上 下
78 / 335
第3章 変わるもの 変わらないもの

75.あと少し

しおりを挟む
 トゥルヌソルから港町ローザルゴーザへの道中は、本当なら景色を楽しみながらゆったりと歩いて進むのが良いんだろうな、って思う。
 歩いて半日、馬車で約6時間。
 その馬車だって護衛は歩くのに必要な時間の差が出るのが不思議だったんだけど、何の不安もない状態で歩いていたら、きっと何度も足を止めて景色に見入ったはず。
 最初に止まったあの場所からしばらく進んだところで左手側に広がったのは地平線が見えるんじゃないかってくらいどこまでも続くコスモスの花畑だった。
 自生しているらしく色はバラバラだったが、それがいっそう自然の雄大さを語り掛けてくるようで、こんなときでなければ俺も足を止めて魅入っていたに違いない。
 そんな景色を30分ほど通り過ぎると両側に背が高くて笠の大きな樹が点在し始め、その先には森が広がっていた。
 この森が、秋も深まる今時期が一番の見頃。
 つまり見事な紅葉だった。
 余裕さえあればやっぱり立ち止まって、秋という短い季節にしか楽しめない風景を満喫したかった。
 その森を抜けてまたしばらく進むと、遠くに海が見えて来る。
 その海が右手側に移動するように道が曲がると馬車を停めて馬を休ませるに適した平地が広がった。
 此処が当初は最初に休憩する予定だった場所で、その予定通りに車体を端に寄せて馬を放し、左手側の草原を少し歩いていくと流水の音が聞こえて来る。
 川だ。
 近くの樹に馬の綱を結んで水を飲ませている間に食事の準備。
 護衛の冒険者達はもちろん、護衛対象の人々も荷台から下りて思い思いに体を伸ばす。

「セルリー、結界の維持はこの後も大丈夫か?」
「あと半分くらいよね?」
「ああ」
「んー……他の三人にも聞いてみて、だけど。微妙なとこかもね」
「そうか……」

 神妙な顔で言い合う二人の声を遠くに聞きながら、俺たちも水筒の水を補充したり、結界維持で魔力を常に消費している僧侶たちは魔力の回復効果があるポーションや、木の実を食べる。
 俺ももちろん真似する。
 疲れている風を装うのも作戦の内だからね。
 それにしても凄いなぁと思うのは、いま自分が履いている靴だ。此処まで3時間近く歩いているのに疲れをほとんど感じていないどころか、まるで素足で歩いているみたいに軽い。子どもの短い脚で、大人たちに付いて行くには足を倍は動かさなければならないのに、一歩踏み出す度に「ふわん」と弾む感覚があって一歩が大きくなる。
 とても楽だ。

(リーデン様のおかげですね、ありがとうございます)

 神様がどこにいるかは判らないけれど、何となく頭上に広がる真っ青な秋晴れの空に向かって感謝した。




 さて、護衛の冒険者達も交代で手早く昼食を取り終えてから、一行は再び港町ローザルゴーザに向けて出発した。荷台の上の子ども達は動き出した馬車の上で携帯食を食べている。
 人数が揃っているのを何度も確認してしまうのは不安の表われかな。
 結界がしっかりと機能しているのは感覚で判る。
 でも慣れないそれより目で見える安心が欲しい。

「レンくん、大丈夫?」
「はい……」

 クルトに声を掛けられて、弱々しく応じる。
 その後でお互いにちょっと笑ってしまったけど。
 一番後ろではヒユナとグランツェたち、手前ではオセアン大陸の僧侶が仲間達と同じようなことをしていると思う。
 そしてセルリーはレイナルドたちと。
 敵の油断を誘え。
 俺たちを取るに足らない相手だと思い込ませろ。
 マーヘ大陸の連中の様子を見るに相当強い味方がいるはずだと断言したのはレイナルドだった。獄鬼ヘルネルの気配が「濃い」と嫌な顔をしたのはセルリーだ。
 僧侶は獄鬼ヘルネルに強い。
 でも僧侶が力尽きてしまっていたら……?
 こちらの戦力を勘違いさせて誘き出す、それがこの作戦の肝。

「波の音がして来ましたね」
「うん、かなり海岸沿いに近付いて来た証拠だ」

 道の両側にはまだ緑が目立つけど、右手側の木々の向こうは海岸だ。
 たまに木々の連なりが途切れると急勾配の坂や大きな岩が見えたりする。
 あと30分も歩けば港町ローザルゴーザに到着する。

(そろそろかな)

 出来ればローザルゴーザに影響しない距離を確保して戦闘態勢に入りたいし、万が一にも港町、もしくはトゥルヌソルから後続の旅人でもいようものなら巻き込まないためにも早々に決着させてしまいたい。

「レン」

 呼んだのはバルドル。
 視線は前方に向けたまま何かの合図のような声に前方を注視すればゲンジャルの背中で手が動いている。

「始めるよ」

 それを解読したクルトは、同じように自分の背に手を回して後続の冒険者達に伝える。
 オセアン大陸の冒険者もそれで理解出来るってことは、きっと冒険者なら覚えていて当たり前の合図だったりするんだろうな。
 絶対に今後覚えていこうと決意する。
 しばらくして、後方に下がっていたバルドルパーティの一人エニスがバルドルに耳打ちする。
 二人がにやりと笑った。

「後方、準備完了だ」
「了解」

 応じたクルトが俺を目を合わせ、軽く頷き合う。

「期待してるよ、レンくんの演技」
「頑張ります」

 小声で言い合った後はバルドル達とも目を合わせる。
 それから荷台に乗っている3家族と、御者。

「……始めます」

 広がる緊張感。
 俺の最初に役目は、足をもつれさせて転ぶことだ。




 獄鬼ヘルネルを呼び込むのに必要な条件は僧侶の無力化。
 そして他の皆には明かせていないけど、垂れ流しになっているらしい俺の神力を消す事だ。正直これに関してはどうしたら良いのかまるで判らなかったが、セルリーさんは「強い」って感じ取っていたみたいなので、ちょっとした実験をした。
 といっても至極簡単な話で「一瞬だけ誰も神力を感じなくなりますように」とだけだ。
 結果は一瞬にして掻き消えた神力がまたすぐにぶわっと盛り上がってしまい彼女を驚かせてしまったが、効果がある事が判れば充分だった。
 だから俺は、願う。

獄鬼ヘルネルがマーヘ大陸の人たちに接触するまでは誰も神力を感じなくなりますように――)

「あ……」

 声を出したのは誰だっただろう。
 俺たちを包み込んでいたドーム型の結界がゆっくりと消えていく。
 それに合わせて俺は足を縺れさせたフリをして転び。

「レン!」

 バルドルのわざとらしい大声に、前方、レイナルドパーティの全員が振り返る。
 つられるようにマーヘ大陸の護衛達が一斉に此方を振り返り、彼らの視界から外れた一瞬にセルリーがを整える。

「レンは荷台に乗せておけ、ローザルゴーザまであと少しだ! セルリー、レンが抜けても……セルリー?」
「っ……」
「セルリー!」

 準備万端の彼女の口元から流れる赤い液体。

「ごめ……私も、そろそろ……」

 力尽きたように膝から崩れ落ちる彼女に、貴族の馬車の手綱を握っていた御者が慌てて馬を止めた。前が止まれば後ろも次々と止まり、また後方の僧侶たちも続けざまに力尽きたことが喧騒で伝わって来る。
 それと同時。

「……!!」

 ぞわりとした。
 足元から脳天へ駆けあがっていく悪寒。
 気持ち悪さ。

(来た……!!)

 僧侶四人は一斉に気付く、前から二台目の豪華な馬車。
 そこに、いる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~

葉山 登木
BL
『明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~』 書籍化することが決定致しました! アース・スター ルナ様より、今秋2024年10月1日(火)に発売予定です。 Webで更新している内容に手を加え、書き下ろしにユイトの母親視点のお話を収録しております。 これも、作品を応援してくれている皆様のおかげです。 更新頻度はまた下がっていて申し訳ないのですが、ユイトたちの物語を書き切るまでお付き合い頂ければ幸いです。 これからもどうぞ、よろしくお願い致します。  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 祖母と母が亡くなり、別居中の父に引き取られた幼い三兄弟。 暴力に怯えながら暮らす毎日に疲れ果てた頃、アパートが土砂に飲み込まれ…。 目を覚ませばそこは日本ではなく剣や魔法が溢れる異世界で…!? 強面だけど優しい冒険者のトーマスに引き取られ、三兄弟は村の人や冒険者たちに見守られながらたくさんの愛情を受け成長していきます。 主人公の長男ユイト(14)に、しっかりしてきた次男ハルト(5)と甘えん坊の三男ユウマ(3)の、のんびり・ほのぼのな日常を紡いでいけるお話を考えています。 ※ボーイズラブ・ガールズラブ要素を含める展開は98話からです。 苦手な方はご注意ください。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

魔王なんですか?とりあえずお外に出たいんですけど!

ミクリ21
BL
気がつけば、知らない部屋にいた。 生活に不便はない知らない部屋で、自称魔王に監禁されています。 魔王が主人公を監禁する理由………それは、魔王の一目惚れが原因だった!

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

処理中です...