬間を目撃する可能性だってある。
「それでも、一緒に来るかい?」
そっと手を伸ばす。
ハーマイトシュシューの膝に乗っかったまま彼の衣服を掴んでいた少女は、自分を真っ直ぐに見つめる両親の姿に顔をぐしゃぐしゃにした。
「っ、ふぇっ……いっ……いっしょがいい……っ」
手を伸ばし、ハーマイトシュシューの膝から飛び降りた少女はそのままグランツェの胸に飛び込んだ。
「パパとママといっしょがいい……!!」
「エレイン……っ」
抱き締める。
グランツェは娘と一緒にモーガンも抱き締め、覚悟を決める。
「どんな危険が来ようとおまえを守るよ、エレイン」
両親の腕の中で泣き続ける少女は、しかしその声音から悲痛な響きは消えていた。
そのことに安堵しながら、師匠に促されて外に出る。エニスも。ハーマイトシュシューも。しばらくは親子三人でゆっくりと語り合えばいい、そう思った。
部屋を出たところで、飲み物を盆に乗せて佇んでいたララと目が合った。
「いまはお邪魔しない方が良さそうですね」
「はい」
苦笑交じりにそれを持ったまま来た道を戻るララと並んで俺、エニスが廊下を歩き始める。その後方では師匠とハーマイトシュシュー。
「というわけで、しばらくトゥルヌソルから僧侶が三人不在になるわ。まあ今のトゥルヌソルなら僧侶がゼロになってもしばらくは問題なさそうだけど」
主に俺のせいですね、わかります。
あ、でもこの場合は良かったのか。
「……まさか貴女があんなふうに言うとは思わなかった」
「そう?」
いつになく低いハーマイトシュシューの声に、セルリーはあっさりと答える。
「子どもは親の枷ではないわ」
「……そうだね」
ハーマイトシュシューはそれだけを答えると速足で俺たちを追い越し、一人で階下へ行ってしまった。俺たちはその事に少なからず驚いたが、彼の背中が完全に見えなくなってから師匠が言った。
「ララ。しばらくハーマイトシュシューの事を気を付けてあげて」
「え……」
師匠はそれ以上は言わなかった。
ララは目を瞬かせていたけれど、彼女もまたそれ以上は何も言わなかった。
迷子騒ぎでバタバタした1000年目の『界渡りの祝日』も終わった10月の10日、月の日。
俺、クルト、バルドル、エニス、ウーガ、ドーガのバルドルパーティ6名。
グランツェ、モーガン、ディゼル、オクティバ、ヒユナのグランツェパーティ5名。
そしてグランツェの娘エレインと、彼女の護衛を任された師匠。
計13名のグループに、王都フロレゾンから派遣されて来たリシーゾン国の外交官、文官、それから護衛の騎士などが加わり、30人近い団体となってトゥルヌソルから港町ローザルゴーザへ出発した。
長い旅の始まりである。
戸籍とか、書類上の話ではなくて、エレインの心の問題として。
「何とか出来ないでしょうか」
思わず声に出してしまった呟きに師匠は肩を竦めた。
自分達が何を言ったところで意味はない。
エレインと、彼女の両親であるグランツェ、モーガンの意思一つなんだ。
「……俺たちが此処に居てもどうしようもないし、帰るか?」
エニスが言う。
確かに、これ以上は……と、そう思った矢先。
「やだ!!」
エレインの叫びにも似た鳴き声が廊下にまで響いて来る。
「パパもママもわたしをいらないんだ! きらいなんだ!」
「そんなことないっ、エレイン、愛している」
「じゃあなんでおいていくの! いつかえってくるの! なんでわかんないの!!」
「……っ」
悲痛な訴えに口ごもる両親の姿が、幼い子どもにどう見えているのかなんて想像も出来ないけど、愛しているならどうして置いて行くんだ、と。
そう泣き叫ぶ少女の、ぐちゃぐちゃな気持ちは少しだけ判る気がした。
「お母さんのおなかの中で十月十日愛されなければ生まれて来られない」と語る孤児院長に、愛しているならなぜ捨てたのかと泣き叫んだ自分の姿が重なった。
愛しているなら傍にいてよ。
他の子はみんなそうだ。
どうして自分だけ――。
「……今回の計画から下りてはどうだい?」
ハーマイトシュシューが言う。
計画から下りて、ずっと娘の傍にいればいい。そう言われてもグランツェとモーガンは答えられない。
「彼女は、君たちの娘だ。尤も愛し慈しむべき存在だ。その彼女がこれだけ訴えているのだから、レイナルド達だって理解するよ」
「それ、は」
グランツェが声を上げ、しかし、セルリーが遮る。
「親だから子を優先しろなんて部外者が言うべきではないわね、ハーマイトシュシュー」
ぎょっとする周囲を気にせず彼女は更に言葉を重ねる。
「目の前にチャンスがあるのよ。冒険者になったからには夢見たものがあって、これを逃したら二度と届かないだろうチャンスが転がって来たの。それを「親だから諦めろ」と言うのは傲慢が過ぎるわよ」
「……子を育てるのは親の責任では?」
「子を、何かを諦める理由にするのは正解かしら」
諭すような物言い。
セルリーにとっては、この美しい森人族もまた子ども同然だった。
「未来なんて誰にも判らないのよ。愛を誓って授かった娘を愛していないわけがない。だけど、今だからこそ巡って来たチャンスも掴みたい。そう願うなら、グランツェとモーガンには相応の覚悟が必要だと諭すのが年長者の役割ではないの?」
「この子を手放す覚悟なんて!」
「それも覚悟の一つだけど、選べる覚悟は、それだけではないでしょ」
「選ぶ……」
呆然と呟いたのはモーガン。
俺は、拳を握った。
「……嫌いだ、って。叫ぶのは、違うって、否定して欲しいからです」
声が震える。
こんなこと言いたくなかった。
でも、判るんだ。
「自分が悪い子になっても愛してくれるって信じたくて、……両親が自分のことを本当に好きなのかどうかを確かめたくて、自分が一番されたくないこと、言われたくないこと、するんです」
「レン……」
自分には最初からいなかった存在。
でも、両親がいなければ自分が生まれて来なかったのは事実で。
気配すら感じた事のない「両親」だけど、それを持つ同級生を、誰かを、一度も羨まなかったなんて事はない。一緒にいられたらって、一度も願わなかったわけじゃ、ない。
「俺は子どもだから、エレインちゃんと一緒に居てあげて欲しいって思います。でも、師匠の言うことも判る。自分のせいで大事な人に何かを諦めさせたって後で知るのは、きっと、辛い」
親では想像出来なくても、クルトやレイナルド、それにリーデンが自分のせいで辛い選択を強いられるのは見たくないって思う。
そういう後悔を、少女の未来に抱えさせたくない、って。
感情のままに伝えていたら、ぽふりとエニスに頭を撫でられた。
師匠には背中を叩かれた。
「大事な弟子のために苦労を掛けるんだもの。貴方たちの覚悟が決まるなら、私も同行してエレインの護衛についてもいいわよ?」
「えっ」
その場の全員が驚いた顔で師匠を見た。
彼女は肩を竦めて笑う。
「いつ帰って来るか判らないんでしょう? 待っているだけじゃ体力も気力も低下するばかりだし、ぽっくり逝く時には弟子に看取って欲しいじゃない」
「金級ダンジョンを一緒に踏破するって約束しましたよね⁈」
とんでもないことを言う師匠に慌てて確認する。
「元気でいるには仕事をしているのが一番だと思うのよね。それに私も僧侶の端くれ、獄鬼相手には最強の盾になるし病気や怪我の対応もバッチリ。今回の旅で子どもの護衛をするにはぴったりじゃない?」
「セルリー……」
グランツェが呆然とその名を呼び、次いで瞳を伏せた。
眉間に深い皺が刻まれて、誰もが彼の次の言葉を待っていた。
しばらくして顔を上げた彼はモーガンの手を握った。
「……エレイン。パパとママの仕事は、とても危険なことばかりだ」
さすがにダンジョンには同行させられないが、海でも、陸でも、怖い魔獣が襲ってくる。その度に戦闘に巻き込まれ幼い少女は怖い思いを繰り返すことになるだろう。
獄鬼との戦いになればそれ以上だ。
誰かが傷つく瞬間を目撃する可能性だってある。
「それでも、一緒に来るかい?」
そっと手を伸ばす。
ハーマイトシュシューの膝に乗っかったまま彼の衣服を掴んでいた少女は、自分を真っ直ぐに見つめる両親の姿に顔をぐしゃぐしゃにした。
「っ、ふぇっ……いっ……いっしょがいい……っ」
手を伸ばし、ハーマイトシュシューの膝から飛び降りた少女はそのままグランツェの胸に飛び込んだ。
「パパとママといっしょがいい……!!」
「エレイン……っ」
抱き締める。
グランツェは娘と一緒にモーガンも抱き締め、覚悟を決める。
「どんな危険が来ようとおまえを守るよ、エレイン」
両親の腕の中で泣き続ける少女は、しかしその声音から悲痛な響きは消えていた。
そのことに安堵しながら、師匠に促されて外に出る。エニスも。ハーマイトシュシューも。しばらくは親子三人でゆっくりと語り合えばいい、そう思った。
部屋を出たところで、飲み物を盆に乗せて佇んでいたララと目が合った。
「いまはお邪魔しない方が良さそうですね」
「はい」
苦笑交じりにそれを持ったまま来た道を戻るララと並んで俺、エニスが廊下を歩き始める。その後方では師匠とハーマイトシュシュー。
「というわけで、しばらくトゥルヌソルから僧侶が三人不在になるわ。まあ今のトゥルヌソルなら僧侶がゼロになってもしばらくは問題なさそうだけど」
主に俺のせいですね、わかります。
あ、でもこの場合は良かったのか。
「……まさか貴女があんなふうに言うとは思わなかった」
「そう?」
いつになく低いハーマイトシュシューの声に、セルリーはあっさりと答える。
「子どもは親の枷ではないわ」
「……そうだね」
ハーマイトシュシューはそれだけを答えると速足で俺たちを追い越し、一人で階下へ行ってしまった。俺たちはその事に少なからず驚いたが、彼の背中が完全に見えなくなってから師匠が言った。
「ララ。しばらくハーマイトシュシューの事を気を付けてあげて」
「え……」
師匠はそれ以上は言わなかった。
ララは目を瞬かせていたけれど、彼女もまたそれ以上は何も言わなかった。
迷子騒ぎでバタバタした1000年目の『界渡りの祝日』も終わった10月の10日、月の日。
俺、クルト、バルドル、エニス、ウーガ、ドーガのバルドルパーティ6名。
グランツェ、モーガン、ディゼル、オクティバ、ヒユナのグランツェパーティ5名。
そしてグランツェの娘エレインと、彼女の護衛を任された師匠。
計13名のグループに、王都フロレゾンから派遣されて来たリシーゾン国の外交官、文官、それから護衛の騎士などが加わり、30人近い団体となってトゥルヌソルから港町ローザルゴーザへ出発した。
長い旅の始まりである。
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