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第2章 新人冒険者の奮闘

61.まだまだ勉強不足

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 世界創造の初め、海に咲いた七輪のロテュス。
 花は一年という月日を掛けて大地になり、10月の満月の晩に祖先を光の道で導いた――それが教会を中心に配布されている聖書に書かれた創造神話の一節だ。
 また、移住してきたのが獣人族ビーストばかりでなく、少数ながら人間も一緒だった事は広く知られている。

 人間と獣人族ビーストが交わった事によって成り立った、現在の5つの種族。
 獣人族ビースト地人族ドワーフ水人族ウェーヴェ森人族エルフ、そして人族ヒューロン
 ただし、移住してきた獣人族ビーストの全てが人間を歓迎していたのかと言うと、決してそうではなかった……。


「つまりマーヘ大陸には人間のことが嫌いな獣人族ビーストが集まっている……って事ですか」

  クランハウス中央館一階の談話室。
 それぞれが馴染んだ自分の席に座って話し合う中でお客さん用のソファに座っている俺が渋い顔をすると、みんなが肩を竦めたり頷いたりする。
 中でもレイナルドの表情は俺の顔よりずっと渋面だった。

「そうだ。創世の日から一千年が経とうとしている現在、人間の血が一滴も混ざっていない者なんてほとんどいないはずなんだ。しかしマーヘ大陸には「混血ではない」と公言するヤツが集まり、そう見えなくもない外見の獣人族ビーストが確かに多い」
「外見?」
「ああ。俺たちのように耳と尻尾のある獣人が一番多く、耳と尻尾がなければ人族ヒューロンだっていうのが一般的な区別の仕方なのは街で生活していれば判るだろ?」
「それは、はい」
「ん。だがな、例えば人間の血が薄い水人族ウェーヴェは半身が魚だったり、翼を持つ森人族エルフがいたりするから、祖先の姿に近いほど人間を遠ざけて来た血脈だっていう主張は、間違ってはいないんだ」

 ロテュス移住の理由が人間からの迫害だ。
 人間を嫌悪する獣人族ビーストがいたって何の不思議もない。

「ただし先祖返りも当たり前にあるから、結局は本人と直接対話してみないと判らん」

 俺は納得して頷く。
 レイナルドの説明は続いた。

「主神様は祖先を救うためにロテュスを創造したが、かと言って移住した全種族が仲良く暮らせるわけがないこともご存知だったから。だからこそ世界は七つの大陸に隔てられたのだーってのは著名な聖書研究者の持論だな」
「あと、好き嫌いはあっても良いからケンカはするな、争うな、他人の国に手を出すなっていう意味だぞって主張する学者もいるね」

 アッシュが「後世の学者ってのはいろんなこと考えるものね」と面白そうに補足する。その様子を見る限り、特に支持しているというわけではなさそうだ。

「気になるんですけど」
「ん?」
「一緒に移住してきた人間って少数だったんですよね? 別に人間との混血じゃない人がいっぱいいてもおかしくはないんじゃ……?」
「あぁ、そりゃあアレだ。昔は僧侶っつったら人族ヒューロンだったんだよ」

 ゲンジャルが言うけど、俺の脳内にはクエスチョンマークしか浮かばない。

「僧侶が人族ヒューロンだったら混血が増えるんですか?」
「……どの国も欲しがるんだよ、僧侶は」
「そして僧侶は遺伝するんじゃないかって主張もあったのよ。昔はね」
「あ、そういう……」

 遠慮がちな物言いは子どもには聞かせ難い内容だからか。
 実際には25歳なので大丈夫だが、言えないので曖昧に頷いておく。事情を知っているレイナルドだけがこっそりと笑っていた。

「えっと、あのね! 『界渡りの祝日』が3日間あるのは、移住したい者を集めた前日、移動した当日、そして各大陸に分かれた後日を祝うっていう意味があるんだよ」

 話題を変えようと考えたのだろう。
 クルトがここぞとばかりに年上っぽい顔をして説明してくれる。そういうところが子どもっぽくてアッシュとミッシェルが微笑ましそうに見ているが、これ幸いと話題に乗ったのはゲンジャルだった。

「さて、その後日譚だ。人間を厭い、または避けるように早々に別大陸に移住した獣人が興した国は二つ。ギァリッグ大陸のフォレ国と、マーヘ大陸のカンヨン国だ」
「フォレは大丈夫だよ、あそこの王様はちゃんと話が通じるもの」

 自信満々のミッシェル曰く「フォレ国の王様は金色の鬣がすっごい綺麗な獅子王」で、国民はネコ科シャ科が多い。
 一方のカンヨン国はと言うと……。

「カンヨンの王はカエル科グルヌイユでな」
「……え?」
「見た目が気色悪いって、イヌ科シアンネコ科シャの祖先に比べても人間から酷い扱いを受けていたらしい。まぁ、確かに見た目が特徴的だし、されて来た過去を思えば人間を憎悪するのは仕方がないとも言える」

 えー……っと、ちょっと待って欲しい。

「あの、ちょっとした疑問というか、ロテュスに一緒に来た人間なら、むしろネコ科シャに対しては好意的だったんじゃ……?」
「そう聞いている。しかしネコ科シャにはそれが苦痛だったんだ」
「は?」
ネコ科シャは自由を好む奴が多いからな」
「あー……」

 なるほど、理解した。
 さすが猫だ。
 だからネコ科シャに関しては良いとして、……そうかぁ、つまりマーヘ大陸は両生類系。

(好き嫌いを言われるとどうしようもないし、そもそもの問題は見た目で差別して非人道的なことを彼らにしてきた人間なんだもんな……)

 それを一千年が経った今なお引き摺っていることに、言いたい事がないわけではないけど。

(っていうかカエルって獣? 獣の定義って全身に毛がある四足歩行の動物って勉強した覚えが……毛……毛??)

 カエルに毛ってあったかな。
 こっちのカエル科グルヌイユの獣人には髪の毛があるのか……?

(いや、それじゃ定義に当てはまらない)

 とすると天界エデンの定義、もしくはリーデンの定義が「人」か「獣」の可能性も。

(お。なんかそれっぽくない?)

 虫は普通にいるし、……でも牛や鶏っていう家畜もいる……あ、そうか獣人族ビーストに牛、豚、鶏がいないんじゃないかな!
 犬猫のペットも見ないし……でも馬車があって、引いている馬がいるのにウマ科シュヴァルがいる……んー?

「――で、だ。マーヘ大陸の何が厄介かって言ったらな。あそこは人族ヒューロンを誘拐して奴隷にしても犯罪にならないんだ」
「へぇ……え?」

 考え事をしていたせいで反応がおかしなことになったが、さすがにそれは聞き流せない。
 なにそれ。

「連中にとって人族ヒューロンは憎悪の対象だから復讐してなんぼなのさ」
「ちょ、それ、おかしくないですか? そんなのリー……主神様が許さないでしょう?」
「主神様は関係ないだろ」
「え」

 驚く俺に、レイナルドが苦笑交じりに教えてくれる。

「国の法は、そこを治める者が定める。人族ヒューロンに危険な法だからなんて理由で主神様が咎めるなら、それは贔屓だろ」
「あ……」
「もちろんトゥルヌソルの街中で攫えば犯罪だ。プラーントゥ大陸ではプラーントゥ大陸各国の法が民を守る。しかし街の外で攫って、隠していた船で逃げられでもしたら、それまで。連中の法に則れば人族ヒューロンを自国に連れ帰ると英雄扱いされるそうだ」
「うわぁ……」

 だからレイナルドは冒険者ギルドで注意喚起したんだ。
 悪いことをする奴はする。
 抜け穴はある。
 今までに何度も聞いたフレーズが脳内に響く。

「レン。おまえには主神様の加護があるから大丈夫だとは思うが、自分の見た目が余所者にどう映るかはちゃんと自覚しとけよ」
「はい」
「おまえらも、連中がトゥルヌソルにいる間は目を光らせておいてくれ。ダンジョン明けで休暇になるはずだったところを悪いとは思うが」
「なに言ってんの」
「あっちがそのつもりならこっちだって容赦しねぇよ」

 アッシュ、ゲンジャルが応える。
 お互いに遠慮せず「当然」って態度で言い合える彼らの姿に、憧れに似た感情が湧いて来る。いいね。これからは自分もそういう関係を築けていけるよう努力しなくては!
 そう胸の内で意気込んだ後だった。

「あ、帰って来たかな」

 ふと呟いたのはミッシェルで、続いた玄関扉の開閉音。

「鍵開いてた!」
「パパだ!」

 バタバタと廊下を走る足音、そして飛び込んで来る笑顔。

「「パパ!!」」

 双子のユニゾンに、瞬時に顔が緩んだゲンジャル。

「「おかえりなさいパパ!!」」
「おうっ、ただいま!」

 幼い二人が彼に抱き着いて無事の帰還を大喜び。
 その後も順番に帰宅してくる家族と再会を喜び合うパーティメンバーを見つつ、気になったことを聞いてみる。

「レイナルドさん。マーヘ大陸の獣人族ビーストは人間の血と交わるのを避けてるって言ってましたけど、さっきの執事っぽい男性は人間……えっと、人族ヒューロンみたいでしたよ?」
「ああ、あれはスキルだ」
「スキル?」
カメレオン科カミーリャンの「擬態」ってスキルだ。おまえに警戒心を抱かせず連れ去るために人族ヒューロンに見せかけたのさ。幼く見えたから洗礼前だと思ったらしい。僧侶だって言ったら顔を青くしてたぞ」

 くくっとレイナルドは笑うけど、俺からしたらぞっとする。

(タチが悪い……!)

 スキルって言葉が当たり前に出て来たのにも驚いたけど、何て言うか、異世界も地球とそんなに変わらないんだな、って。
 好き嫌いに、争い、犯罪。
 楽しいこともあれば、イヤなことだって存在するのは、たぶんそれが当たり前だからなんだろうね……。
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