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第2章 新人冒険者の奮闘

42.一人じゃない

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 たくさんのハンバーガーやパンを入れた箱を、レイナルドは任せろと言って持ってくれた。
 クルトは遅くまで依頼を受けている。
 ギルドで待っていれば会えると言われて、その作戦で行くことにした俺達は冒険者ギルドに併設されている酒場の椅子に座りながら、入口から入って来る人の顔を確認していた。
 午後7時半。
 クルトはまだ帰ってこない。

「せっかく土の日あさってに顔合わせの席を設けてもらったのに、今日、皆さんと会っちゃいましたね」
「そうだな」

 レイナルドが笑う。

「まぁでも、顔合わせの席にしちゃ上出来だったんじゃないか? レンが作った、照り焼きソースだったか。肉に絡めて焼いてる最中の子どもらの顔と来たら……」

 双子ちゃんの瞳が爛々と輝いていたのを俺も思い出して、笑ってしまう。
 焼き料理って匂いも大事だよね、好みだと思ったら食べたいって意欲に直結するし。

「確かキクノ大陸がああいう手の込んだ料理をしていた気がするが、レンの故郷はそっちに近いのか?」
「キクノ大陸の主食ってお米ですか?」
「ああ」
「じゃあそうかもしれません。いつか行ってみたいけど……」
「冒険者を続けるなら行くことになると思うぞ。級を上げるには世界中を回ってダンジョンを踏破しないとならんからな」
「それって、プラーントゥ大陸だけじゃ無理なんですか?」
「無理だ。銀級に上がるのにも鉄級のダンジョンを10カ所踏破しなきゃならないから、少なくとも大陸を5つは移動する必要がある」

 なるほど、条件は確認していたけどダンジョンの所在地までは考えていなかった。

「昇級の条件って僧侶に世界を巡らせるためでもあるんでしたっけ」
「ああ。僧侶単身じゃいろいろと難しいが、僧侶を加えたパーティーは高みを目指すからな」

 レイナルドは言って、俺を見る。

「レンにも期待してるぞ。料理の腕にもな。家の連中も興味津々だったし、またいつでも遊びに来い」
「はい!」

 お役に立てるなら喜んで、だ。
 もうこれは性分だからどうしようもない。
 その時には俺が知っているタルタルソースを是非とも賞味して欲しい、そんなふうに考えて、ふと気付く。

「シューさんは一緒に住んでいないんですか?」
「あいつはギルマスだからな」
「あぁ……」

 よく判らないがギルドマスターと冒険者が一緒に暮らすのは外聞が悪いとかそういうことだろうか。
 この二人は結婚しているわけではないのかな。
 どこまで踏み込んで聞いていいものか判らないので納得したフリをしつつ、話題を変える。

「すごい大きなお家でしたね」
「だろ。俺の一番上の兄貴が酷いバカでな」
「は?」
「こっち来る時に、不便のないようにって建ててくれたのがあれだ。20年くらい前か。最初は随分と持て余したもんだが、いまとなっては感謝かな」
「……?」

 にやりと意味深に笑われて、脳内にクエスチョンマークが飛び交う。
 全く嫌な感じがしないのでレイナルドが悪巧みしているわけじゃないのは判るけど、どういう意味だろうか。

「心配は要らんぞ。おまえに関しては俺が守ってやるから」
「ありがとうございます……?」

 言葉通りに受け取って良いものか迷っているのが顔に出たんだろう。

「くくくっ、警戒も出来ないわけじゃないんだな」
「あ、試しました?」
「さてな」

 笑われて、イラッとした俺は不機嫌を露わにしてそっぽを向いた。
 随分と子どもっぽい言動だと思ったが、レイナルドが面白そうにしているのが判るのでさらにムッとしてしまい、視線を冒険者ギルドの入り口に固定する。
 クルトが来るまでは無視しよう、そう決めたのだった。




 そう決めたのだけど、8時を過ぎても、9時を過ぎてもクルトは戻ってこない。
 酒場には酒の入った冒険者が増えて賑わい、受付カウンターに向かう冒険者の姿などしばらく見ていない。

「あの……クルトさんが戻って来ないんですけど」
「だなぁ。レン、寝る時間は大丈夫か?」
「っ、こう見えて、中身は大人ですから」

 小声で言い返すも、確かに最近の就寝時間は早い。
 起きる時間も早い。
 まだ眠くはないけれど、……もしかしたら部屋でリーデンがイライラしているかもしれないと思ったら何とも言えない感情が膨らんで来る。

(お土産いるかな……俺が誘うまで食事なんてしていなかったんだから空腹って事はないと思うけど……)

 お腹を空かせてイライラしているリーデンを想像すると、ちょっと楽しい。

(……俺、もう一人じゃないんだな……)

 家で待っていてくれる人がいるってすごい事だなぁと、改めて実感する。
 地球では独り暮らしが当たり前になり過ぎていて「家に帰る」のは「寝る」と同義だった。仕事中に誰かのことを考える必要もなければ、帰りが遅くなった時に気に掛けるべき存在もなく、毎日が同じことの繰り返し。
 だけど今は、クルトを心配し、レイナルドにイラッとしながら、リーデンのことを考えてこそばゆい気持ちになる。
 感情が動くたびに感じる鼓動の変化は生きている証。
 ずっと独りでも平気だったのに。
 平気だったはず、なのに。
 この一週間で独りぼっちには二度と戻りたくないと思ってしまっているのだから、人って弱い生き物だよなぁと思ったり。

(独りは寂しい)

 少なくとも俺は、そう。
 だから周りにいる人達にも寂しくなって欲しくない。
 
「来たぞ」

 レイナルドが言い、俺も頷く。
 半日前に会ったばかりなのに顔色は更に悪化して見えるし、足取りも覚束無くなっているクルトが、受付で依頼達成の報告と納品を終えるのを待って立ち上がる。

「どこに連れて行って話をするんだ?」
「え? ここで、ですけど」

 料理の入った箱を持ち上げながらの問い掛けに、俺は即答する。

「その箱の出番は最後ですし、レイナルドさんは座って見守っていてください」
「……大丈夫なのか?」
「判りません。でも、クルトさんがこれからも冒険者でいたいと思っているなら、いまじゃないとダメです」

 これは俺の直感。
 理由なんてそれしかないから納得してもらうのは難しいかなと思ったけど、レイナルドは「そうか」と応じて椅子に座り直した。
 どうやら任せてくれるらしい。

(ふぅ……)

 クルトに近付くために踏み出しながら、緊張していることを自覚する。
 ケンカの経験値は少ない。
 説得、相談、どちらも苦手だ。自分が我慢したり、多少無理するくらいで済むならそれで良かったから。
 だけどこの世界ではそれじゃダメだ。

(腹を割って話しましょう、クルトさん)

 意を決し、呼びかけた。
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