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第2章 新人冒険者の奮闘

48.素材不足

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 トゥルヌソルの通称「商通り」には百以上の店が並んでいる。
 食料品から日用品、衣料品、アクセサリー、冒険者必須の武器防具店、魔導具の販売店、薬局、花屋、本屋、化粧品に香水といった嗜好品。
 トゥルヌソル限定があればそれぞれの大陸に特化した店舗があり、中にはすべてを網羅していますと嘯く店まで並んでいる。
 産地直売、朝穫野菜。
 世界は違っても商売人の考える事や消費者の欲しい物は一緒なんだなって思う。
 地域的な違いといえば、貴族街に近い北側ほど見た目の雰囲気や格式が高く、南側の商門に近いほどリーズナブル。
 一方で商通りから少し離れた広い土地にポツンと建っている建物もよく見る。
 隠れ家的な喫茶店やレストラン、宿屋、工房――偏見だけど、こだわりが強い人が家主って感じかな。
 商通りの奥の道を入っていくといわゆる夜のお店もいっぱいあるわけだが、この辺は俺には必要ないので割愛していいだろう。
 そんなことより、いま正に重要な選択を迫られている食べ物の問題だ。

(ロテュス全体がそうなのかトゥルヌソルが特別なのかは知らないけど、ほんと美味しいものが多くて何を買おうか迷うな……)

 地球ではそんなに興味がなかった食事だけど、子どもの身体に戻ってからは「成長に良い物を」「異世界グルメを経験したい」、それに、……一緒に食べてくれる人の美味しいっていう顔が見たい、とか。
 そういうたくさんの理由で食をに気付かされた。
 同時に、自分でも知らなかったのだが俺は菓子パンが好きらしい。
 匂いにつられて大量に購入している自分に気付いた時には愕然とした。
 幸いというべきか、おかげでお気に入りのお店も出来たんだけどね。

(今日はどれにしよう……)

 商通りの始点「商門」から終点の「商業ギルド」まで真っ直ぐに続いている大通りには左右に分かれる大きな曲がり角が七カ所あるんだけど、二つ目の曲がり角は左右どちらに進んでもパンや菓子の店が多く、空気からして甘い。その中でも左側の角から三軒目にある『パティスリー 白梟の幸せ』が俺のお気に入りのパン屋さんだ。
 まず、店の外観が可愛い。
 もちろん味も好みだったからお気に入りになったんだけど、やっぱり最初に「入ってみようかな」って気になるためには見た目も重要な条件だと思う。店の前、ロッキングチェアに置かれた大きな白梟のぬいぐるみは幼稚園児と同じくらい大きくて、後で知ったが店主の手作りだったそれが肌触り抜群で最高に可愛いのだ。
 店内には常時20種類くらいのパンと焼き菓子が並んでおり、店長おススメのクロワッサンがパリパリの皮としっとりした食感で、俺の好みど真ん中だった。
 以来、明日はパンが食べたいなと思う度に買いに来ているのに、その度に迷ってしまう。
 クロワッサン、パン・オ・ショコラ、ブリオッシュ、フィナンシェ等々、年中店頭に並んでいるのは制覇済み。期間限定があれば迷わずそれにするけど、今日は無い……。

(残金17ゴールド、リーデン様はクロワッサンが好きそうだったからこれは確定として……うーん)

 腕を組み直すと、マイバッグに入っている肉、卵、瓶入りの牛乳、それから買い足した調味料が音を立てる。
 買い物にはマイバッグを持参するのがこの世界の常識だ。俺のは綿の布を縫っただけのシンプルなもので、店売2ゴールドの商品だが、オシャレな人はパッチワークで自作したり、乾燥させた蔦植物で編んだ籠とかを使っている人もいる。
 ものすごい高価になるけど、時間停止の術式を組み込んでるマイバッグもあるらしい。
 個人的には重さを感じなくなる方が楽なんじゃ? と思うけど、レイナルド曰く「楽ばっかしてるとすぐに体が衰えるぞ」だって。

(うーん……うーん……)

 しばらく悩んで、最終的に一個がリーデン様の手の大きさくらいあるクロワッサン3個1パックで合計5ゴールド。それから一口サイズのカヌレを200g(15個くらい)を4ゴールドで購入した。
 明日、診療所の皆に差し入れるつもりだ。




 そろそろギルドは空いたかなぁと思いつつ商通りを北上していると、ふと複数の言い争う声が聞こえて来た。
 4つ目の曲がり角の奥の方からだ。
 あの辺りは確か複数の素材屋が集まっており、薬師や錬金術師の見習いが通っていると聞く。

「  だろ!  がっ  」
「…… って だ」

 未成年の男の子が二人、かな。
 道行く人々はそちらを気にしつつも巻き添えになりたくないのだろう、遠巻きに眺めるだけだ。

「そんなに買い占める必要ないだろ⁈」
「うるせぇな、練習に使うんだよ!」
「その量じゃ三日分以上だぞ⁈ こっちは診療所で使う明日の薬の分だって足りてないんだ! 明日以降の分はまた明日買えばいいじゃないか!」
「そんなの俺の勝手だ!」

 近付くにつれて鮮明に聞こえてくる遣り取りから推測するに、素材不足が原因なんだろう。
 薬草は、ダンジョン内なら摘んでも翌日にはほぼ元通りに生え揃うそうだが、街の中ではそうもいかない。
 いまはトゥルヌソルに他所からの来訪者が多く、そのほとんどが祝日の祭りを楽しむのが目的だが、そのついでにダンジョンに挑む冒険者や、素材を採取したい生産職の人も多い。
 トゥルヌソルの素材屋や生産職の人たちはそれを見越して多めに仕入れていたはずだが、だからといってそれで足りるはずもない。
 途中で不足したってまったく不思議はないのだ。

(俺も薬草採取の依頼を受けて欲しいって言われたくらいだからなぁ)

 銅級への昇給のための依頼数消化が一番の理由だったから迷わず引き受けたけど、これが毎年のことだって言うなら何かしらの対策が必要なんじゃないだろうか。

(……って、あ)

 俺も足を止めていたから、言い争う声の主たちがだんだんと近付いていた。
 だから秋の夕暮れ、見え難い暗がりの中でもはっきりと見えた相手の顔にちょっと驚く。そんな大声を出して言い争うようには見えなかったからだ。

(所長のお孫さん!)

 アーロ・オーブと数時間前に名乗った彼は、両腕でようやく抱えられるような大量の薬草を購入している相手を追いながら「独占は止めろ」と繰り返している。
 だが、あと数歩で大通りに出るかというその時。

「いい加減鬱陶しいんだよ!」
「がはっ」
「!」
「きゃっ」

 腹に蹴りを入れられて後方に跳ばされるアーロ。行き交う人々から悲鳴が上がると同時に薬草を抱えた彼は走り出してしまった。

「あ……ええっ?」

 呼び止めるべきか否か躊躇した一瞬であっという間に遠ざかってしまう、薬草を抱えた少年。
 その速さにびっくりしてしまった。

(いまのなんだ⁈ 風みたいだった……!)

 魔法、かな。
 あとでリーデン様に聞いてみよう。

「大丈夫か?」
「ぁ……てて、すみません」
(そうだ、アーロ)

 聞こえてくる声に状況を思い出し、俺もアーロに近付く。

「大丈夫?」
「え? あ……」

 アーロは俺の顔を見ると、眉を下げて恥ずかしそうに笑い返した。
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