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第4章 ダンジョン攻略
106.迷子
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今年の『界渡りの祝日』は10月の5日、6日、7日に行われ、例年通りに初日は『洗礼の儀』が。
二日目に『成人の儀』が。
そして最終日には『雌雄別の儀』が行われるほか、1000年の記念すべき年ということで今年の市場には「あぁこんなの日本にもあったよ」って言うような記念品の数々が並んでいた。
そんな、祝日の二日目。
「世界が変わっても一緒だね」
ふふっと小さく笑いながら、市場を歩く。
今日はエニスと一緒だ。
クルトは体調が思わしくなく、バルドルは付き添い。
ウーガとドーガが二人でお祭りに。出掛ける際にバルドルに向かって「3時間は帰って来ないようにするよ~」って言って蹴っ飛ばされていた。
とりあえず俺達も3時間は戻らない事に決めたけど。
「バルドルさんがクルトさんを好きなの、みんな知ってたんですか?」
「そりゃあ気付くさ。あれだけジェイの野郎がどうのこうのって憤慨していればな」
当時を思い出したようにエニスは笑う。
「イヌ科はこの人だって決めた相手に死ぬまで一途だって言うけど、本当にそれ。夜の店に誘っても乗って来なくなったし、ちゃんと息抜きしてるのかって心配していたよ」
「ほー……」
「最近は機嫌が良いから進展あったんだろうなとは思っていた。俺としては相手の事情は二の次だし、バルドルが幸せならいいと思ってる」
特に他意を感じさせない淡々とした物言いだったけど、相手の事情って発情のことかなと思ったら少しだけ嫌な感情が生まれる。ダンジョン内で遭遇した長髪のヤラシイ笑みまで思い出されてイライラする。
「……それって、そんなダメなことですか?」
「え?」
エニスは目を瞬かせた後で気まずそうな顔になる。
「すまん、そういう意味じゃなかったんだが……言い方が悪かったな。クルトは俺にとっても大事な仲間だよ。それの有無に関わらずバルドルのパートナーになってくれて有難いと思ってる」
「だったら……」
「うん。言葉通り、それは俺達には関係ない。一般的には蔑みの対象になるからバルドルのためにも俺達で守らないとね、ってこと……なんだけど」
「……すみません。俺も感傷的になり過ぎました」
謝ると、ほっとしたような吐息とともにぽふんと背中を叩かれた。
この話はおしまいってことだ。
「……エニスさんには特別な相手っていないんですか?」
「おっと、それ聞く?」
「この間の暴露大会でもエニスさんだけそういう話にならなかったから」
「あぁ」
なるほどと彼も納得する通り、バルドルとクルトの関係は暗黙の了解っぽくなってるし、ウーガの爆弾発言でドーガの事情もばらされたし、俺もあれだし。
15で成人、婚礼の儀の主役になるのも普通な世界で、エニスは27歳だ。
そういった将来を考えることもあるのではないだろうか。
「そうだなぁ……このパーティってさ、最初は俺とバルドルと、死んだ二人の4人チームだったんだ。バルドルが少し年上だが冒険者に登録した同期で、4人で鉄級依頼受けて、失敗して一からやり直したりさ」
その後、ウーガとドーガが冒険者に登録出来る12歳から加わって、ドーガが銅級になったのを機にトゥルヌソルに拠点を移したんだそうだ。
「皆さんプラーントゥ大陸の出身なんですか?」
「そ。イヌ科が多いだろ」
「……すみません、俺には見ただけじゃそれが判らなくて……バルドルさんには本人からイヌ科だって聞いたんですが」
「あぁそうか。ウーガ達もイヌ科。俺だけネコ科だよ」
「ネコ科なんですか?」
もう本当に耳だけじゃ判らない。
なんでこの違いが判るのかが解らない。
「ん。……だからと言うと種族を理由にしているようで情けないが、俺は気まぐれでね」
「きまぐれ」
「特定の相手は性に合わない」
「えぇ……」
思わず非難めいた声が漏れたら、エニスは面白そうに笑った。
「それにあいつらの兄貴から頼まれているんだよ、二人の事を。さっきも言ったようにイヌ科は一途だから、ドーガはともかく、ウーガは死ぬまであのままだろうし……俺みたいなのが傍にいるのが丁度いいのさ」
「エニスさん……」
声の調子はひどく軽いのに内容はあまりにも重くて、俺は反省しないわけにいかなかった。
エニスは、彼自身のやり方で仲間を守っていた。
ゆっくりと『1000年目の界渡りの祝日』に賑わう市場を見て回り、屋台でクルトとバルドルのための食事を購入して帰路につくと、クランハウスの前に見知った顔が集まっていた。
ゲンジャルの奥さんと娘さん二人、ミッシェルの旦那さん、アッシュの旦那さん、ウォーカーの奥さん、それから――。
「モーガンさん?」
ここ数年は特にお世話になっている金級パーティの冒険者モーガンが一人でそこにいることに驚きと違和感を禁じ得ない。
「どうしたんですか?」
「っ、レン! 娘が、エレインがどこにもいないんだ……!」
「ぇ……ええ⁈」
モーガンがいるだけでも驚きなのに、その内容に思わず大きな声が出る。
エレインはまだ6歳だ。
いくら獣人族だって幼い子どもであることに変わりはなく、こんな世界各国から観光客が集まっている日に一人きりでどこにいるかも判らないなんて、有り得ない。
マーヘ大陸は2年前の一件でプラーントゥ大陸に一切の立ち入りを禁じられたとはいえ、ダンジョンで遭遇したインセクツ大陸のパーティみたいに危ない奴は幾らでもいるだろう。
「一体いつからですか?」
「昼過ぎだ。家にいるとばかり思っていて……すまないが探すのを手伝ってくれないか」
「もちろんです、エニスさんこれ――」
「バルドルに渡したら俺も捜索に加わるよ」
「お願いします」
早口に言い合い、エニスが屋内に。
「モーガンさん、あと探していないのはどの辺りですか?」
「市場にはグランたちが、広場の方には両親が行ってくれた」
「教会で成人の儀が行われている日ですから人混みに流されて森に向かってる可能性もありますね」
「俺たちはもう一度この辺りの住宅街を探して回る」
「申し訳ない、頼みます」
誰もが早口に捲し立てながら行動に移る。
俺も森の方に行こうとしたけど、そんな俺の腕を掴んで止めたのはウォーカーの奥さん。
「レンは一人になるなと言われているでしょ!」
「でも」
「でもじゃない。エニスを待ちなさい」
「っ……」
気が逸る。
モーガンは先に行くと言って森に向かって走り出す。
っていうか剣と魔法の世界なのに人探しの方法って何かないの⁈
捜索隊だって連絡を取り合えるようにしなきゃ効率が悪過ぎる。しかし悲しいかなスマホや携帯なんてものはないし、トランシーバーみたいな魔導具も見たことがない。
誰も言わないんだから魔法だって存在しないんだろう。
「っ……何か……何か、見つける方法……っ」
俺に出来ることは?
スキルは「言語理解」「天啓」「幸運Ex.」「通販」。
いま「通販」と「言語理解」は意味がないだろうから、活用するなら「天啓」と「幸運Ex.」だけど「天啓」は注意すべき対象に遭遇した場合に問答無用で警告すると言われている。
前回は神様のお告げがあったが、あれは特例だと思うべきだし、……「幸運Ex.」……棒でも倒してみるか?
「どっかに棒……、檜の棒?」
ひのき。
火の樹、陽の樹、……霊の樹?
「霊は万物に宿る精気……不思議な働きを……」
防具はともかく、万が一の攻撃手段をと言われて腰に装備している檜の棒を手にし、真っ直ぐに地面に立てた。すぐ傍でウォーカーの奥さんたちが心配そうに見ているけど、いまはこちらに集中だって深呼吸を繰り返す。
(リーデン様。エレインちゃんを見つけるために力を貸してください……!)
目を瞑り、真摯に祈りながら手を離す。
棒は立ったまま。
支えもなく直立する棒に誰かが息を呑んだ。
と、ゆっくり傾いた先は南。
「……⁈」
カランと地面に転がる音が響くと同時にレンの脳内に浮かんだ景色は冒険者ギルドだった。
「あ……あの、冒険者ギルドです! そこにエレインちゃんがいると思いますっ」
「えっ」
「モーガンさん達を呼び戻してください! ギルドですっ、俺はエニスさんと……」
言っていたら駆け足でクランハウスを出て来る彼が見えた。
「俺はエニスさんと先に冒険者ギルドに向かいます!」
二日目に『成人の儀』が。
そして最終日には『雌雄別の儀』が行われるほか、1000年の記念すべき年ということで今年の市場には「あぁこんなの日本にもあったよ」って言うような記念品の数々が並んでいた。
そんな、祝日の二日目。
「世界が変わっても一緒だね」
ふふっと小さく笑いながら、市場を歩く。
今日はエニスと一緒だ。
クルトは体調が思わしくなく、バルドルは付き添い。
ウーガとドーガが二人でお祭りに。出掛ける際にバルドルに向かって「3時間は帰って来ないようにするよ~」って言って蹴っ飛ばされていた。
とりあえず俺達も3時間は戻らない事に決めたけど。
「バルドルさんがクルトさんを好きなの、みんな知ってたんですか?」
「そりゃあ気付くさ。あれだけジェイの野郎がどうのこうのって憤慨していればな」
当時を思い出したようにエニスは笑う。
「イヌ科はこの人だって決めた相手に死ぬまで一途だって言うけど、本当にそれ。夜の店に誘っても乗って来なくなったし、ちゃんと息抜きしてるのかって心配していたよ」
「ほー……」
「最近は機嫌が良いから進展あったんだろうなとは思っていた。俺としては相手の事情は二の次だし、バルドルが幸せならいいと思ってる」
特に他意を感じさせない淡々とした物言いだったけど、相手の事情って発情のことかなと思ったら少しだけ嫌な感情が生まれる。ダンジョン内で遭遇した長髪のヤラシイ笑みまで思い出されてイライラする。
「……それって、そんなダメなことですか?」
「え?」
エニスは目を瞬かせた後で気まずそうな顔になる。
「すまん、そういう意味じゃなかったんだが……言い方が悪かったな。クルトは俺にとっても大事な仲間だよ。それの有無に関わらずバルドルのパートナーになってくれて有難いと思ってる」
「だったら……」
「うん。言葉通り、それは俺達には関係ない。一般的には蔑みの対象になるからバルドルのためにも俺達で守らないとね、ってこと……なんだけど」
「……すみません。俺も感傷的になり過ぎました」
謝ると、ほっとしたような吐息とともにぽふんと背中を叩かれた。
この話はおしまいってことだ。
「……エニスさんには特別な相手っていないんですか?」
「おっと、それ聞く?」
「この間の暴露大会でもエニスさんだけそういう話にならなかったから」
「あぁ」
なるほどと彼も納得する通り、バルドルとクルトの関係は暗黙の了解っぽくなってるし、ウーガの爆弾発言でドーガの事情もばらされたし、俺もあれだし。
15で成人、婚礼の儀の主役になるのも普通な世界で、エニスは27歳だ。
そういった将来を考えることもあるのではないだろうか。
「そうだなぁ……このパーティってさ、最初は俺とバルドルと、死んだ二人の4人チームだったんだ。バルドルが少し年上だが冒険者に登録した同期で、4人で鉄級依頼受けて、失敗して一からやり直したりさ」
その後、ウーガとドーガが冒険者に登録出来る12歳から加わって、ドーガが銅級になったのを機にトゥルヌソルに拠点を移したんだそうだ。
「皆さんプラーントゥ大陸の出身なんですか?」
「そ。イヌ科が多いだろ」
「……すみません、俺には見ただけじゃそれが判らなくて……バルドルさんには本人からイヌ科だって聞いたんですが」
「あぁそうか。ウーガ達もイヌ科。俺だけネコ科だよ」
「ネコ科なんですか?」
もう本当に耳だけじゃ判らない。
なんでこの違いが判るのかが解らない。
「ん。……だからと言うと種族を理由にしているようで情けないが、俺は気まぐれでね」
「きまぐれ」
「特定の相手は性に合わない」
「えぇ……」
思わず非難めいた声が漏れたら、エニスは面白そうに笑った。
「それにあいつらの兄貴から頼まれているんだよ、二人の事を。さっきも言ったようにイヌ科は一途だから、ドーガはともかく、ウーガは死ぬまであのままだろうし……俺みたいなのが傍にいるのが丁度いいのさ」
「エニスさん……」
声の調子はひどく軽いのに内容はあまりにも重くて、俺は反省しないわけにいかなかった。
エニスは、彼自身のやり方で仲間を守っていた。
ゆっくりと『1000年目の界渡りの祝日』に賑わう市場を見て回り、屋台でクルトとバルドルのための食事を購入して帰路につくと、クランハウスの前に見知った顔が集まっていた。
ゲンジャルの奥さんと娘さん二人、ミッシェルの旦那さん、アッシュの旦那さん、ウォーカーの奥さん、それから――。
「モーガンさん?」
ここ数年は特にお世話になっている金級パーティの冒険者モーガンが一人でそこにいることに驚きと違和感を禁じ得ない。
「どうしたんですか?」
「っ、レン! 娘が、エレインがどこにもいないんだ……!」
「ぇ……ええ⁈」
モーガンがいるだけでも驚きなのに、その内容に思わず大きな声が出る。
エレインはまだ6歳だ。
いくら獣人族だって幼い子どもであることに変わりはなく、こんな世界各国から観光客が集まっている日に一人きりでどこにいるかも判らないなんて、有り得ない。
マーヘ大陸は2年前の一件でプラーントゥ大陸に一切の立ち入りを禁じられたとはいえ、ダンジョンで遭遇したインセクツ大陸のパーティみたいに危ない奴は幾らでもいるだろう。
「一体いつからですか?」
「昼過ぎだ。家にいるとばかり思っていて……すまないが探すのを手伝ってくれないか」
「もちろんです、エニスさんこれ――」
「バルドルに渡したら俺も捜索に加わるよ」
「お願いします」
早口に言い合い、エニスが屋内に。
「モーガンさん、あと探していないのはどの辺りですか?」
「市場にはグランたちが、広場の方には両親が行ってくれた」
「教会で成人の儀が行われている日ですから人混みに流されて森に向かってる可能性もありますね」
「俺たちはもう一度この辺りの住宅街を探して回る」
「申し訳ない、頼みます」
誰もが早口に捲し立てながら行動に移る。
俺も森の方に行こうとしたけど、そんな俺の腕を掴んで止めたのはウォーカーの奥さん。
「レンは一人になるなと言われているでしょ!」
「でも」
「でもじゃない。エニスを待ちなさい」
「っ……」
気が逸る。
モーガンは先に行くと言って森に向かって走り出す。
っていうか剣と魔法の世界なのに人探しの方法って何かないの⁈
捜索隊だって連絡を取り合えるようにしなきゃ効率が悪過ぎる。しかし悲しいかなスマホや携帯なんてものはないし、トランシーバーみたいな魔導具も見たことがない。
誰も言わないんだから魔法だって存在しないんだろう。
「っ……何か……何か、見つける方法……っ」
俺に出来ることは?
スキルは「言語理解」「天啓」「幸運Ex.」「通販」。
いま「通販」と「言語理解」は意味がないだろうから、活用するなら「天啓」と「幸運Ex.」だけど「天啓」は注意すべき対象に遭遇した場合に問答無用で警告すると言われている。
前回は神様のお告げがあったが、あれは特例だと思うべきだし、……「幸運Ex.」……棒でも倒してみるか?
「どっかに棒……、檜の棒?」
ひのき。
火の樹、陽の樹、……霊の樹?
「霊は万物に宿る精気……不思議な働きを……」
防具はともかく、万が一の攻撃手段をと言われて腰に装備している檜の棒を手にし、真っ直ぐに地面に立てた。すぐ傍でウォーカーの奥さんたちが心配そうに見ているけど、いまはこちらに集中だって深呼吸を繰り返す。
(リーデン様。エレインちゃんを見つけるために力を貸してください……!)
目を瞑り、真摯に祈りながら手を離す。
棒は立ったまま。
支えもなく直立する棒に誰かが息を呑んだ。
と、ゆっくり傾いた先は南。
「……⁈」
カランと地面に転がる音が響くと同時にレンの脳内に浮かんだ景色は冒険者ギルドだった。
「あ……あの、冒険者ギルドです! そこにエレインちゃんがいると思いますっ」
「えっ」
「モーガンさん達を呼び戻してください! ギルドですっ、俺はエニスさんと……」
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