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第2章 新人冒険者の奮闘

54.錬金術師の工房(2)

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 ロテュスに住んでいる人の祖先は獣人族ビーストで、人間との混血がいろいろと枝分かれした結果、住み易い地域によって種族を5つに分けた。街で他種族とでも気兼ねなく暮らせる獣人族ビースト人族ヒューロン、森の中に暮らすのが好きだけど絶対的な数が少ないから他種族と暮らす森人族エルフ、地下の暗い環境が好きな地人族ドワーフ、そして水辺が生き易い水人族ウェーヴェ
 つまり、地下の暗い環境が好きな地人族ドワーフのセルリーにとって、家の入口は地下への入り口だった。

「おぉ……」

 案内されながら土造りの階段を下りていく。
 壁に等間隔に掛けられているランタンのおかげで足元が怖いなんて事はなかったが、二人並ぶと土壁に肩がぶつかる狭さには慣れるまで時間が掛かりそうだ。

「それにしても久々ねー。レイナルドのパーティに入ったとは聞いていたけど、元気そうでよかった」
「セルリーさんも。どうされているのか全然知らなかったので、またお会い出来て嬉しいです」
「え。レン君ってあのレイナルドパーティに入ってるの⁈」

 アーロから驚愕の声が上がり、俺はその反応に戸惑いつつも正直に頷いた。

「そうなんですけど、レイナルドパーティって……」
「パーティの名前みたいなものよ。パーティリーダーの名前を付けるの」

 セルリーが教えてくれる。
 そう言われてみると、今までずっと「レイナルドさんパーティ」って言っていたし『青い稲妻』とか『赤き閃光』といった呼称は聞いたことがないから、あえてチーム名を付けるという文化は無さそうだ。

「……やっぱりレイナルドさんって有名人なんですね」

 口を開けたまま固まっているアーロを見て言うと、セルリーは困ったように笑う。
 彼女が錬金術師じゃなく僧侶だったってだけでもアーロには驚きだったようなのに大丈夫だろうか。

「そりゃあ、レイナルドはあと少しで白金級プラティヌだもの」
「えっ」
「知らなかったの⁈」

 初耳の話に驚いたら、それ以上にアーロが驚いている。

「す、すみません。自分の安全を考えたらレイナルドさんのパーティに加入するしかなかったし、必要なことは教えてくれる人達だからそれ以外は……」
「パーティリーダーの名声は知ってなきゃでしょ!」

 アーロが声を荒げる。
 驚きのあまり素が出ている感じかな。そんな彼に苦笑し、セルリーは言う。

「安全……そうよね、レンくんの安全を考えたらレイナルドのパーティに入るしかないわよね」

 とても心配そうな表情を浮かべる。
 否、彼女の場合は心配そうと言うよりも……。

「幾ら切羽詰まっていたからって、拡声魔法で応援領域持ちクラウージュがいるなんて言うべきじゃなかったって反省してるわ」
「それは気にしないでください。ワケが判らないまま今なら勝てるから戦えなんて言われても誰も信じなかったでしょうし、結果的に勝てたんですから」
「うーん、でもねぇ」
「……あの」
「ん?」
応援領域持ちクラウージュって……」

 アーロの声が震えている。
 トゥルヌソルでは知らない人はいない話なので、セルリーと二人、顔を見合わせてから同時に俺の顔を指差す。
 それで伝わるだろう。

「えっ……レン君、応援領域持ちクラウージュなの……?」
「はい」
「トゥルヌソルでまだ知らない子がいたの?」
「アーロさんは、お祖父さんの診療所が忙しくなる5月と10月だけお父さんとお手伝いに来てるんですよ」
「あぁなるほど」

 納得した表情でセルリーは続ける。

「レイナルドのパーティにようやく僧侶が見つかって、しかも応援領域持ちクラウージュだもの。あの子はまだ若いし今後の快進撃が楽しみね」
「若いって、レイナルドさんはお幾つなんですか?」
「さぁ。でもまだ30代前半だと思うわよ」
「……老けてませんか?」
「ぶふっ」

 思わず零してしまった本音にセルリーが吹き出す。
 アーロも顔を背けて口元を押さえている辺り、堪えているのが丸判りだ。
 それに――。

「30代前半のレイナルドさんをあの子なんて言っちゃうセルリーさんの年齢ってお伺いしても……?」
「あら。女性に年齢聞いちゃう?」
「差し支えなければ……」
「ふふっ。こう見えて67歳よ」
「……レイナルドさんよりお若く見えるんですが」
「あらぁ。それはきっと神力のおかげね。僧侶は総じて若くみえるものよ」

 セルリーはそう言いつつも、顔にはっきりと「嬉しい」と書いてある。

「今日はたっぷりサービスしないとね!」




 それからさらに階段を下って辿り着いた扉の先には、四方を煉瓦に囲まれた20畳くらいの広い部屋で、手前には様々な素材が並ぶ商品棚が、きちんと歩くスペースを取って設置されていた。一方、カウンターの奥にある壁際では大きな暖炉で煌々と火が燃えており、その火元には水の入った容器が上から吊るされていた。
 その容器から、暖炉横の作業台に置かれたフラスコに繋がる透明な管。
 素人目にも蒸留水を作っている事が判る。
 作業台には、懐かしい小学校の理科室みたいな道具が勢揃いしている他、薬研や石臼、乳鉢など見覚えのあるものからよく判らないものもずらりと並んでいた。

「……錬金術師というよりは、薬師みたい……?」
「そうねぇ。私は薬、ポーション、どっちも作るから」
「どっちも?」

 アーロが目を瞠る。
 セルリーは頷いた。

「地図に錬金術師の工房と記載してあるのは薬師って書くと面倒なのが来るからだし」

 あぁ、なんか納得。
 脳裏には昨日の光景が過る。

「そもそも私が作るのは『僧侶の薬』だから別物なの」
「僧侶の薬?」

 聞き覚えの無い単語に思わず聞き返すと、先輩僧侶は「せっかくだから作るのを見ていく?」と。

「いいんですか⁈  それって……秘術とかじゃ……?」
「違うし、秘術だとしたらそれこそ弟子に伝えなきゃ。なんだったらレンくんが弟子になる? 成人まではトゥルヌソルにいるんでしょ?」
「え……っと、とても魅力的なお話なんですが、銅級になったら依頼に連れていってくれるってレイナルドさんに言われていて……」
「あらあら、それは残念」

 残念と言いつつも楽しそうな声音。

「まぁでも今回は見ていきなさい。あなたを危険に晒したお詫びよ。あなたもどうぞ」
「俺もいいんですか?」
「これも何かのご縁だもの」

 声を掛けられたアーロは目を白黒させている。
 セルリーは言う。

「うちの入り口を見つけたタイミングで、外に出ようとしていた私と目が合ったのだもの。きっと主神様のお導きね」
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