上 下
71 / 335
第3章 変わるもの 変わらないもの

68.ステータス更新

しおりを挟む
 目が覚めたら視界一杯に映ったのは健康的な色の肌。
 は、と思わず息が漏れて、目線を上げれば顎が。
 顎。

「ひぃぁっ⁈」

 驚いて手を突っ張るけど距離が広がらない。
 逞しい腕に抱き締められているんだって自覚するより早く更に抱き込まれて顎が頭の上に――。

「ちょっ、なっ、り、リーデン様⁈」
「ん……」
「離してください何なんですかいつ帰って来たんですか!!」
「……レンの匂い……」
「起きろー!」

 すりすり、って。
 頭に顔。

「――……っ、朝ですリーデン様! 今すぐ起きてください!!」
「……朝?」
「そうです朝です起きる時間です今すぐに!!」
「……まだ少し早い」
「俺はいますぐに起きたいんです!! 今日から護衛依頼でトゥルヌソルを出るんですっ、準備したいんです!」
「……なに?」

 頑として腕を解こうとしなかったリーデンだが、そこで初めて声に力が戻る。

「今日から依頼だと?」
「そうですっ、レイナルドさん達と港町ローザルゴーザまで、トゥルヌソルに観光に来ていた海外の人たちを送って来るんですっ、護衛するんです!」
「ローザルゴーザといえばマーヘ大陸に一番近い港町ではないか」
「え。あ、そう、ですね?」

 確かにそんなことをパーティメンバーが言っていた。

「さすが主神様。よくご存じですねっ」

 判ったなら今すぐに放して欲しいという気持ちを込めて必死に腕を突っ張るが全く意味をなさない。

「まさかとは思うがマーヘ大陸の者まで護衛対象ではないだろうな」
「ばっちり護衛対象ですけどっ?」
「……ほぅ?」

 なんか気温が下がったかもしれない。
 リーデンが怒っている……?

「その護衛依頼は、あのイヌ科シアンの男が選んだのか」
「レイナルドさんの事なら、はい」
「ほほぅ……?」

 あ、ごめんなさいレイナルドさん。
 何か間違ったかもしれません。
 リーデンはベッドの上で俺を抱えたまましばらく思案していたが、ふと悪い笑みを浮かべて体を起こす。無言のリーデンから発せられる圧が恐ろしくて固まっていた俺は、これでようやく解放されるんだと信じてホッとしたのに、気付いたら押し倒されたみたいな恰好で彼の顔を見上げていた。

「あれ?」
「……鑑定スキルの改善または変更が必要だったな、レン?」
「え」
「他にも何かあるか? あるなら今の内だぞ」
「他って……あ、えっと、装備と、俺の素性をクルトさんや他のパーティメンバーに明かしてもいいかどうかをお聞きしたいと思ってて」
「素性の件は後だ。装備というのは?」
「リーデン様から頂いた装備の性能の良さは判っているんですが、銅級になって依頼を受けるのに新人丸出しの見た目だとどうかな、って」
「なるほど、理解した」

 言い、リーデンはニヤリと笑う。

「少し費用が掛かるが構わないか?」
「費用?」
「地球からこちらに来る際に換金した分から、少しだ」
「あぁ、はい。必要なことなら」
「よし。ならば少し待て」
「っ……!」

 待てと言うが早いか俺の額とリーデンの額がコツンと重なった。吐息まで触れそうな至近距離に迫った春色の瞳に硬直する。
 おでこが、熱い。
 心臓がうるさい。

「マントと靴を買ったんだな」
「へっ、はいっ?」
「ならばそれにも手を加えておく」
「??」

 何が始まり、どうなっているのかはさっぱり判らなかったのだが装備の問題を解決してくれているのだろうことは理解する。
 必死に羊の数を数えて平常心を保ちながら耐える事、しばし。

「ふむ、こんなところか」

 リーデンがそう言って額を離した。

「終わったんですか?」
「ああ。ステータスボードで確認してみるといい」

 言われて、実に半年ぶりに見ることになったステータスボードは以前の内容とほとんど同じだったが、変わっている部分も確かにある。

 ***

  名前:木ノ下 蓮(キノシタ レン)
  年齢:12(25)
  性別:男
  職業:旅の僧侶/銅級冒険者
  状態:良好
 所持金:6,297,310G
 スキル:言語理解/天啓/幸運Ex./通販
 所持品:神具『懐中時計』
     神具『住居兼用移動車両』Ex.
 装備品:プレリラソワのマント(魔導具)
     僧侶の籠手
     檜の棒
     アンブルエカイユの胸当て
     ポゥの羽靴(魔導具)
  加護:主神リーデンの加護
     異世界の主神カグヤの加護
     異世界の主神ヤーオターオの加護
     下級神ユーイチの加護

 ***

 パッと目を引いたのは職業欄に冒険者の文字が加わったこと。
 それからーー。

「あ……「鑑定」が「天啓」に変わってる」
「人や物の情報を見るのが性に合わないのなら、危険な場合のみ問答無用で警告を出す事にした。おまえに恙なく寿命を迎えさせるのが大神様からの指示だからこれ以上は譲れない。いいな」
「危険な場合のみ……それはむしろ、感謝しかないです。ありがとうございます」
「ん」

 リーデンが満足そうに頷く。
 あとは所持金が減っているけど、さっき少し使うと言っていたからそれでかな。
 100万円くらい減った気がする。
 装備も一新……あ、檜の棒は変わってないね。
 プレリラソワのマントと、ポゥの羽靴は魔導具店で買った時の商品札に記載されていたままだから判る。プレリラソワは人工的にも飼育されている虫が口から吐く糸で編まれた素材で、普通に市場に出回っている商品だけど術式が組み込み易い素材なので、その分割高。
 ポゥの羽も似たような感じ。
 僧侶の籠手は僧侶のグローブの進化版、かな? 身分証紋が右手の甲から右手の平に移動していている他、両手分があって、軽くて身に付けやすいのに硬い。
 胸当ては琥珀色。説明文にはダンジョンに出現する大きな魚の鱗とある。これも軽くてものすごく丈夫そうだ。

「装備に関しては全てに最初の皮の鎧や樫の盾と同等の強化を施してある。見た目はそのままだから銅級キュイヴルァ冒険者として違和感はないはずだが、白金プラティン以上の武器でも傷付けられない。この世界の者が同じだけの強化をした場合にはこれぐらい掛かるだろうという金額を引いたが、問題ないか」
「費用に関しては全然大丈夫です。むしろあれと同じくらい強化してもらって100万円くらいじゃ安過ぎるんじゃ」
「100万円?」

 リーデンが意外そうな声を出す。

「え。だって700万円以上あったのが630万円になっているので……」
「……あぁ」

 口元に手を当てて何かを考える素振りを見せた彼は、しかし「まぁいいか」と。

「心配しなくてもしっかりと引いた。問題ない」
「そう、ですか?」
「ああ」

 はっきりと言い切られてしまった。
 主神様がそう言うならいいのかな……?

「檜の棒だけはそのままだが、あれは日本の草木を植樹したキクノ大陸産だ。檜は「火の木」や「陽の木」「の木」とも言われるそうだな」
「へぇ」

 檜が建築材としてはとても優秀で、檜の風呂に憧れている日本人が多かったり、某人気RPGの初期装備素材だってことくらいは知っているが、そんな雑学は初耳だ。
 リーデンはこちらの世界への植樹の際に、それらの意味を持たせたんだとか。

「僧侶とは非常に相性の良い素材だ」
「そうなんですね。大事にします」
「あとはレンの素性をパーティの仲間に明かしたいだったか」
「! はいっ」
「構わんぞ」
「え」

 あまりにもあっさりと返されて、逆に戸惑う。

「いいんですかっ?」
「嘘を吐き続ける事でおまえの心が病む方が問題だ。トゥルヌソルにはレンの言葉が真実だと保証出来る者がおり、それはパーティの連中が信頼する者と同一だ」
「え、っと……でも証紋の特記事項の内容は口外禁止なんですよね?」
「レンが自身で明かすんだろう? それを信じると言葉にするのは、口外禁止を破る事にはなるまい」
「そう、ですね……?」

 そうなのかな?
 主神がそう言うなら以下略?

「まぁ、節操なく明かすと言うならさすがに止めるがな」
「そんなことはしませんよ。パーティメンバーだけです」
「おまえが信じられると判断した相手なら構わない。全員で無事に帰ってこい」
「――」

 全員で、無事に。
 その言葉に心臓が騒ぐ。

「……全員で、きっと無事に戻ります」
「ああ」

 約束。
 と同時に額に口付けられて、俺はまた情けない悲鳴を上げることになってしまった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

処理中です...