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第4章 ダンジョン攻略

104.『ソワサン・ディヌズフ』(2)

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「インセクツ大陸は貴族至上主義なんだよ」

 クルトがそんな話をしてくれたのは、バルドルの知人パーティが困った銀級冒険者がこのダンジョンに来ているという情報をくれた日の野営の時だった。
 同じ野営地に他のパーティの姿は皆無。
 いつかみたいに二人でカフェオレを飲みながら最初の見張りについていた。

「プラーントゥ大陸は貴族と平民の差なんて国政に参加しているか否かくらいで、……本音は別にしても、建前としては「平等」だから、貴族が平民を殴れば相応の罰が下るし、その貴族の身分証紋には暴行罪が記載される。犯罪歴が付けば、それだけで移動の度に「こいつはそういう問題を起こしかねない」って目で見られるんだから、プラーントゥ大陸に住んでいる人なら気を付けようってなる」

 でも、他所の大陸の人間は違うとクルトは教えてくれる。

「例えばプラーントゥ大陸で平民を殴って犯罪歴がついた貴族がいたとして、その貴族がインセクツ大陸に行ったら、犯罪歴があったとしても「お気の毒ですね」って言われる」
「えっ」
「貴族が平民を殴ったくらいで罪になるなんて、世の中には不可解な法律がありますね、って」
「ええ⁈」

 俺の語彙力……って情けなくなるけど、でも驚くしかない。

「殴る、蹴る、持ち物を奪う……果ては強姦や、殺人だって、貴族が平民にする分には全部「あたりまえ」なんだよ、インセクツ大陸ではね」

 嘘だろって思うけど、そこで改めて日本が平和過ぎたんだって認識しなければならない事に気付く。
 そして、プラーントゥ大陸もまた世界の中では平和過ぎるのだ。

「ここはプラーントゥ大陸だから、もし問題のパーティに遭遇して、何かしらの犯罪行為に巻き込まれればプラーントゥ大陸の法律が彼らを裁く。僧侶はプラーントゥ大陸の法律に基づいて主神様の加護が発動して守られる。レンくん個人に至っては、それこそ主神様の守護の術式が発動するから世界中どこにいても身の安全は守られると思うけど、ここがインセクツ大陸で、万が一にも貴族を吹っ飛ばしたりすると、かなり面倒なことになると思う」
「うわぁ……」

 そういう理由で、プラーントゥ大陸と、水の都と名高く水人族ウェーヴェが多く住んでいるオセアン大陸、俺個人として最も行ってみたい和の国キクノ大陸は、安全。
 ネコ科シャが支配するギァリッグ大陸は、ちょっと特殊で、条件付きではあるけど、まぁ安全。
 爬虫類系の、祖先に近い姿を保っている獣人族ビーストが多いグロット大陸もあちらの法律を守る旅客には安全が保障されているらしい。

「マーヘ大陸に関しては全員が口を揃えて「ダメだ」って言うから、そもそも行くこともないだろうけど、……インセクツ大陸に行く時は本当に注意しないとダメだよ。グランツェパーティが同行してくれるから滅多なことはないと思うけど」
「グランツェさん達がいると、なにか違うんですか?」
「金級以上の冒険者は、それこそ世界中すべての大陸で、出自が平民でも貴族と同じ権利が保障されるからね」

 へぇ! と思わず大きな声を上げてしまうが、そう聞くとレイナルドが自分達にも「金級冒険者になってもらう」と命じて来た意図が察せられた。
 冒険者全体の2割に満たず、金級オーァルダンジョンに入場出来て莫大な金に代わる素材を入手可能な存在、それが金級冒険者なのだ。

「……ところで、クルトさんは大丈夫なんですか?」
「え?」
「インセクツ大陸の話をしている時のクルトさんは緊張して見えます」
「あー……うん、緊張じゃないけど……インセクツ大陸の根性が腐った貴族家の三男っていう嫌な知り合いがいるんだ。アレは間違っても金級冒険者になれるような器じゃないし別人だって判ってるんだけど……」

 自ら体を抱き込むような恰好をするクルトに、レンはふと思い出す。

「……それって、前に話してくれた発情と関係あったりします?」
「っ」

 ビクッと上下する細い肩に大体を察し、それと同時にクルトにこんな表情をさせるインセクツ大陸の貴族への怒りが腹の底から沸々と湧いて来る。

「クルトさん。実は主神様が性欲を抑える薬のレシピを教えてくれることになっていて」
「……なん……、え?」
「でも、クルトさんが必要ならって条件付きなんです。……必要ならすぐにでも作ろうと思ってるんですが、……どうしますか?」

 聞いたら、クルトさんは魂が抜け落ちたみたいな、とても変な顔をして見せた。
 それから困ったように眉を寄せ。

「そう、だね……ちょっと相談してから……」
「相談?」
「うん、バルに……」
「……バルドルさんに?」
「……あ」


 ――……なんて、ドジを踏んだと言って顔を真っ赤にしながら頭を抱えるクルトさんが可愛いなぁとほっこりしたのに!
 どうか遭遇しませんようにって祈ったのに!!
 リーデン様⁈


 

 銅級キュイヴルァダンジョン『ソワサン・ディヌズフ』攻略を開始してから27日目の、第37階層。
 前方に8人組のパーティがいると気付いた時から嫌な予感はしていたのだ。
 話を聞いたのは17日目の朝の24階層だった。
 あれから10日。
 転移陣があるのが8、16、24、32、そして最後の40階層。
 去年は途中で帰郷したという彼らが何処からスタートするかと言ったら、知人パーティの情報を信じれば俺達より前に第24階層から、もしくは32階層からの出発になる。
 ここまで遭遇しなかったことから後者だと当たりをつけていたものの、……10日も経ってるんだからさっさと踏破してろよっていうのが俺たちの本音だった。

(そんな速度で踏破を目指している俺たちが異常なんだけど)

 判っていても溜息を吐かずにはいられない。

「迂回して接触しないという選択は……」
「ダンジョンだからなぁ」

 道を外れれば迷うだけ。
 残り3日で残り3階層。
 此処で時間をロスするのはあまりにも悔しい。

「野営地をずらせればまだマシか」
「この先と言ったら……あ、俺たちは別に水辺じゃなくてもいいんだし問題ないか。連中は次の野営地でほぼ決まりだろうし、二つ先まで進もう」

 踏破済みの5人がこの先を思い出しながら相談し合う間、俺は前方の8人を観察していた。
 だって動きが妙なんだ。
 やけに薄着で肌の露出が多い女性……たぶん女性だと思うんだけど、その二人を庇うように立っている黒装束の忍者みたいな恰好の人。
 黒装束の忍者さんがもう一人いて、その人は少し離れた場所で武器を構えていた。
 で、熊型の魔物に大剣振り回して遊んでるんじゃないかってくらいふざけた声を発しているのが4人。この人達が全員とても派手な格好をしているんだ。

「ギャハハハハ! 銅級キュイヴルァの魔物なんてこの程度よなぁっ!!」
「おら、そっちだそっち」
「おぉらよっ、と!」
「爪に傷つけんなよ、はした金だがこの田舎なら酒の一杯分くらいにはなるんだからよ」

 うわぁ……絶対にお近づきになりたくない。
 いくら魔素が固形化した魔物だからって見た目は完全な動物虐待だ。例え相手が熊で、3メートル近くあったって、4人が武器を手にして小突いて笑っている姿は異常でしかない。
 と、エニスの舌打ちが聞こえる。

「あいつら、しかも人族ヒューロンだ」
「厄介の2乗……」
「4人で8倍だな」
「いますぐ帰りたくなって来た……」

 バルドル達4人がげんなりした顔をするのと、クルトが俺を自分の後ろに匿うようにして立ったのがほぼ同時。

「レンくんはなるべく隠れてて。獣人族ビーストなら判る雄の匂いも人族ヒューロンには判らない」
「え」
「それもあったか、くそっ」

 どういう意味だろうと思ったけど、いまの自分に出来ることは彼らの行動の邪魔にならないようしっかりと付いて行くことだけ。聞きたい事は後でゆっくり聞けばいいのだ。

「横を通り過ぎる時に無視するわけにはいかないが、おまえ達は一切喋るな。相手は俺がする。絶対に目を合わすなよ」
「了解」

 少し緊張した空気が周りを支配する中、俺たちは普通を装って彼らに近付いていく。熊型の魔物は完全に斃され、黒装束の二人が解体中。
 4人の人族ヒューロンは下品な物言いで馬鹿笑い。
 チラと見てみると、薄着の二人の足首には鎖が繋がれているし、耳が羽毛みたいだ。

森人族エルフ……?)

 唯一の森人族エルフの知り合いであるハーマイトシュシューを思い出す。
 白い肌に、綺麗な面立ち……この二人は、無表情。

「っ……」

 ざわりと心臓が騒ぐ。
 ひどく不快な感覚。
 獄鬼ヘルネルのそれとは違うけど、自分とは相容れない思考を視覚化されたような――。

「レン」
「っ」
「落ち着け、魔力がざわついてる」
「……すみません」

 バルドルに注意されて目線を下げた。
 でも……。

「!」

 不意に耳元で鳴り響いた警告音。
 自分達が歩いている事で、彼らがスキル「天啓」の領域に入ったんだろう。何事かと思わず顔を上げてみたら、エニスが人族ヒューロンだと言った男4人全員に黄色い警告が表示されていた。

(黄色……、マーヘ大陸の人たちのときは赤かったのに……)

 もしかして星の数以外にも警告パネルの色で程度が変わるのかもしれない。黄色は赤よりはマシな危険だと思うけど、危険なことに変わりはない。
 クルトの陰に隠れながらそれらをタップする。名前と、インセクツ大陸の貴族家の次男だという身元、それから、犯罪歴は無いことになっているがプラーントゥ大陸の民であればとうに死刑台行の悪人とあって、数日前にクルトから聞いた話を思い出す。
 近付きたくない。
 早く遠ざかりたい。
 その一心で歩き続けているとバルドルの声が聞こえて来る。

「トゥルヌソルのバルドルだ。あんたらは」

 ダンジョンを攻略する冒険者同士、万が一に申告した日数を越えても戻らずに捜索隊が出される場合には同時期にダンジョン内にいた冒険者から情報を収集することになる。そのため、中で余所のパーティに遭遇したときには必ず声を掛け合わなければならないのだ。
 それは世界共通のルール。
 とはいえ、どこの誰かさえ伝え合えばいいのであって、余計なお喋りは必要ない。
 本来ならそれで遣り取りは終わるはずだった、……相手が名乗りさえすれば。

「あぁ?」
「なんだてめぇら」

 なんだじゃないだろ、ダンジョンのルール!
 思わず内心で声を張り上げたら、どうやら警告文は出ていてもまだ話の出来る人はいたみたいで、睨みつけて来る二人を制して前に出て来た男がいた。
 4人とも派手な見た目をしているが、その人は灰色の長髪を一つに結わえた長身痩躯で派手さの中に知性も感じさせる。
 ただし、4人の中で注意すべき星の数が一番多いのもこの人だった。

「連れが失礼。アベイラのダニーだ」
「了解。幸運をシャオンシァ
幸運をシャオンシァ

 ダンジョンですれ違った相手への決まり文句。
 それで終わるはずだった、のに。

「っ⁈」

 腕を引っ張られたのはクルトだ。

「おまえ、見覚えがあるな……リス科エキュルイユ……あぁ、もしかしてハイラムのところにいた淫獣リュグズュールか? こんな場所で再会とは奇遇だな」

 クルトが目を見開き表情を失くした瞬間。

「どうだ、今晩――」
「その手を放せ」

 地を這うようなバルドルの声を聞いて、思わず。

(やっちゃえバルドルさん……!!)

 本当に思わず。
 意図せず。
 本気で応援してしまっただけで。

「⁈」
「なっ……がはっ」
「ごふっ」

 いや、ほんと。
 応援しただけなんですけど、バルドルさんの睨みでダニーと名乗った男が吹っ飛んで、ガンを飛ばしていた二人を巻き込んでさらに吹っ飛び、三人揃って気絶してしまった。
 一同呆然の中、スキル「天啓」からメッセージが。

『正当防衛につき問題なぁしです♪』

 語尾の伸びる特徴的な喋り方。
 ……天啓。
 なるほど。
 確かに神様ローズベリーからのお告げで間違いなかった。
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