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第1章 異世界に転移しました

12.警鐘

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「この街はどうだった?」

 クルトにそう聞かれたのは、二時間以上も街中を歩いた後で休憩する事にした冒険者ギルドの食堂内。彼に「安くて美味しい!」と、おススメ料理を奢ってもらうことになったのだ。
 テーブルの上に並べられた、食べ慣れているのとは違う食感だけど美味しいパンと、野菜が煮込まれた味の濃いスープ。
 ちょっとしょっぱくて、鶏肉っぽい噛みごたえの焼いたお肉。
 数種類のナッツが盛られた皿。
 そしてスライスされた数種類の果物が入ったパイ。
 十中八九お酒のお供なんだろうなぁという味付けだけど、場所が場所だけに大人向けで当然だ。歩き疲れているいま、若返る前なら冷たいビールでクイッといきたかったところだ。
 実際はそういうわけにもいかないため、木製のジョッキには応接室でも貰ったシトロンの果実水。
 それでも話の合間につまんでいたらあっという間になくなってしまっていた。
 若干の違和感はあれど、この世界の食事を美味しいと思えた事実が嬉しい。
 そして、美味しく食べたことはクルトにも伝わったのだろう。
 表情がとても緩んでいる。

「俺の故郷って南のインセクツ大陸の真ん中ぐらいにあってさ、一年中暑くて蒸し蒸ししてるんだよ。そういう気候が嫌で「真ん中行こう!」って思い立ったのがトゥルヌソルに来た動機だったんだけど、実際に来てみたら気候云々じゃないんだよね。なんでも受け入れるっていう「なんでも」が桁違いって言うか、まだ来たばっかりのレン君には判り難いの、判ってるんだけど、でも気に入って欲しくてめっちゃ喋りまくっちゃった。うるさかったらごめんな?」
「とんでもないです。すごく助かりました、ありがとうございます」
「こっちこそだよ! 恩人相手ってのももちろんあるけど、案内させてもらえて楽しかったし!」
「それに、作戦成功です。俺も、トゥルヌソルの街が好きになりそうです」
「ホントに⁈」
「はい。活気があって良い街だと思いました。人も優しいし」

 会う人みんなが好意的だったのはクルトがいたからという気もするが、遠慮なく声を掛けて来ては「小さいのに大したもんだ」「なにかあればいつでもおいで」「ちゃんと食べないと大きくなれないよ、ほらこれ持ってお行き!」と土産まで持たせてくれるのは生来の気質があってこそだろう。
 ちなみに貰ったものは、ここに来る前に決めた宿屋に置いて来た。

「クルトさんのおかげで良い宿も見つかりましたし、他の街だと勧誘の心配もありますから、しばらくはトゥルヌソルに滞在しようと思います」
「うん! うん!!」

 俺の手を取ってぶんぶん上下に振るクルト。

「そっか! 良かった! また一緒に散歩したりしよっ、助けてもらった俺が言うのもなんだけど、遠出しない限りは日に一度ここに必ず顔を出すんだ! 何かあったら受付に伝言を預けてよ。今日の案内くらいで恩を返せたとはとても思えないし、まだまだ力になりたいんだ」
「気にし過ぎです。でも、何かあったら遠慮なく頼りにさせてもらいますね」
「うん、任せて!」

 ……というわけで、トゥルヌソルにしばらく滞在する事が決まった。
 宿泊先は連泊すると割引もあるというクルトおススメ『猿の縄張り』で、ここは成人前の子ども、もしくは成人前の子が同伴している親子連れしか宿泊出来ないという条件付き。
 宿の主人は猿の獣人で、名前はチロル。
 50過ぎの男性だが見た目はとても若々しく、声が大きい。
 四階建てで、二階から四階が客室。一階は受付と、アットホームな雰囲気のロビー。ウエスタンドアと立て板で繋がっていることもあり開放的な雰囲気のある広い隣室は食堂になっていて、宿泊に食事も付けることが出来た。神具があって自炊出来るから素泊まり10日間の宿泊をお願いしたが、当日飛び込みでも5ゴールド支払えば食べられるそうだ。
 更に!
 クルトが此処を勧めた一番の理由が、何とチロルの喧嘩っ早さ。
 宿泊していた可愛い子を連日のように口説きに来ていた野蛮な冒険者相手に容赦ない鉄槌を下したことが有名で『猿の縄張り』に泊っていると言うだけで変な連中への牽制になるという。
 朝晩の挨拶と体調確認されるのが鬱陶しくなければ絶対に此処だと断言され、僧侶は勧誘に注意すべきと聞かされたばかりだったこともあり、彼の武勇伝に甘えることにした。
 延長可能で日数の上限は無し。
 ただし宿泊料の前払いは10連泊分ごと。
 ちなみに武勇伝ゆえに宿泊客からは「ボス」と呼ばれているそうだが、さすがに呼びにくいので俺は「御主人」と呼ばせてもらうことにした。
 クルトのおかげで直接話すことが出来た御主人には「成人までいても構わんぞ」と言われている。

「他にも気になるとこあるー?」
「うーん……あ、図書……えっと、自由に本が読めるような場所はありますか?」
「図書館ってこと?」
「そうです!」
「それなら公園の奥……いや、教会のすぐ近くだったかな……うん、教会の方だ。行った事はないけどあった気がする。正教会の紋を持っているレンくんなら、たぶん自由に読めるよ」
「そうなんですね。正教会の紋ってすごいなぁ」
「主神様の紋だもの」

 クルトは面白そうに笑った。

「でも、そっかぁ。レンくんは本が好きなんだね。勉強も好きだって言ってたし、本を買ったりもするの?」
「面白いものがあれば買いたくなるかもしれません。本屋さんもあるんですか?」
「あるある。言ったろ、トゥルヌソルは無いものの無い街だって。世界7大陸の本が集まってるよ」
「それは興味深いです」
「高いけどな!」
「ですよねー」
「あははっ」

 時刻は午後2時を過ぎ、ギルドに依頼帰りと思しき冒険者達が増え始めたのを見ていてふと会話が途切れた。
 その途端、楽しく会話しているつもりだったのに欠伸が出た。

「ふぁ……っ、すみませんっ」
「いや、よく考えたら今朝トゥルヌソルに到着したって言ってたし、早朝から移動してたってことだもんな、疲れて当然だよ」
「そう言ってもらえると……ふっ……」

 あ、やばい。
 そう思った時にはまた欠伸が出てしまい、慌てて口元を手で覆い隠した。失礼なことをしてしまったと焦ったけど、クルトは「可愛いなぁ」と目元を和ませている。

「名残惜しいけど、今日はこれでお開きにしよっか」
「はい、そうしてもらえると……」

 転移前からの怒涛の展開を思えばそろそろ眠くなって当然だ。
 だから、助かります、と。
 そう伝えようとした、……その時だった。

「クルト⁈」

 唐突に彼を呼んだ切羽詰まった感じの男の声。
 振り返ると目の下の隈がひどく目立つ厳つい男が立っていた。
 誰、と。
 内心に呟くと同時にその人物がこちらを見て、目が合った――瞬間。

「っ⁈」

 ゾワッとした。

(何いまのっ、めっちゃゾワッとした気持ち悪い!!)

 眠気が吹っ飛ぶ不快感。

「お、ジェイじゃん。お疲れー」

 クルトが笑顔で挨拶。
 驚いた。

(この気持ち悪いのと知り合いなのか⁈)

 そんな心境など誰に気付かれる事もなく、ジェイと呼ばれた男はクルトに向き直って顔を歪めている。
 

「お疲れ、じゃねぇし……っ」

 視線が逸れた事で多少は気持ち悪さが収まったが、腕は鳥肌でぶつぶつしてるし背筋を這い上がってくるような嫌悪感はなくならない。
 初対面なのに、どうしてこんなにもこのジェイという男がイヤなのだろう。
 意味が判らなくて、でも視界に入れたくなくて下を向く。
 二人の会話は続いた。

「おまえ、借金、どした」
「へ? なんで知って……あぁあれだけ大騒ぎしたらそりゃねー。ってか聞いたんなら最後まで聞けよ、失くしたネームタグが無事に見つかったから精算出来たよ。貯金はすっからかんだけどな!」
「見つか……った?」
「うん。ほら」

 首から掛けているタグを、服から引っ張り出して見せるクルト。

「この子が見つけてくれたんだよ」
「っ」
「俺の恩人のレン君。しばらくこの街にいるから、見掛けた時に困ってたら助けてやってよ? レン君。こいつはジェイって言うんだ」
「……!」

 また目線が合う。
 表情は作ったけど、でも。

(いやいやいやいや絶対にお断りします近付かないで下さい無視して頂いて結構ですし何でこのダダ洩れの怒りに気付かないのさクルトさん!!)

 内心で焦る。
 逃げたい。
 しかしクルトがこの異変に気付いていないなら、せっかく紹介してくれているのに無視するわけにもいかない。

「こ、こんにちは……」
「おう……」

 よろしくしたくないから無難に挨拶をと思ったのだが、どうしよう。
 この男が、本当に、イヤだ。

「……クルトさん」
「ん?」
「たぶん疲れただけなんですけど、体が怠いので、俺はこれで失礼します」
「あっ、うん! いっぱい連れ回してごめんね!」
「いえ、案内してもらえて本当に助かったんです。ありがとうございます」
「そうだと俺も嬉しいけど……気遣えなくてごめん。また見掛けたら声掛けてもいい?」
「もちろんです」

 罪悪感なのか、辛そうな顔でそんな事を言ってくるクルトに、この人は良い人だなぁと改めて思う。

「じゃあ、また。失礼します」
「ん。気を付けてね!」

 ポン、と。
 頭を撫でられたのは今日だけで四度目。この世界の人はこういうスキンシップが当たり前なのか、それとも12歳の子ども相手なら当然なのかが判らないけど、気持ちが温かくなったのは確かだ。
 だから、困る。
 自分が立ち去ればあのジェイという男への不快感は薄れるかと思ったのに、クルトから離れるほどに焦燥が募る。
 頭の中で警鐘がガンガン鳴っている。
 こんなことは初めてで、どうしたら良いのか判らない。
 離れたい、帰りたい、しかしこの警鐘を無視したら絶対に後悔するという、予感。

「レン?」
「!」

 頭上から名前を呼ばれ、驚いて顔を上げると、クルトにネームタグを返した時に自分を肩に乗せてくれた獣人族ビーストの冒険者レイナルドがいた。

「おい、ひどい顔色だがどうした?」
「っ、あ……」

 言い掛けて、何を言えばいいのかも判らない事に気付く。
 どうしよう。
 どうしたら。

「……? 困っているなら相談にくらい乗るぞ」
「そ……その、俺……っ」

 言いたい。
 でも。

「あ、あの……っ、いま、クルトさんと一緒にいる人って……」
「クルトと?」

 レイナルドはギルド内をぐるりと見渡し、奥の食堂の方に座っているのを見つけたのだろう。

「ああジェイか。クルトのパーティメンバーだな」
「……!」

 それは、一緒に冒険する仲間という意味だ。
 あんな危険な人物に背中を預けて魔物と戦っているのか?

「そ……っ」

 でも、それは。
 言い換えれば今日初めて此処に来たばかりの子どもが何を言っても信用なんてされないということではないだろうか。
 パーティを組んでいるぐらいだ、信頼関係はとうに築かれているだろう。
 一緒に過ごした時間だって比ではない。
 ましてや自分が感じている嫌悪感や不安には何の根拠もないし、自分自身ですら意味が判らない。
 散々騒いでおいて、結局は全部が勘違いで何事も起きなかったら、どうする。
 いろんな人を巻き込んで。
 困らせて。
 不快にさせて。
 そういう感情は、後で謝られたからといってなくなるものではない。
 そんなことになってしまったら、あんなに親切にしてくれたクルトにだって愛想を尽かされてしまうだろう。
 会ったばかりの人たちの顔が浮かぶ。
 声を掛け、笑い掛け、お土産までくれた街の人たち。
 あの人たち皆に疎ましがられるくらいなら、何としてでも自分が、一人で――。

「レン」
「っ」
「主神の加護持ちは犯罪に巻き込まれるのを回避するために直感が鋭くなる場合があるそうだ」
「……え?」

 唐突な言葉に思考が追い付かない。
 いつの間にか俯いていた顔を上げると、真っ直ぐに此方を射抜くブルーグレイの瞳とかち合った。

「……ところで、さっきは関係ないと思ったから聞かなかったが、何処でクルトのネームタグを拾ったって?」
「――」

 その問い掛けに頭の中が真っ白になった。
 そう、だ。

(それだ!)

 あるはずがないのにネームタグだけが街の外にあった。
 そのせいでクルトは借金奴隷として売られるところだった。
 どうにでも悪用出来たはずのタグをあんな場所に放置したの目的は?
 
(リーデン様……っ、リーデン様リーデン様リーデン様!!)

 祈る。
 勇気をください。
 また誰かのためかって呆れられるかもしれないけれど、これはクルトが酷い目に遭うのはイヤだと思う、自分自身のためだから。

「レイナルドさんっ、俺の依頼、受けて貰えますかっ?」
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