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第2章 新人冒険者の奮闘

58.お祝い

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 冒険者のネームタグが、鉄からキラキラの銅に変わった。
 この世界に来て半年。
 初めて目に見える形で認めてもらえたことを実感している。

(嬉しい)

 俺にとって、この銅に加工にされたネームタグは冒険者として認められたというだけでなく、この世界で生きる一つの存在として認められた証でもあるように思うんだ。
 たくさんの人に出会った。
 いろんな仕事を手伝った。
 毎日が勉強だった。

(嬉しい……!)

 顔が緩むのを必死で堪えていたつもりだけど、お気に入りのパティスリー『白梟の幸せ』でケーキを買ったら「何かいいことがあったんですか?」って尋ねられたくらいだから、たぶん我慢出来てなかったんだろう。
 衝動……ではないけど、この嬉しいって気持ちが湧き上がる勢いに押されて、たくさんのブルーベリーが乗ったフルーツタルトをホールで購入した。牛乳と卵はリーデン様も食べれるようになったから、きっと一緒にお祝いしてくれるはず。
 あとは何を買って帰ろうか。
 お祝いなんてしたことがないから、食卓をどう彩ったら良いのかが判らないけど、ケーキは贅沢な感じがするから特別感が強いし、何より俺自身が大好きだから正解だと思う。
 そう、だ。
 好きなもので揃えたらものすごく特別になる気がする!

(でも肉や魚はリーデン様には刺激が強過ぎる)

 寿司なんて出したら一体どんな顔をするか……想像すると不謹慎だけどちょっと楽しい。
 リーデンが喜んでくれそうなメニュー。
 チーズも平気そうだったからマルゲリータピザなんてどうだろうか。
 生地は、2回目の時に今後の分もと思ってたくさん作っておいたのが時間停止機能付きの冷蔵庫に保存してある。モッツアレラとバジルはこの際スキル「通販」でお取り寄せだ。
 せっかくだからお酒も。

(25の身体のままだったら一緒に飲んでみたかったな)

 飲むと言っても、地球にいた頃は会社の飲み会なんかで周囲に付き合って飲む程度だったから全く詳しくないし、子どもに戻ってしまった現在はしばらくお預けだ。

(それでもいいんだ。だって独りじゃないんだから)

 一緒に食べてくれる人がいる。
 喜びを共有してくれる相手がいる。
 リーデンが「美味しい」って食べたり飲んだりする姿が見られるだけでも幸せな気持ちになれるのは間違いない。
 夕飯が決まって、俺は速足で家を――『猿の縄張り』を目指した。




『猿の縄張り』でいつもと同じように宿主のチロルさんに出迎えられ、今日から銅級冒険者だと伝えたら「頑張ったな」って褒められた。
 部屋に戻って神具『住居兼用移動車両』Ex.に移動するのもいつも通りだし、リーデンが不在なのも同じだ。
 今日は帰宅した時にいて欲しいと伝えたら出迎えてくれるけど、それ以外は窓辺の風鈴を鳴らしてからじゃないと部屋に現れないのだから律儀と言うか、何と言うか。
 ともあれ夕飯の準備をすべくスキル「通販」を起動し、必要なものを買い物かごに入れて、精算。
 お届け場所はキッチンと決まっており、調理台の上に次々と購入したものが現れるから、一つ一つ決まった場所に片付けたり、使うための準備をしたり。

「さて、と」

 もう良い時間だしさくさく進めよう。
 トゥルヌソルで購入し、湯剥きしたトマトは一個を細かく刻み、もう一個は潰して鍋に投入。ニンニクと塩で調味しじっくりと汁気を飛ばす。
 自家製トマトソースは時間が掛かるので、その間にモッツァレラチーズは程良い大きさに手で千切ってから、一旦冷蔵庫に。
 代わりに丸めた状態でラップに包んでおいたピザ生地を取り出してなるべく綺麗な円になるよう注意しながら伸ばす。

(時間停止機能付きだから凍らないし冷え過ぎないしで、ありがたいなぁ)

 ただし冷蔵庫にも、冷凍庫にも、冷えるようになっているスペースは存在する……というか頼んだらリーデンが作ってくれた。

(水道水で作った麦茶や氷が冷えないのは困ったからね)

 この夏のあれこれを思い出すと、つい笑ってしまう。
 最初は適温が保たれた神具『住居兼用移動車両』Ex.の中が快適だったが、トゥルヌソルの外気温との差が広がり始めると外に出るのが億劫になってしまい、これではダメだと、気温の変化が感じられるようにしてもらったら、なんとリーデンの方がバテてしまった。

(神様だからって魔法で簡単に体温調節が出来てしまうわけじゃないんだもんな……)

 あぁ顔がにやける。
 大人がぐだっている姿があんなに可愛いとは思わなかった、という話。

(顔を直さないと……)

 自分に言い聞かせながら完成したトマトソースをピザ生地に塗り、刻んだトマト、冷蔵庫に入れて置いた千切ったモッツァレラチーズ、そして購入したバジルを乗せて既に温めていたオーブンへ。
 それからサラダと、昨日の残りのポトフを温め直した。ごろっとしたベーコンはリーデン様のカップに入れないよう注意して……今日はケーキがあるからこれで充分なはず。
 準備万端を確認したタイミングで窓辺の鈴が鳴る。

「はいっ」

 反射的に答え、首から下げたネームタグを引っ張り出しながら彼がいつも現れる窓の近くに移動する。
 と。

「うぷっ」

 唐突に顔を覆った柔らかな感触。

「昇級おめでとう、レン」
「え、ありがとうございます……え?」

 これは一体何なのかと手を伸ばしてみれば、ふわふわで、だけどちょっとひんやりしている丸い……丸太?

「リーデン様、これ?」

 ようやく顔から離して確認したそれはぬいぐるみだ。
 犬の。

「シェルティ!」

 長い鼻はぬいぐるみらしく丸くて狸みたいだけど、先っぽが垂れている三角耳や、首周りの毛はマフラーを巻いているみたいにくっきりと真っ白で、他は白と茶と黒のトライカラー。
 賢そうなのに愛嬌がある瞳。
 いつか飼いたいって思っていたシェットランドシープドッグのぬいぐるみに間違いなかった。

「えっ、ほんとに? なんで?」
「昔から好きなんだろう」
「大好きです!」

 近所の、とても親切な老夫婦がいつも手を繋いで散歩していたのがシェルティで、その光景に憧れた。
 でも独り暮らしのマンションでは犬を飼えるはずもなく、たまたま社員旅行で行った先の物産展で見つけた陶器製の小っちゃな置物を部屋に飾って満足するしかなかった。それも今はなくなってしまったけど。

「かっわいい! すごいっ、かわいい!」
「祝いに何が良いか悩んでいたら、カグヤやローズが見た目が幼い今しか贈れないぬいぐるみが良いと言い出してな」

 グッジョブですカグヤ様! ローズベリー様!
 確かに見た目が子どもの今なら心行くまではぐぎゅーしても許される気がしますっ。

「普段はあまり役に立たないが今回は正解だったらしいな。喜んでもらえて良かった」

 ひどい言い様だが普段の話を聞いている限り完全には否定できないのものがある。
 とはいえ――。

「お二人にも感謝していたって伝えてくださいね!」
「ああ……それより」

 ぽふりと頭に置かれる大きな手。

「ただいま」
「! お帰りなさい、俺もただいまです」
「おかえり、レン」

 リーデンは満足そうに笑った。
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