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伍 本編 戦国石田三成異聞(参)

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 「それにしても・・・・・・」
 吉継はまたしても考え込む。

 無条件にこの城を攻め落とせというのであれば、難しい話ではない。

 兵糧攻めをして、糧食が尽きるのを待てばよいのだ。土地の古老も「力攻めでは落ちない」と言っているが、「兵糧攻め」のことは何も言っていない。

 しかし・・・・・・それが許されない状況になりつつあった。

 秀吉が直々に包囲している小田原本城の開城がそう遠い日ではない・・・・・・

 そういった情報が入って来ている。

 更に秀吉から指示が来ている。
 「小田原本城が開城するまでに、他の拠点は全て攻略しておくように」

 焦っているのはここだけではない。鉢形はちがた河越かわごえ八王子はちおうじ・・・・・・ 未だ攻略出来ていない拠点を任された者はみな焦っている。

 「ただでさえ関白殿下に『武功を立てよ』と言われた佐吉に焦るなというのは無理がある・・・・・・」
 吉継は大きな溜息を吐いた。

 ◇◇◇

 「木道を設置する」
 
 陣中に居並ぶ将たちに、三成は話した。

 「要は地面の上を直接走ったり、歩いたりするから泥に足を取られるのだ。地面の上に木道を敷いてしまえば、その心配もなくなる」

 陣中はざわめいた。だが、多くの声は好意的だった。諸将とて、このままやられっぱなしは面白くないと思っている。

 多くの部隊は嬉々として木道を作り、城内からの弓矢や鉄砲の射撃の危険を顧みず、木道の設置作業に勤しんだ。

 かくて城の周囲はたった一日で数多くの木道で囲まれることになったのである。

 ◇◇◇

 「どうだ。紀之介。これなら勝てるぞ」
 三成は喜色満面で、吉継に語りかけた。

 「そうだな・・・・・・」
 吉継は頷いた。だが、何かが引っかかる。

 「ふふふ。紀之介。納得が行かぬという顔だな。おぬしがそう言うかと思い、例の古老を呼んであるわ。入れ」

 三成に促され、土地の古老は陣中に入った。

 (わしが佐吉を知っているように、佐吉もわしを知っているか・・・・・・ だが・・・・・・)
 吉継は土地の古老を注視した。

 「どうだ。この木道。ここばかりでなく、城全体を囲む形で取り付けてある。いかな守りに易き城とはいえ、これでは落ちようぞ」
 三成は得意満面の顔で、古老の顔を覗き込む。

 古老はまたもゆっくりと口を開いた。
 「これほどの木道をこの僅かな間に取り付けられるとは、さすがは石田様」

 その言葉に三成は満足そうに頷く。

 「されど、この城はおとかが縄張りし城。力攻めでは落ちますまい」

 ◇◇◇

 (・・・・・・ いかんっ!)
 次の瞬間、吉継は見た。三成の右手が佩刀の柄を掴むのを。

 「やめろっ! 佐吉っ! この老人を斬っても、土地の者の恨みを買うだけだっ! 龍森たつもりの城が落ちるか落ちぬか、明日になれば分かること。自信があるなら、この古老を解き放てっ」

 三成は右手を柄から離すと、大きく頷き、そして、続けた。
 「明日は貴様も龍森たつもりの城の落ちる様を目の当たりにすることになる。おかしなあやかしの狐伝説も、最早終わりとなる」

 古老は黙ったまま陣中を去った。

 ◇◇◇

 翌朝も好天のようだった。
 目が覚めた三成は総攻撃の下知を下すべく、陣幕の外へ出た。

 「とっ、殿」
 顔色を真っ青にした家臣が三成に駆け寄る。

 「なんだ。どうしたのだ?」

 「城の周りをご覧になってください」

 「!」
 三成は絶句した。

 昨日のうちに取り付けられた木道が全てその姿を消していたのである。

 三成はしばらく黙考した後に、家臣に命じた。
 「実施予定の総攻撃は中止と各陣営に申し伝えよ。そして、あの古老をもう一度、わしのところに引っ立ててこいっ!」

 ◇◇◇

 みたび、陣中に土地の古老は呼ばれた。

 但し、今回は三成の命により、縄をうたれている。

 「貴様。昨夜のうちに何をいたした?」
 三成は古老を詰問した。

 古老はやはりゆっくりと口を開いた。
 「何もしておりませぬ。ただ、自宅において、休んでおりました」

 「馬鹿を申せっ! ならなぜ、木道が僅か一晩でその姿を全て消すようなことが起きる?」

 「何度も申しますとおり、龍森たつもりの城はおとかが縄張りし城であるからでございます」

 三成はついに抜刀した。

 ◇◇◇

 「やめろっ! 佐吉っ! この老人を斬っても、この城は落ちぬっ!」
 吉継は再度制止したが、今度は三成は聞かなかった。

 「言えっ! 昨晩のうちに何をやった?言わぬと本当に斬るぞ」

 「何度問われましても、何もしておらぬものは申し上げようがない。この白髪首で石田様がご満足なさるなら、差し上げましょう。ただ、大谷様が言われるように、それでは城は落ちませぬ」

 三成は大きく深呼吸して、刀を鞘に納めると、古老に今度は小さい声で話した。
 「本当のことを語らぬなら、仕方あるまい。この辺りに住みし者は皆殺しだ」

 ◇◇◇

 信じられなかった。己が親友ともの言葉とは思えなかった。

 その衝撃の大きさに吉継は次の言葉が出てこなかった。

 そうこうしているうちに、古老は大きくかぶりを振った。
 「それはわしも本意ではない。仕方ないですな。わしが何もしていないことを今夜示して見せましょう」

 ◇◇◇

 古老の提案はこうだった。
 「二本だけ昨日同様、木道を取り付ける。そして、古老を捕らえたまま、その木道がどうなるか、一晩中観察する。そのことで木道が消えた真相が分かる。もし、木道が消えなかったら、それは何者かの仕業だったとういうことになる」

   
 



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