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第1章 異世界に転移しました

10.事情

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「本当に助かった、ありがとう!」

 向かいのソファにララと並んで座ったクルトは開口一番にそう言って深々と頭を下げた。
 聞けば事の発端は今朝早く。
 彼が目を覚ました場所は全く馴染みのない超高級宿の、しかも超特別室――大人5人が寝転んでもまだ余裕がありそうな天蓋付きのベッドで上で、床には高級ワインの空き瓶がごろごろと転がっていたと言う。
 慌てて部屋を飛び出し、受付に確認したら「飲食代など追加料金込みで12,000ゴールドです」と言われたそうだ。
 感謝されて悪い気はしないけど、一泊12,000ゴールドって。

(1ゴールドは100円くらいってローズベリー様が言っていたから、日本円にしたら一泊で120万円?)

 どこかも判らない場所に、120万。
 正直に言って理解に苦しむし、そもそも記憶も怪しいような状態で訪れた客を泊める宿屋の方も問題な気がするのだが、この世界の常識が判っていないので言い難いし、聞き難い。
 少なくともタグが見つかった事できちんと清算して来られたなら彼にそのくらいの甲斐性があるのは間違いないのだろう。ネームタグに銀級と書いてあったことを思い出し、ギルドのランクについても後で勉強しておこうと決めた。

「帰り際、宿の人に「またのご利用お待ちしております」なんて言われちゃったよ。あれ絶対に皮肉だよねぇ」
「皮肉られても仕方のない状況ではありますが、一流を自称する宿の対応ではありませんね」

 しょぼくれたクルトに、ララの真面目なツッコミ。
 二人を見ていると此方の気も抜けてしまう。

「宿代って先払いじゃないんですね」

 なんとなく異世界の宿屋と言えば数日分前払いのイメージで、ぽろっと言ってしまってから「また失言か」と慌てたが、これは大丈夫だったらしい。

「冒険者や商人が使う宿は前払いが基本ですよ」
「そうそう。特に冒険者の中にはその日の稼ぎはその日の内に使い果たしてなんぼってヤツもいるからね」

 2人が順番に教えてくれる。
 おかげでまた一つ勉強になったが、このぽろっと疑問を零してしまうのはダメだ。気を付けよう。自分自身に内心で言い聞かせていると、クルトが大きなため息と一緒にがっくりと肩を落とす。

「今朝の宿はさ、ほんと、貴族が使うような高級宿なんだよ……まじで何であんなとこ泊ったんだよ俺ぇっていう……」

 彼自身が誰よりも納得も理解もし難かったが、自分がそこにいる以上は払う他なく、身分証紋で清算しようとしたところで初めて首からタグが消えている事に気付いたらしい。

「装備品は無事だったけど財布も消えちゃってるし、まるで昨日の分だけ記憶喪失になったみたいに何も思い出せないし……」

 焦ってパニックになりつつも、無事だった装備品を受け付けに預けて冒険者ギルドに駆け込んだらしい。
 ダンジョン産の彼の剣が、売れば30,000ゴールドの値打ちものだから出来た事だが、クルトは運命さえ感じている愛剣を手放す気などさらさらなく、30分で戻るから絶対に売るな預けるだけだと懇願したという。

「ほんと……っ、君が俺のタグを見つけて届けてくれたおかげで剣を取り戻せたし、借金奴隷にもならずに済んだ。ありがとう! 何度言っても言い足りないけど、本当に、ありがとう……!」
「俺は拾ったものを届けただけですから、あまり気にしないでください」
「そうはいかない! 君以外に拾われていたら幾らでも最悪の事態が想像出来るんだよ!」

 なるほど、やはり悪用も出来るらしい。
 どんな方法かは判らないけど、身分証紋の用途を考えればろくな事にならないのは想像出来る。右手を守るグローブに左手で触れ、神具『住居兼用移動車両』Ex.の中以外では絶対に外さないようにしようと改めて思った。

「というわけで、是非お礼をさせて欲しい!」
「お礼と言われても……」

 困る。
 実際に拾った物を届けただけだし、そもそも冒険者ギルドには自分が現金が欲しかったから寄る予定だったし、正直に言ってしまえば落とし物は「ついで」だ。
 感謝の言葉は気持ちよく受け取らせてもらうけれど、それ以上に求める事など何もない。
 むしろ早く宿を決めて「通販」で「ロテュス 虎の巻」を購入したい……。

「あ」
「なに?」
「あの、この街を案内してもらってもいいですか?」
「案内?」
「宿……、えっと、安全でおススメの宿、とか、教えてもらえると助かります」
「レンさんは今朝トゥルヌソルに到着されたばかりだそうです」
「! そっか、うんっ、そういうことならぜひ!」

 ララの補足に、クルトが笑顔で請け負ってくれた。

「俺はこの街を拠点に10年以上活動してるんだ、いろいろ知っているから任せて!」
「お願いします……え。10年以上? クルトさんってお幾つなんですか?」
「25だよ、なんで? 若く見えた?」
「落ち着きがないので同じくらいの年齢に見られたのでは?」
「それはないでしょ⁈」

 思ったより年上で驚いたが、ララとの遣り取りに笑ってしまう。

「20歳くらいかと思ってました」
「ほらっ、ちゃんと年上だと思われてますよ!」
「良かったですね」

 ララが呆れたように息を吐いた。

(……どうしてクルトさんのネームタグだけ街の外にあったのか、とか)

 気になる事はいくらでもあるが、子どもには聞かせられない事情もあるだろう。
 ララにも「行ってらっしゃいませ」と見送られ、それからすぐにクルトと一緒に冒険者ギルドを出ることになった。




 そうしてまず向かった先は、少し前にくぐったばかりの大きな門の前だった。
 クルト曰く「ここから案内した方が道を覚えやすい!」と。

「まず、この門を出て半日くらい歩くと港町ローザルゴーザに着くんだけど、そこはこのプラーントゥ大陸と他所の大陸との貿易の要でね。この門は商人がよく利用するから商門あきないもんって呼ばれているんだ。で、商門から真っ直ぐ商業ギルドまでのこの道を商通りあきないとおりって呼んでる」

 ん?
 小さな違和感というか、少し気になった程度ではあるのだが、まさか……と思う。
 しかしクルトが特にそれを意識しているつもりはなさそうなので、スキル言語理解が仕事をし過ぎなんだろうと納得することにした。
 飽きないもん、と、飽きない通り。
 語呂合わせで縁起担ぎというやつだろうか。
 覚え易いのは間違いない。

「商通りにはいろんな店がたくさんあるから、一つ一つ見て回ろうと思ったら二、三日じゃ絶対に足りないよ。どれくらい滞在する予定でいるの?」
「まだ決めていません。……その、旅に出たばかりで、世間の常識に疎い自覚があるので……一人でちゃんと旅が出来るって自信が持てるまでは此処にいるかもしれませんし……」

 この街が自分に合わないと思えば二、三日後にはいないかもしれない。
 だが、それを言葉にするより早く彼は満面の笑顔を近づけて来る。

「そうなのか! だとしたらトゥルヌソルに来たのは大正解だよ!」
「そ、そうですか?」
「うん! ここは交易の街と呼ばれているだけあって、無いものは無い、いない種族はいない、そしてダンジョンの豊富な街!」

 両腕を広げて誇らしげに語る彼を見ていると、本当にこの街の事が好きなんだと言う気持ちが伝わって来て、つられて笑顔になってしまう。

「プラーントゥ大陸は世界7大陸の中で一番小さいけど、他の6大陸に囲まれた中心地だからあらゆるものが集まる。それが理由で僧侶も頻繁に出入りするから、レンくんが悪質な勧誘に悩まされることは少ないと思うんだ」

 だが、続けられた言葉には思わず真顔になってしまう。

「……勧誘、ですか?」
「そうさ。魔法使いの中にもたまに「回復できます」ってアピールする子はいるけど、どうしたって僧侶の回復魔法には敵わないからね。ダンジョンじゃ魔物との戦闘が避けられない以上、僧侶がいるといないとじゃ成果が段違い。見つけたら仲間にしたくなる気持ちは判るだろ?」
「そう、ですね」
「だからレンくんも、他所に比べれば安全とはいえ、言葉巧みにその気にさせられて良くないチームに囲われる危険は常に考えておかなきゃダメだよ。警戒心は大事」
「でも正教会所属の僧侶は加護で犯罪に巻き込まれないって……」
「そうだけど、僧侶一人じゃ魔物と戦えないし、稼ぎたいって思ったら冒険者と組むしかないだろ? そこに表向きは良いヒト面したパーティが現れて守ってあげるよなんて言われたら、どうする?」
「……っ」

 理解した。
 考えもしなかった。 

(そういうことかー!)
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