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第2章 新人冒険者の奮闘
28.四日振りの冒険者ギルド
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あれから二日経って4月の15日。
「んーっ……」
寝心地の良いベッドの上で思いっきり体を伸ばし、サイドテーブルの目覚まし時計を確認すると時刻は朝の5時だった。ネットやテレビといった娯楽がないから就寝時間が自然と早まり、起きる時間もこの通り。
ごろんとうつ伏せになり、手のひらと膝を使って四足歩行の動物みたいな恰好で動き出す。
このベッドはダブルよりも大きく、そうして端まで移動しないと床に足が置けないからだ。
「うー……っ」
立ち上がって改めて体を伸ばす。
140センチ前後の小さな体と細い手足にはまだ違和感が拭い切れないものの、これが若さなのかどこもかしこもとても軽い。
それを嬉しく思いながら寝室の窓に近付いてカーテンを開けると、夜の青と太陽の日差しが混ざり合った春特有の紫色の雲が空を彩っていた。
「……綺麗だなぁ……って、そうじゃなく!」
バチンと両頬を手で叩くように覆う。
最近は紫色を見ると決まって同じ顔が脳裏を過るのがどうにもならない。ここ数日で段々と酷くなっている気さえする。
(何考えてんだよ俺ぇ……)
いくら誰を好きになっても良いという世界の違いを実感したとはいえ浮かれるにも程がある。
リーデンは『ロテュス』の主神。
好きな人を好きで良いのが事実だとしても想った相手に想われるかは別の話だ。
好きになるなら、せめて想ってもらえる可能性のある「人」がいい。
(これは「好き」じゃない)
慣れぬ異世界で優しくされて、つい甘えてしまいたくなるだけ。
言うなればお父さんみたいな存在だ。……父親なんて居た事がないからよく判らないけど。
(たくさんの人と出逢って、イケメンにも慣れて、それで……)
いつか。
もう一度大人になってからで構わない。
自分だけの唯一と出逢えたら良い、と思う。
「……準備しよ」
零れそうになる溜息を飲み込んで寝室を後にした。
今日はこれから忙しいのだ、落ち込んでいる暇など無いのである。
当初、神具『住居兼用移動車両』Ex.に引き籠るのは2~3日の予定だったが、曜日を聞いて「月の日」の今日から活動を開始する事に決めた。
もちろん本当に部屋から一歩も出ないのでは宿屋の主チロルさんにも心配を掛けるので、食事の買出しと理由を付けて毎日一時間くらいはトゥルヌソルの街を散策していたが、それでも神具の中身を見て回るには充分な時間が取れたおかげで、勉強ばかりではなく一日のサイクルも整いつつある。
以前は起きたらすぐにコーヒーメーカーで珈琲を淹れて目を覚ましていたが、今はお湯を沸かすのが最初だ。
待つ間に身支度を整え、洗濯機を起動し、沸いたお湯でホットドリンクを一杯飲んでから朝食。
部屋を片付け、水回りを掃除し、スキル「通販」で昼、夜、そして明日の朝の献立に必要な食材を購入した後は昨日までなら勉強を始めていたのだけど――。
(今日からはギルドで依頼を受けるんだ)
未知の体験が待っているかと思うとわくわくして顔が緩む。
四日間で勉強したのは『虎の巻』を使った世界の常識と、教会で寄付した時に貰った『聖書』で創世記、そして冒険者ギルドに登録した時に貰った『手引書』で冒険者として知っておくべきことを学び、『初級図鑑』でトゥルヌソルの街のあれこれを覚えた。
この世界は今年で998年目を迎えるが、文明は凡そ20世紀の地球に相当する。
驚くほど早い発展の要因が世界に99あるダンジョンだと知り、やはり自分もそこへ行ってみたいと強く望んだのだが、ダンジョンに入るには二つの条件があった。
一つは成人した15歳以上であること。
もう一つは銀級以上の冒険者であること。
新人の自分は鉄級で、銀級に上がるにはまず銅級に昇級しなければならず、成人まで3年あればなんとか……と思ったのも束の間。
ランクアップの条件はとんでもなく厳しいものだった。
鉄から銀に上がるまでに掛かる平均時間は約3年。
しかも銀級までは無事に到達しても、その上に進めるのは冒険者ギルドに登録した全体の約2割だというのだから冒険者として身を立てる難易度の高さが察せられるだろう。
もっとも、シューさんやララさんが言っていたように冒険者ギルドは兼業が許可されている唯一のギルドで、そもそも自分に適した職業を見つけるまでの稼ぐ手段として登録する者が多いから、2割という数字は決して小さくないのかもしれないけど。
「忘れ物は……ないな」
右手にはめた僧侶のグローブに触れて、確認。
胸元には冒険者ギルドのネームタグ。
ウエストポーチ型の鞄にはお金と、竹筒の水筒、手拭き、冒険者ギルドで貰った『初級図鑑』。そのベルトに神具『懐中時計』を通して、準備万端だ。
街を出る予定はないので今日は軽装備だけで部屋を出た。
楽しみ過ぎて、ギルドに向かう歩調が普段より早くなり到着する前に息が切れたのはいつまでも秘密にしておきたいと強く思った。
起きたのが早いのもあって、時刻はまだ8時過ぎ。
それでもギルドの屋内は多くの冒険者で賑わっていた。
酒場側にも席に着いて朝食を食べている人や、カウンターに列を作って依頼先で食べるための昼食を受け取っている人が多く、職員は皆が忙しそうだった。
入り口を入ってすぐのホール北側が酒場、南側が受付カウンターなら、入口真正面でもある西側の壁一面に設置されているのが各級ごとの依頼掲示板だ。
冒険者には新人の鉄級から始まり、銅級、銀級、金級、白金級、神銀級。
最高位の神銀級が世界でも6人しかいないのは『虎の巻』で学習済みだ。
加えて白金級の冒険者も数えるほどしかいないため、この二つの級に関してはほとんどが指名依頼になるそうだ。
だから掲示板は左から金級、銀級、銅級、鉄級の順番になっていて、一番混雑しているのは銀級掲示板の前。世界的に見ても銀級の冒険者が一番多いと言うのだから当然だろう。
「今日はこの依頼でいいか?」
「あっちの方が報酬良さそうだけど」
パーティメンバーなのだろう男女の遣り取りを聞き流しながら移動して、自分が受けられる鉄級の掲示板の前に辿り着く。そこでも5、6人の男女が依頼書を眺めながらあれこれ話しているが、内容を聞く限り、こちらは互いに情報収集という感じだった。
「この店って評判悪くないけど、実際どうだった?」
「良いと思う。休憩もちゃんと取らせてくれたし」
「こっちは?」
「街中走り回った! 地理に詳しくないとキツイ」
自分にも必要な情報ではあるのだが、みんな背が高くて肩幅も広いから掲示板がよく見えない。
女の子も俺より大きい。
俺が小さいのは獣人族の血を引いていないからだろうと言うことは何となく察したのだが、……悔しいものは悔しいわけで。
「くっ……」
必死に背伸びして掲示板に張り出されている紙面を順番に確認することしばし。
「それで見えるのか?」
「えっ」
頭上から降って来る声に驚いて視線を上げると、真上にレイナルドの顔があった。
「よっ」
「おはようございます!」
会えたのが嬉しくて笑顔になったら、レイナルドも笑い返してくれる。
「嫌でなければ肩車してやるぞ?」
「嫌なのでお断りしますっ」
「ははっ」
ムッとして言い返したのに面白がられてしまった。
ひどい。
「そこまで幼くありません」
「もちろん判ってるよ。悪かった」
背中にトンと触れたレイナルドは確かに済まなそうな顔をしているし、自分もムキになった自覚があるので「次はダメですからね」と謝罪を受け入れる。
レイナルドは笑んで頷く。
「おう。ところで……掲示板の前が空くまで待てるならギルドの職員に声を掛けてやってくれるか」
何でだろうと思って首を傾げると、彼は耳元に顔を寄せて小声で教えてくれた。
「獄鬼の件で、後処理が終わったんだ」
「あ……」
つまり以前に言っていた褒賞関係の話ということだ。
「判りました。じゃあ今から行って来ます」
「おう」
で、何故かカウンターまで並んで移動することになった。
一人で行けると思われてない、とは違う。
でも心配されているのは判る。
特に周りで嫌な感じがするということもないが……鉄級掲示板の前にいた子たちの視線はちょっと気になった。
「最近全く見かけなかったが、まさか倒れていたとかじゃないよな?」
「えっ」
そう声を掛けられて驚いた。
「全然です、毎日元気でしたよ」
「なら良いが、獄鬼戦で無茶させた直後だろ。早々に宿屋に戻したのは間違いだったかもってララが心配していてな」
「ええっ⁈」
「時間あったら彼女にも顔を見せてやってくれ」
「もちろんです、今すぐにでもっ」
そうか、そういう心配を掛ける可能性に今の今まで思い至らなかったなんて、反省すべきだ。
勉強のために引き籠る必要があったのは確かだけど、宿屋の御主人に心配を掛けまいと外出はしていたのだから一度くらいギルドまで足を運んだって良かったはずだ。
「レイナルドさんにも心配掛けたんですよね。すみません」
「心配したのはこっちの勝手だ。ただ、まぁ……レンに保護者がいないのを知っているからさ。さすがにただの知人程度でチロルに元気か聞きに行くのも憚られたし、レンも探られて良い気はしないだろ?」
「……うーん……どうだろう。チロルさんから心配してたぞって聞かされたら嬉しかったかも……?」
正直に答えたら、レイナルドは驚いたように目を瞬かせた後で苦く笑う。
「レン。いくらなんでも警戒心が無さ過ぎる」
「そんなことないです」
「あの戦闘で応援領域持ちがトゥルヌソルに居る事は知られてる。新人の僧侶って条件を満たす奴は限られているんだ、自分が狙われるって事を自覚しろ。俺がレンを懐柔してパーティに引き込もうとしている可能性だってあるんだぞ?」
真顔で言われて、確かにそういう可能性も人によってはあるのかもしれないけど、と思うけど。
「ないですよ」
「――」
俺は自信を持って断言する。
彼が息を呑んだのは判ったが、ふふっと意味深っぽく笑って見せたらその表情は崩れた。
「そんなの判らんだろ」
「判りますよ」
「根拠は」
「そんなものないです、俺の勘です」
「……っく、くくくく」
レイナルドが笑う。
「子どもだと侮れんな、レンは」
「そうですよ。だから肩車してやろうかなんて言われたら怒りますからね」
「おう、もう二度と言わん。反省するよ」
反省すると言いつつ頭をわしゃわしゃする手つきは、完全に子どもにするそれだった。
「んーっ……」
寝心地の良いベッドの上で思いっきり体を伸ばし、サイドテーブルの目覚まし時計を確認すると時刻は朝の5時だった。ネットやテレビといった娯楽がないから就寝時間が自然と早まり、起きる時間もこの通り。
ごろんとうつ伏せになり、手のひらと膝を使って四足歩行の動物みたいな恰好で動き出す。
このベッドはダブルよりも大きく、そうして端まで移動しないと床に足が置けないからだ。
「うー……っ」
立ち上がって改めて体を伸ばす。
140センチ前後の小さな体と細い手足にはまだ違和感が拭い切れないものの、これが若さなのかどこもかしこもとても軽い。
それを嬉しく思いながら寝室の窓に近付いてカーテンを開けると、夜の青と太陽の日差しが混ざり合った春特有の紫色の雲が空を彩っていた。
「……綺麗だなぁ……って、そうじゃなく!」
バチンと両頬を手で叩くように覆う。
最近は紫色を見ると決まって同じ顔が脳裏を過るのがどうにもならない。ここ数日で段々と酷くなっている気さえする。
(何考えてんだよ俺ぇ……)
いくら誰を好きになっても良いという世界の違いを実感したとはいえ浮かれるにも程がある。
リーデンは『ロテュス』の主神。
好きな人を好きで良いのが事実だとしても想った相手に想われるかは別の話だ。
好きになるなら、せめて想ってもらえる可能性のある「人」がいい。
(これは「好き」じゃない)
慣れぬ異世界で優しくされて、つい甘えてしまいたくなるだけ。
言うなればお父さんみたいな存在だ。……父親なんて居た事がないからよく判らないけど。
(たくさんの人と出逢って、イケメンにも慣れて、それで……)
いつか。
もう一度大人になってからで構わない。
自分だけの唯一と出逢えたら良い、と思う。
「……準備しよ」
零れそうになる溜息を飲み込んで寝室を後にした。
今日はこれから忙しいのだ、落ち込んでいる暇など無いのである。
当初、神具『住居兼用移動車両』Ex.に引き籠るのは2~3日の予定だったが、曜日を聞いて「月の日」の今日から活動を開始する事に決めた。
もちろん本当に部屋から一歩も出ないのでは宿屋の主チロルさんにも心配を掛けるので、食事の買出しと理由を付けて毎日一時間くらいはトゥルヌソルの街を散策していたが、それでも神具の中身を見て回るには充分な時間が取れたおかげで、勉強ばかりではなく一日のサイクルも整いつつある。
以前は起きたらすぐにコーヒーメーカーで珈琲を淹れて目を覚ましていたが、今はお湯を沸かすのが最初だ。
待つ間に身支度を整え、洗濯機を起動し、沸いたお湯でホットドリンクを一杯飲んでから朝食。
部屋を片付け、水回りを掃除し、スキル「通販」で昼、夜、そして明日の朝の献立に必要な食材を購入した後は昨日までなら勉強を始めていたのだけど――。
(今日からはギルドで依頼を受けるんだ)
未知の体験が待っているかと思うとわくわくして顔が緩む。
四日間で勉強したのは『虎の巻』を使った世界の常識と、教会で寄付した時に貰った『聖書』で創世記、そして冒険者ギルドに登録した時に貰った『手引書』で冒険者として知っておくべきことを学び、『初級図鑑』でトゥルヌソルの街のあれこれを覚えた。
この世界は今年で998年目を迎えるが、文明は凡そ20世紀の地球に相当する。
驚くほど早い発展の要因が世界に99あるダンジョンだと知り、やはり自分もそこへ行ってみたいと強く望んだのだが、ダンジョンに入るには二つの条件があった。
一つは成人した15歳以上であること。
もう一つは銀級以上の冒険者であること。
新人の自分は鉄級で、銀級に上がるにはまず銅級に昇級しなければならず、成人まで3年あればなんとか……と思ったのも束の間。
ランクアップの条件はとんでもなく厳しいものだった。
鉄から銀に上がるまでに掛かる平均時間は約3年。
しかも銀級までは無事に到達しても、その上に進めるのは冒険者ギルドに登録した全体の約2割だというのだから冒険者として身を立てる難易度の高さが察せられるだろう。
もっとも、シューさんやララさんが言っていたように冒険者ギルドは兼業が許可されている唯一のギルドで、そもそも自分に適した職業を見つけるまでの稼ぐ手段として登録する者が多いから、2割という数字は決して小さくないのかもしれないけど。
「忘れ物は……ないな」
右手にはめた僧侶のグローブに触れて、確認。
胸元には冒険者ギルドのネームタグ。
ウエストポーチ型の鞄にはお金と、竹筒の水筒、手拭き、冒険者ギルドで貰った『初級図鑑』。そのベルトに神具『懐中時計』を通して、準備万端だ。
街を出る予定はないので今日は軽装備だけで部屋を出た。
楽しみ過ぎて、ギルドに向かう歩調が普段より早くなり到着する前に息が切れたのはいつまでも秘密にしておきたいと強く思った。
起きたのが早いのもあって、時刻はまだ8時過ぎ。
それでもギルドの屋内は多くの冒険者で賑わっていた。
酒場側にも席に着いて朝食を食べている人や、カウンターに列を作って依頼先で食べるための昼食を受け取っている人が多く、職員は皆が忙しそうだった。
入り口を入ってすぐのホール北側が酒場、南側が受付カウンターなら、入口真正面でもある西側の壁一面に設置されているのが各級ごとの依頼掲示板だ。
冒険者には新人の鉄級から始まり、銅級、銀級、金級、白金級、神銀級。
最高位の神銀級が世界でも6人しかいないのは『虎の巻』で学習済みだ。
加えて白金級の冒険者も数えるほどしかいないため、この二つの級に関してはほとんどが指名依頼になるそうだ。
だから掲示板は左から金級、銀級、銅級、鉄級の順番になっていて、一番混雑しているのは銀級掲示板の前。世界的に見ても銀級の冒険者が一番多いと言うのだから当然だろう。
「今日はこの依頼でいいか?」
「あっちの方が報酬良さそうだけど」
パーティメンバーなのだろう男女の遣り取りを聞き流しながら移動して、自分が受けられる鉄級の掲示板の前に辿り着く。そこでも5、6人の男女が依頼書を眺めながらあれこれ話しているが、内容を聞く限り、こちらは互いに情報収集という感じだった。
「この店って評判悪くないけど、実際どうだった?」
「良いと思う。休憩もちゃんと取らせてくれたし」
「こっちは?」
「街中走り回った! 地理に詳しくないとキツイ」
自分にも必要な情報ではあるのだが、みんな背が高くて肩幅も広いから掲示板がよく見えない。
女の子も俺より大きい。
俺が小さいのは獣人族の血を引いていないからだろうと言うことは何となく察したのだが、……悔しいものは悔しいわけで。
「くっ……」
必死に背伸びして掲示板に張り出されている紙面を順番に確認することしばし。
「それで見えるのか?」
「えっ」
頭上から降って来る声に驚いて視線を上げると、真上にレイナルドの顔があった。
「よっ」
「おはようございます!」
会えたのが嬉しくて笑顔になったら、レイナルドも笑い返してくれる。
「嫌でなければ肩車してやるぞ?」
「嫌なのでお断りしますっ」
「ははっ」
ムッとして言い返したのに面白がられてしまった。
ひどい。
「そこまで幼くありません」
「もちろん判ってるよ。悪かった」
背中にトンと触れたレイナルドは確かに済まなそうな顔をしているし、自分もムキになった自覚があるので「次はダメですからね」と謝罪を受け入れる。
レイナルドは笑んで頷く。
「おう。ところで……掲示板の前が空くまで待てるならギルドの職員に声を掛けてやってくれるか」
何でだろうと思って首を傾げると、彼は耳元に顔を寄せて小声で教えてくれた。
「獄鬼の件で、後処理が終わったんだ」
「あ……」
つまり以前に言っていた褒賞関係の話ということだ。
「判りました。じゃあ今から行って来ます」
「おう」
で、何故かカウンターまで並んで移動することになった。
一人で行けると思われてない、とは違う。
でも心配されているのは判る。
特に周りで嫌な感じがするということもないが……鉄級掲示板の前にいた子たちの視線はちょっと気になった。
「最近全く見かけなかったが、まさか倒れていたとかじゃないよな?」
「えっ」
そう声を掛けられて驚いた。
「全然です、毎日元気でしたよ」
「なら良いが、獄鬼戦で無茶させた直後だろ。早々に宿屋に戻したのは間違いだったかもってララが心配していてな」
「ええっ⁈」
「時間あったら彼女にも顔を見せてやってくれ」
「もちろんです、今すぐにでもっ」
そうか、そういう心配を掛ける可能性に今の今まで思い至らなかったなんて、反省すべきだ。
勉強のために引き籠る必要があったのは確かだけど、宿屋の御主人に心配を掛けまいと外出はしていたのだから一度くらいギルドまで足を運んだって良かったはずだ。
「レイナルドさんにも心配掛けたんですよね。すみません」
「心配したのはこっちの勝手だ。ただ、まぁ……レンに保護者がいないのを知っているからさ。さすがにただの知人程度でチロルに元気か聞きに行くのも憚られたし、レンも探られて良い気はしないだろ?」
「……うーん……どうだろう。チロルさんから心配してたぞって聞かされたら嬉しかったかも……?」
正直に答えたら、レイナルドは驚いたように目を瞬かせた後で苦く笑う。
「レン。いくらなんでも警戒心が無さ過ぎる」
「そんなことないです」
「あの戦闘で応援領域持ちがトゥルヌソルに居る事は知られてる。新人の僧侶って条件を満たす奴は限られているんだ、自分が狙われるって事を自覚しろ。俺がレンを懐柔してパーティに引き込もうとしている可能性だってあるんだぞ?」
真顔で言われて、確かにそういう可能性も人によってはあるのかもしれないけど、と思うけど。
「ないですよ」
「――」
俺は自信を持って断言する。
彼が息を呑んだのは判ったが、ふふっと意味深っぽく笑って見せたらその表情は崩れた。
「そんなの判らんだろ」
「判りますよ」
「根拠は」
「そんなものないです、俺の勘です」
「……っく、くくくく」
レイナルドが笑う。
「子どもだと侮れんな、レンは」
「そうですよ。だから肩車してやろうかなんて言われたら怒りますからね」
「おう、もう二度と言わん。反省するよ」
反省すると言いつつ頭をわしゃわしゃする手つきは、完全に子どもにするそれだった。
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