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陸 本編 戦国石田三成異聞(肆)
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三成は思う。
今度は警戒を厳重にしている。これで木道が消えなかったら、あの古老に真相を白状させるとしよう。
◇◇◇
だが、真相はあっさりと判明した。
陽が沈み、気温が低下すると共に、木道はその自重で地面に沈み始めた。
「馬鹿なっ!」
三成の叫びも空しく、木道は沈下を止めない。
「誰かある。あの木道に縄を取り付け、沈下を止めろっ!」
だが、それは無駄な抵抗だった。縄を取り付けることにより、一時的に沈下は止まるが、沈みゆく力は止めようがなかった。
ついには木道に取り付けた縄を付近の樹木に縛り付けて止めようとしたが、樹木が折れてしまうという結果を招いただけだった。
「・・・・・・」
もはや、三成には発するべき言葉を持たなかった。
◇◇◇
「石田様」
見かねた氏勝が進み出た。
「前にも申し上げましたとおり、ここの城代南条因幡とは旧知の間柄、いくばくかの兵をお預けいただければ、必ず城を開かせてみせましょう」
「佐吉」
吉継も続けた。
「わしらが関白殿下(秀吉)から攻略を命じられているのは、この龍森だけではない、忍もそうだ。ここは左衛門大夫殿(氏勝)にお任せして、我らは、忍に向かおう」
ずっと下を向いていた三成だが、やがて意を決したように上を向くと、命令を発した。
「夜明けをもって、左衛門大夫殿(氏勝)の手勢以外は全て忍に転進する。各陣営にそう伝えよ」
家臣は放置されたままであった古老について問うた。
「この者はどうされます?」
「縄を解き、解き放て。罪なきことはよく分かったわ」
三成の軍の大半は忍に転進していった。
忍の城も城主の成田氏長が精鋭部隊と共に小田原に籠城してしまっていた。
城を守っているのは城主の従兄弟の成田長親。領民からとぼけた武将として、親しまれている男である。
だが、この時の三成はこの男の隠された将器について、知る由もなかったのである。
◇◇◇
解放された古老はやっとの思いで、家までたどりついた。
心配した家族が家の近くまで出迎えてくれていた。
「何とか戦にはならなくなった。安心するよう皆に伝えてくれ。それより、わしはもうくたくただ。悪いが一刻も早く眠らせてくれ」
家族は古老の言葉に従い、寝床を作り、眠らせた。
古老が熟睡した後、その体から白い影が立ち上がり、やがて、それは狐の姿になった。
白い狐は独り言ちた。
「あの石田三成なる若者。かなり賢いし、主君への忠誠心も見上げたものだ。だが、焦るあまり、人の気持ちを思い計れないところがある。それが命取りにならねばいいが・・・・・・」
「そして、次の相手は成田長親の守る忍か。また、厄介な相手を任されたものだ。今度は焦ることなくやれればいいのだが」
やがて、白い狐は中空に舞い上がり、稲荷の社へ向かい、飛んで行った。
「さすがに疲れた。少し休ませてもらおう」
◇◇◇
「小田原征伐」は豊臣方の勝利に終わった。
秀吉もご満悦であるし、諸将もみな笑顔である。
そんな中、三成は浮かぬ顔をしている。
龍森こそは、あの後、氏勝の尽力ですぐに無血開城したが、忍の攻略はついに小田原開城に間に合わなかったのである。
今に至るまで、その遺跡を残す大規模な「石田堤」を築いてまで展開した水攻めは、城代の成田長親の巧みな防衛戦術に翻弄され、功を奏さず、遂には忍が小田原開城までに落ちなかった唯一の城になるという不名誉を晒してしまったのである。
秀吉は三成の不手際を責めることはなかった。
だが、そのことが余計に「三成の戦下手」ぶりをより一層拡散する効果をもたらしてしまっていた。
◇◇◇
「戦も終わったし、どうだ、左大将殿(家康)。連れ小便をせぬか?」
秀吉は気さくに家康を誘った。
「ようございますな」
家康も快く応じた。
小田原城の後背に立つ石垣山から城に向かい、二人は連れだって立小便をした。
「関東の連れ小便だ」
「ははは。関白殿下(秀吉)。面白いことを申されますな」
「なあ、左大将殿(家康)」
秀吉は真顔に戻った。
「北条が亡くなりし、この関東の地、そなたが治めてくれぬか?」
「!」
家康は困惑した。先祖代々治めてきた東海の地を離れろというのか。家臣たちも猛反対するだろう。
だが、最早、秀吉に逆らえる者は、この日本にはいないことも分かっていた。
逆らえば、明日の我が運命は、今日の北条の運命である。
「分かり申した。この関東の地。もらい受けましょう」
秀吉は笑顔に戻った。
「そうか。引き受けてくださるか。かたじけない。だが、この小田原は関東の中では西に寄り過ぎている。もっと東に行ったところに江戸という交通の要所がある。そこを拠点にされるがよかろう」
「仰せのままに」
◇◇◇
(いけませぬ。関白殿下(秀吉)。それはいけませぬぞ)
秀吉と家康の会話を立ち聞きしていた三成は強い焦燥感を抱いた。
(駿府左大将(家康)は関白殿下(秀吉)亡き後、天下を狙う野心がある。だからこそ、国替えさせて力を削ごうと思われたのかもしれぬが、この関東は北条の治政が思いのほか良く、豊かで人心も落ち着いている。駿府左大将(家康)がもっと力をつけてしまう。関白殿下(秀吉)。国替えはおやめなされ)
その声は秀吉に届くことはなかった。
完
(後記)
「きつね」のことを「おとか」と呼ぶのは、関東北部でも、ごく限られた地域のようです。
語源としては、「きつね」→「お稲荷」→「お稲荷」→「おとか」であると言われています。
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