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第四章 少女冒険者 嵐の前の恋と戦いと
第35話
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その後、トマスさんとアンナさんの家で朝食をもらった私たちは、トマスさんと一緒にノルデイッヒのギルドに入った。
「ゼップ、すまないが、ノルデイッヒのギルドメンバーにも話を聞いてもらっていいか? ことはこの地方全体に影響があると思ってるんだ」
「トマス。実はわしもそう思っていた。おまえさんも知ってのとおり、デリアはノルデイッヒの市民権を持っていたことがあるし、クルトはロスハイムの出身、ヨハンとパウラはオーベルタールの出身だし、カールはファスビンダーから来た。カトリナはカロッテ村の村長の娘だ」
「オールスターだな。そのためのパーティーメンバー選抜か?」
「それもあるが、こいつらはみんな将来有望だ。10年後の最強パーティーだ」
「そうか。ゼップがうらやましいよ。伊達に『ギルドの新しい波』と呼ばれてないな」
「いや、トマスのところだって有望なのはいる筈だ。事情が許さないのだろう。詳しく話してくれないか?」
「分かった」
トマスさんはちらりと私を見る。
「すまない。君には相当つらい話になってしまうと思う。だが、君のことは全く責めているつもりがない」
私は答えた。
「いえ、気にしないでください」
全く父も母も兄も何をやったのだろう。
「では、話を始める。ファーレンハイト商会はロスハイムではどのくらいのシェアを取っているんだ?」
トマスさんの問いにゼップさんが答える。
「4強の一角と言われているが、まあ、2割と言ったところだな」
「そうか。ノルデイッヒは町の規模が小さいこともあるが、ほぼファーレンハイト商会の独占状態だ」
「何? よく他の商人がそれを許したな」
「契約した傭兵を使い、かなり脅迫して、取引から手を引かせたようだ」
「警備隊はどうした?」
「そっちは『袖の下』だ。最初は、金に糸目をつけないやり方で骨抜きにされた。気付いた時にはもう警備隊はファーレンハイト商会の傭兵に手も足も出なくなっていた。もはや機能していない」
「そうなると…… ノルデイッヒ自体がファーレンハイト商会に私物化されてるってことか」
トマスさんは黙って頷いた。
私はもう我慢できなくなり、大声を出した。
「そんなのおかしいですよっ! そんなの『ファーレンハイト商会』じゃないっ!」
◇◇◇
「お嬢ちゃん……」
私の剣幕にトマスさんは思わず声をかけた。
「トマス。すまん」
ゼップさんがトマスさんに頭を下げた。
「強制された花嫁修業に反発して家を飛び出したとは言え、デリアはファーレンハイトの娘だ。ここは話させてもらえないか」
「あ、ああ」
トマスさんは頷いた。
私は一礼すると話し始めた。
「私はファーレンハイト家を花嫁修業の強要が嫌で飛び出しました。だけど、ファーレンハイト家の家訓は『共存共栄』です。私はこの言葉は今でも座右の銘にしています」
「……」
「亡くなったおじいちゃんもおばあちゃんも『利益を独り占めしていると伸びは止まる。領主とも警備隊ともギルドとも他の商家とも共に栄えて行くようにすることだ。そうすることでこの商会は安泰となる』。よくそう言ってたんです」
トマスさんは大きく息を吐いてから言った。
「その通りだよ。亡くなられた君のおばあさん、ベルタさんはそういう人だった。わしは今でも尊敬しとるよ」
「……」
「だが、ファーレンハイト商会は変わってしまった。ベルタさんが死の病に臥してから……」
私は最後におばあちゃんに最後に会った時のことを思い出していた。おばあちゃんはどんなに悲しい気持ちで人生最期の日々を送ったのだろう。
おばあちゃん。私の目からまた涙が流れ出した。
◇◇◇
ゼップさんはしばらく私のことを見守ってくれた後、トマスさんへの質問を再開した。
「それでその後、ノルデイッヒのギルドはどうなったんだ?」
「それがまた、ひでえもんだ」
トマスさんは溜息をついた。
「安く契約した傭兵がいるから、これからギルドは一切頼らないと一方的に言ってきやがって、仕事がなくなっちまった」
「いや、待てよ」
ゼップさんはさすがに疑問をもったようだ。
「独占状態の商会との取引がなくなるのは確かに大打撃だが、他にも公的なものから『討伐依頼』や一般のものからの『配達依頼』はあるんじゃないか?」
「いいや」
トマスさんは首を横に振った。
「公的なものは警備隊が骨抜きにされたようにもう機能していない。一般からの依頼はなくはないが、数としては知れている」
「そうか」
頷くゼップさんに、トマスさんは切り出した。
「ところで、ゼップ。頼みがある」
◇◇◇
「何だ?」
「オーベルタールの若い者を随分ロスハイムのギルドは受け入れているそうじゃないか?」
「まあな。娘のシモーネと娘婿のグスタフが送り込んで来るんだよ」
「ノルデイッヒの若いのも受け入れてほしい。もう請け負わせることが出来る仕事がいくらもないんだ」
「…… そこまで追い詰められているのか?」
「ああ。実はレベルが高い奴らはもうオーベルタールの警備隊員として受け入れてもらった。グスタフに無理を言ってな」
「おいおい。それじゃあ、ノルデイッヒのギルドは消えちまうじゃないか?」
◇◇◇
「ああ」
トマスさんは寂しそうに苦笑した。
「仕方ないんだ。食わせることが出来ないんだからな……」
「ゼップ、すまないが、ノルデイッヒのギルドメンバーにも話を聞いてもらっていいか? ことはこの地方全体に影響があると思ってるんだ」
「トマス。実はわしもそう思っていた。おまえさんも知ってのとおり、デリアはノルデイッヒの市民権を持っていたことがあるし、クルトはロスハイムの出身、ヨハンとパウラはオーベルタールの出身だし、カールはファスビンダーから来た。カトリナはカロッテ村の村長の娘だ」
「オールスターだな。そのためのパーティーメンバー選抜か?」
「それもあるが、こいつらはみんな将来有望だ。10年後の最強パーティーだ」
「そうか。ゼップがうらやましいよ。伊達に『ギルドの新しい波』と呼ばれてないな」
「いや、トマスのところだって有望なのはいる筈だ。事情が許さないのだろう。詳しく話してくれないか?」
「分かった」
トマスさんはちらりと私を見る。
「すまない。君には相当つらい話になってしまうと思う。だが、君のことは全く責めているつもりがない」
私は答えた。
「いえ、気にしないでください」
全く父も母も兄も何をやったのだろう。
「では、話を始める。ファーレンハイト商会はロスハイムではどのくらいのシェアを取っているんだ?」
トマスさんの問いにゼップさんが答える。
「4強の一角と言われているが、まあ、2割と言ったところだな」
「そうか。ノルデイッヒは町の規模が小さいこともあるが、ほぼファーレンハイト商会の独占状態だ」
「何? よく他の商人がそれを許したな」
「契約した傭兵を使い、かなり脅迫して、取引から手を引かせたようだ」
「警備隊はどうした?」
「そっちは『袖の下』だ。最初は、金に糸目をつけないやり方で骨抜きにされた。気付いた時にはもう警備隊はファーレンハイト商会の傭兵に手も足も出なくなっていた。もはや機能していない」
「そうなると…… ノルデイッヒ自体がファーレンハイト商会に私物化されてるってことか」
トマスさんは黙って頷いた。
私はもう我慢できなくなり、大声を出した。
「そんなのおかしいですよっ! そんなの『ファーレンハイト商会』じゃないっ!」
◇◇◇
「お嬢ちゃん……」
私の剣幕にトマスさんは思わず声をかけた。
「トマス。すまん」
ゼップさんがトマスさんに頭を下げた。
「強制された花嫁修業に反発して家を飛び出したとは言え、デリアはファーレンハイトの娘だ。ここは話させてもらえないか」
「あ、ああ」
トマスさんは頷いた。
私は一礼すると話し始めた。
「私はファーレンハイト家を花嫁修業の強要が嫌で飛び出しました。だけど、ファーレンハイト家の家訓は『共存共栄』です。私はこの言葉は今でも座右の銘にしています」
「……」
「亡くなったおじいちゃんもおばあちゃんも『利益を独り占めしていると伸びは止まる。領主とも警備隊ともギルドとも他の商家とも共に栄えて行くようにすることだ。そうすることでこの商会は安泰となる』。よくそう言ってたんです」
トマスさんは大きく息を吐いてから言った。
「その通りだよ。亡くなられた君のおばあさん、ベルタさんはそういう人だった。わしは今でも尊敬しとるよ」
「……」
「だが、ファーレンハイト商会は変わってしまった。ベルタさんが死の病に臥してから……」
私は最後におばあちゃんに最後に会った時のことを思い出していた。おばあちゃんはどんなに悲しい気持ちで人生最期の日々を送ったのだろう。
おばあちゃん。私の目からまた涙が流れ出した。
◇◇◇
ゼップさんはしばらく私のことを見守ってくれた後、トマスさんへの質問を再開した。
「それでその後、ノルデイッヒのギルドはどうなったんだ?」
「それがまた、ひでえもんだ」
トマスさんは溜息をついた。
「安く契約した傭兵がいるから、これからギルドは一切頼らないと一方的に言ってきやがって、仕事がなくなっちまった」
「いや、待てよ」
ゼップさんはさすがに疑問をもったようだ。
「独占状態の商会との取引がなくなるのは確かに大打撃だが、他にも公的なものから『討伐依頼』や一般のものからの『配達依頼』はあるんじゃないか?」
「いいや」
トマスさんは首を横に振った。
「公的なものは警備隊が骨抜きにされたようにもう機能していない。一般からの依頼はなくはないが、数としては知れている」
「そうか」
頷くゼップさんに、トマスさんは切り出した。
「ところで、ゼップ。頼みがある」
◇◇◇
「何だ?」
「オーベルタールの若い者を随分ロスハイムのギルドは受け入れているそうじゃないか?」
「まあな。娘のシモーネと娘婿のグスタフが送り込んで来るんだよ」
「ノルデイッヒの若いのも受け入れてほしい。もう請け負わせることが出来る仕事がいくらもないんだ」
「…… そこまで追い詰められているのか?」
「ああ。実はレベルが高い奴らはもうオーベルタールの警備隊員として受け入れてもらった。グスタフに無理を言ってな」
「おいおい。それじゃあ、ノルデイッヒのギルドは消えちまうじゃないか?」
◇◇◇
「ああ」
トマスさんは寂しそうに苦笑した。
「仕方ないんだ。食わせることが出来ないんだからな……」
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