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第2章 新人冒険者の奮闘
52.お手伝い二日目
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朝5時に起床して、まさか二日連続で間近にリーデンの寝顔を見ると思ってなくて悲鳴じみた声を上げたら、気付いたリーデンに「起こし方に色気がない」とか意味不明なダメ出しをされた。
おまけにぎゅぎゅっとハグされて起床直後から俺のHPはゼロである……。
なんとか日課をこなして8時半に出発。
口元を引き攣らせた宿の主人チロルさんに見送られながら今日は真っ直ぐに診療所へ向かった。
(リーデン様にくっつかれた後は決まってチロルさんにああいう顔をされるんだよね……)
レイナルド曰く「おまえの保護者の過保護っぷりに慄いてんだろ」だそうだ。リーデンの事は伝えていないと思うのだが、彼の中ではどういう扱いになっているのか。
目に見えるものじゃないから実感がないのだけど、あの二人の反応を見ていると可視化出来ない方が正解な気がしている。
「おーっす」
「おはようございます」
「今日も元気だな」
「鉄球依頼、最後だって? 頑張れよ」
「皆さんも怪我のないように頑張ってください!」
『猿の縄張り』から冒険者ギルドへ移動中にすれ違う、顔見知りの冒険者達と言葉を交わす。
商通りに合流した後は北上し、こちらと貴族街の間に広がる大森林――教会や図書館を内包する森の小道を東に曲がってしばらく歩いた先に広がるのがトゥルヌソルの銅級ダンジョン『ソワサン・ディヌズフ』が環境を変化させている一帯だ。
おかげで……と言うと少しおかしいけど、その手前の診療所はしっかりとダンジョンの恩恵を受ける範囲内に建っているから庭で数種類の薬草を育てる事が出来る。
つまり、基本的には自家栽培で使う薬の材料を揃えられるのだ。
昨夜の一件は、トゥルヌソルに人が集まり過ぎていることで起きたイレギュラー。
診療所の裏に回り、高い柵で囲まれた薬草畑に入って様子を確認してみると素材として使うには若過ぎる、細くて背の低いものしか残っていない。
種蒔きから半月くらいで採取出来るはずだけど、この調子だと次の採取が可能になるまで1週間前後掛かりそうだ。
「しばらくは素材不足が続きそうだな……」
はぁ、と溜息一つ。
でもリーデンの話じゃ何処の大陸でも王都と王都に準じた街に人が集まって素材不足が起きていると言うのだから、人が減る地域から仕入れるなり、冒険者に頼んで採取に向かってもらうなりしたら、少しは不足分を補えたりしないだろうか。
(レイナルドさん達が帰って来たら相談してみようかな)
いつ帰って来るのか、手紙が来るわけじゃないからさっぱり判らない。
でももう半月になるし、クランハウスに残っているパーティメンバーの家族も淋しがっている。そろそろ戻って来てもいいのではないだろうか。
(大体、監察官が半月も担当地域を離れても大丈夫なのかな)
この半年間でレイナルド以外にも監察官が……違うか。
たぶん彼の部下だ。
そういう存在が街の中に複数いるんだろうなっていうのは感じている。ハーマイトシュシューやララも知っているっぽいけど、でも「誰」って部分は謎のまま。
それはそれでらしいと思うけど。
(っていうか……そろそろ、やっぱり、会いたいなぁ)
ロテュスに転移して来てから半年が経ったとはいえ、知り合い以上の人はそう多くない。
昨日あんな話をしたせいか無性にクルトやレイナルドの顔が見たくなって来た。
(銅級に上がったらダンジョン以外は同行出来るんだよね)
だから、今日を含めてあと四日間の診療所手伝いに全力を尽くすんだ。淋しがっている場合ではない!
「うん、頑張ろう」
拳を握り、目の前の土ばかりが目立つ淋しい畑を見つめる。
「皆も頑張って育つんだよ。素材不足が一日でも早く解消しますように」
祈るように呟いてから畑を後にした。
冒険者ギルドが24時間営業で、ダンジョンは中で野営しながら攻略するパーティも多いから此方もやっぱり24時間営業で、そうなるとダンジョン最寄りの診療所もほぼ24時間営業だ。
医師は所長のティモシーと、住み込みの女性医師。そしてティモシー医師の弟子で医師を目指す見習い四人が交代で勤務している。
看護師は男女合わせて七人、こちらも交代勤務で、俺は僧侶だけど新人なうえ回復魔法も未熟だから、看護師の手伝いで此処にいる。
で、二階の工房からほとんど下りて来ない薬師は、見習いのアーロを含めて三人。
最初に手伝いに来た時にはアーロと、彼の父親デイビッドはいなかったが、昨日までに全員と挨拶済みだ。
入院用のベッドは五台あるけど、あんまりひどい場合は冒険者ギルド経由で僧侶を派遣してもらうため、基本、長期の入院と言うのは有り得ないのがこの世界の常識である。
「ダンジョンの側にあるってだけで忙しさが半端無いの、判っちゃうじゃない? だからお手伝いなんて依頼出しても来ないのが当たり前なのよ」
午後5時半。今日の勤務を終えた看護師の女性が陽気に笑いながら俺の背中を叩く。
「レン君が来てくれて本当に助かってるの! 判る?」
「は、はいっ」
更衣室で着替え中……と言っても、上着を脱いで白衣を着るだけ。
ロッカーを間に挟んで男女一緒なのが緊張するといえばするのだが、男女性の他に雌雄体の別があるのと、獣人族の性質と、たぶん誰もが恋愛対象になり得るっていう世界観もあって、誰一人気にしていない。
郷に入っては郷に従えなので、俺も精一杯気にしないフリだ。
ちなみに温泉や公衆浴場みたいなのは、トゥルヌソルに存在しない。
風呂は個室シャワーで済ますのが此処の常識で、中には生活魔法の浄化で済ませる人もいるという。
「ありがとうね!」
「いえ、俺も此処でお手伝いさせてもらう事でたくさん勉強になっていますから」
「んまぁああっ、可愛いねレン君! うちの息子のお嫁に来る⁈」
「そ、それはお断りします!」
「あっはは冗談よぉ!」
「うぁっ」
バシン、と今度は力いっぱいに背中を叩かれて、思わず声をあげてしまったら、反対側にいた女性が青い顔で声を荒げる。
「レン君をあんたのところの息子と同じように扱っちゃダメでしょ!」
「あらあらごめんよ!」
「いえ……」
どこの世界でも妙齢の女性は強いらしいことを実感した、診療所の手伝い二日目。
今日も朝から忙しかったが、特にひどい外傷で仲間に連れられてくる冒険者が多く俺も回復魔法を使うことが多かった。
体内の魔力が空っぽになった感じはしないけど、少しだけフラフラするため、休憩してから帰宅しようと更衣室で座っていたら、同じく今日の勤務を終えた看護師たちと同席することになってしまったというわけだ。
「今日は回復魔法使うこと多かったから辛いんじゃない? 甘いの食べなさい」
更衣室の隅に置かれたテーブルの上には、魔力補給のための甘いお菓子が何種類も籠に入れて置かれていて、そこから一つを手に取って渡してくれる。
魔力を回復させる一番効果的なものは錬金術師が作る魔力ポーションだが、甘い物を食べるとか、休憩するだけでも徐々に回復するのだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして、レン君には今日美味しいカヌレを貰ったしね」
「美味しかったわねー、あれ何処の?」
「『白梟の幸せ』というパン屋さんです。商通りの二つ目の曲がり角を左に行くとあります」
「へぇ! あっちは滅多に行かないから知らなかったよ」
トゥルヌソルの東の住宅街に住んでいる地元民が商通りを利用することは滅多にないそうだ。
今度行ってみるよ、なんて話をしながらお菓子を食べて、どれくらい経った頃だろうか。
コンコン、と遠慮がちに扉がノックされて、聞き覚えのある声がする。
アーロだ。
「レン君って此方にいますか?」
「はいっ、います!」
慌てて口の中の甘味を飲み込んで立ち上がる。
念のために脱いでいる人がいないのを確認した。
「すみません、これで失礼します」
「うん、お疲れ様」
「また明日ね」
看護師の女性達と挨拶を交わして廊下に出ると、そこには昨日も会ったアーロが、少し緊張した面持ちで立っていた。
おまけにぎゅぎゅっとハグされて起床直後から俺のHPはゼロである……。
なんとか日課をこなして8時半に出発。
口元を引き攣らせた宿の主人チロルさんに見送られながら今日は真っ直ぐに診療所へ向かった。
(リーデン様にくっつかれた後は決まってチロルさんにああいう顔をされるんだよね……)
レイナルド曰く「おまえの保護者の過保護っぷりに慄いてんだろ」だそうだ。リーデンの事は伝えていないと思うのだが、彼の中ではどういう扱いになっているのか。
目に見えるものじゃないから実感がないのだけど、あの二人の反応を見ていると可視化出来ない方が正解な気がしている。
「おーっす」
「おはようございます」
「今日も元気だな」
「鉄球依頼、最後だって? 頑張れよ」
「皆さんも怪我のないように頑張ってください!」
『猿の縄張り』から冒険者ギルドへ移動中にすれ違う、顔見知りの冒険者達と言葉を交わす。
商通りに合流した後は北上し、こちらと貴族街の間に広がる大森林――教会や図書館を内包する森の小道を東に曲がってしばらく歩いた先に広がるのがトゥルヌソルの銅級ダンジョン『ソワサン・ディヌズフ』が環境を変化させている一帯だ。
おかげで……と言うと少しおかしいけど、その手前の診療所はしっかりとダンジョンの恩恵を受ける範囲内に建っているから庭で数種類の薬草を育てる事が出来る。
つまり、基本的には自家栽培で使う薬の材料を揃えられるのだ。
昨夜の一件は、トゥルヌソルに人が集まり過ぎていることで起きたイレギュラー。
診療所の裏に回り、高い柵で囲まれた薬草畑に入って様子を確認してみると素材として使うには若過ぎる、細くて背の低いものしか残っていない。
種蒔きから半月くらいで採取出来るはずだけど、この調子だと次の採取が可能になるまで1週間前後掛かりそうだ。
「しばらくは素材不足が続きそうだな……」
はぁ、と溜息一つ。
でもリーデンの話じゃ何処の大陸でも王都と王都に準じた街に人が集まって素材不足が起きていると言うのだから、人が減る地域から仕入れるなり、冒険者に頼んで採取に向かってもらうなりしたら、少しは不足分を補えたりしないだろうか。
(レイナルドさん達が帰って来たら相談してみようかな)
いつ帰って来るのか、手紙が来るわけじゃないからさっぱり判らない。
でももう半月になるし、クランハウスに残っているパーティメンバーの家族も淋しがっている。そろそろ戻って来てもいいのではないだろうか。
(大体、監察官が半月も担当地域を離れても大丈夫なのかな)
この半年間でレイナルド以外にも監察官が……違うか。
たぶん彼の部下だ。
そういう存在が街の中に複数いるんだろうなっていうのは感じている。ハーマイトシュシューやララも知っているっぽいけど、でも「誰」って部分は謎のまま。
それはそれでらしいと思うけど。
(っていうか……そろそろ、やっぱり、会いたいなぁ)
ロテュスに転移して来てから半年が経ったとはいえ、知り合い以上の人はそう多くない。
昨日あんな話をしたせいか無性にクルトやレイナルドの顔が見たくなって来た。
(銅級に上がったらダンジョン以外は同行出来るんだよね)
だから、今日を含めてあと四日間の診療所手伝いに全力を尽くすんだ。淋しがっている場合ではない!
「うん、頑張ろう」
拳を握り、目の前の土ばかりが目立つ淋しい畑を見つめる。
「皆も頑張って育つんだよ。素材不足が一日でも早く解消しますように」
祈るように呟いてから畑を後にした。
冒険者ギルドが24時間営業で、ダンジョンは中で野営しながら攻略するパーティも多いから此方もやっぱり24時間営業で、そうなるとダンジョン最寄りの診療所もほぼ24時間営業だ。
医師は所長のティモシーと、住み込みの女性医師。そしてティモシー医師の弟子で医師を目指す見習い四人が交代で勤務している。
看護師は男女合わせて七人、こちらも交代勤務で、俺は僧侶だけど新人なうえ回復魔法も未熟だから、看護師の手伝いで此処にいる。
で、二階の工房からほとんど下りて来ない薬師は、見習いのアーロを含めて三人。
最初に手伝いに来た時にはアーロと、彼の父親デイビッドはいなかったが、昨日までに全員と挨拶済みだ。
入院用のベッドは五台あるけど、あんまりひどい場合は冒険者ギルド経由で僧侶を派遣してもらうため、基本、長期の入院と言うのは有り得ないのがこの世界の常識である。
「ダンジョンの側にあるってだけで忙しさが半端無いの、判っちゃうじゃない? だからお手伝いなんて依頼出しても来ないのが当たり前なのよ」
午後5時半。今日の勤務を終えた看護師の女性が陽気に笑いながら俺の背中を叩く。
「レン君が来てくれて本当に助かってるの! 判る?」
「は、はいっ」
更衣室で着替え中……と言っても、上着を脱いで白衣を着るだけ。
ロッカーを間に挟んで男女一緒なのが緊張するといえばするのだが、男女性の他に雌雄体の別があるのと、獣人族の性質と、たぶん誰もが恋愛対象になり得るっていう世界観もあって、誰一人気にしていない。
郷に入っては郷に従えなので、俺も精一杯気にしないフリだ。
ちなみに温泉や公衆浴場みたいなのは、トゥルヌソルに存在しない。
風呂は個室シャワーで済ますのが此処の常識で、中には生活魔法の浄化で済ませる人もいるという。
「ありがとうね!」
「いえ、俺も此処でお手伝いさせてもらう事でたくさん勉強になっていますから」
「んまぁああっ、可愛いねレン君! うちの息子のお嫁に来る⁈」
「そ、それはお断りします!」
「あっはは冗談よぉ!」
「うぁっ」
バシン、と今度は力いっぱいに背中を叩かれて、思わず声をあげてしまったら、反対側にいた女性が青い顔で声を荒げる。
「レン君をあんたのところの息子と同じように扱っちゃダメでしょ!」
「あらあらごめんよ!」
「いえ……」
どこの世界でも妙齢の女性は強いらしいことを実感した、診療所の手伝い二日目。
今日も朝から忙しかったが、特にひどい外傷で仲間に連れられてくる冒険者が多く俺も回復魔法を使うことが多かった。
体内の魔力が空っぽになった感じはしないけど、少しだけフラフラするため、休憩してから帰宅しようと更衣室で座っていたら、同じく今日の勤務を終えた看護師たちと同席することになってしまったというわけだ。
「今日は回復魔法使うこと多かったから辛いんじゃない? 甘いの食べなさい」
更衣室の隅に置かれたテーブルの上には、魔力補給のための甘いお菓子が何種類も籠に入れて置かれていて、そこから一つを手に取って渡してくれる。
魔力を回復させる一番効果的なものは錬金術師が作る魔力ポーションだが、甘い物を食べるとか、休憩するだけでも徐々に回復するのだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして、レン君には今日美味しいカヌレを貰ったしね」
「美味しかったわねー、あれ何処の?」
「『白梟の幸せ』というパン屋さんです。商通りの二つ目の曲がり角を左に行くとあります」
「へぇ! あっちは滅多に行かないから知らなかったよ」
トゥルヌソルの東の住宅街に住んでいる地元民が商通りを利用することは滅多にないそうだ。
今度行ってみるよ、なんて話をしながらお菓子を食べて、どれくらい経った頃だろうか。
コンコン、と遠慮がちに扉がノックされて、聞き覚えのある声がする。
アーロだ。
「レン君って此方にいますか?」
「はいっ、います!」
慌てて口の中の甘味を飲み込んで立ち上がる。
念のために脱いでいる人がいないのを確認した。
「すみません、これで失礼します」
「うん、お疲れ様」
「また明日ね」
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