魅了の王太子殿下

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魅了の王太子殿下

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「レイチェル・ハイネス公爵令嬢!今をもって貴様との婚約を破棄し、国外追放とする!」

マディアス王国、パトリック王太子は卒業パーティーが盛り上がる最中、壇上から叫ぶように宣言した。
パトリックは金髪碧眼の絵に書いたような王子の風貌。そのパトリックの横には小動物のように震える小柄な女の子がいた。桃色の髪に翠の瞳。守ってあげたくなるような可憐な少女はパトリックにピッタリと寄り添っている。

「恐れながら王太子殿下。理由をお聞かせ頂いても?」

パトリックと向かい合い、扇子で口元を隠すように一歩前へ歩み出たのはレイチェル・ハイネス公爵令嬢だ。
紫の髪に隻眼の美しい少女は才色兼備と言われ、中でも魔法の腕は国内一なのではと噂される程の完璧令嬢だった。

「皆まで言わないとわからないとは。貴様はマリーに日々嫌がらせをし排除しようとしていただろう!私とマリーが愛し合っているからと嫉妬したのだろうが、見苦しいにも程がある!」

パトリックの言い分はこうだ。
マリーというパトリックに寄り添う少女をレイチェルが虐め、罵倒し、暴力まで受けたというのだ。
そしてパトリックの傍から離れるように仕向けたと。
しかしそれは冤罪である。マリーがパトリックを手に入れるために自作自演でレイチェルを嵌めたのだ。
そんな冤罪を着させられているレイチェルの表情はピクリとも動かない。

「王太子殿下、わたくしは誓ってそんなことはしておりません。ですが婚約破棄も国外追放も謹んでお受けいたします」

レイチェルはこれぞお手本と言われるカーテシーをし、その場を後にしようとした。
突然の婚約破棄に騒がしかった会場はレイチェルの引き際に驚き、シーンとなる。

「待て!マリーに謝ることはしないのか!」
「そうですよ!謝ってくれれば国外追放は無しにしてもらえるように頼んであげます!」

去っていくレイチェルの背にパトリックとマリーの怒号が飛ぶ。レイチェルはゆっくり振り向き、今まで変えたなかった表情を崩しにっこりと笑った。

「わたくし国外追放が嬉しいんですの。ですのでこのままで結構ですわ。どこかの地でお二人の幸せを祈っていますわ」

ではご機嫌よう、ともう一度カーテシーをしレイチェルは去った。
普段笑わないレイチェルの笑顔は大層美しく、その場にいた令息令嬢は暫く見惚れて動けない程だった。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


卒業パーティーが終わり、パトリックは国王に呼び出されていた。

「パトリック、なぜ国外追放にしたのだ」
「お言葉ですが陛下。レイチェルは罪人です。マリーを階段から突き落としたのですから」
「確たる証拠はあるのか?」
「目撃者が多数おります。言い逃れはできないかと」

ふぅむ・・・と王は唸り眉間に皺を寄せながら難しい顔をした。
レイチェルは凄腕の魔法使い。王家に取り入れたかったのだが、殺人未遂ではそれもご破算。しかし国外追放にして他国にその力が渡ってしまうことを恐れていた。

「レイチェル嬢を探し出して連れ戻す。すぐに捜索せよ」

ハッと返事をし王の執務室から出て行く王の側近たち。父親の言葉に驚きの表情を隠せないパトリックは焦り王に詰め寄った。

「父上!なぜ危険人物を連れ戻すのですか!」
「婚約破棄とマリー嬢の婚約は認めてやる。だがレイチェル嬢の追放は許せん。他国へあの力が渡ることの方が危険だ」
「そんな!レイチェルがこの国にいたらまたマリーに何かするかもしれません!」
「お主の危惧もわからなくはない。しかしこれだけは譲れんのだ」
「・・・・・・でしたらマリーには万全な警護をお願いしたい」
「うむ。元々そうするつもりだ。おい、アンディを呼べ」

王は近衛にそう言い、アンディーー魔法省トップを呼びつけた。アンディを待っている間、王は新たな婚約者をマリーとする手続きを進めその契約書をマリーの屋敷へと従者に届けさせた。


「お呼びとお聞きしまして」

黒いローブを被っていたアンディはフードを外し、頭を下げた。

「うむ。パトリックの新たな婚約者、マリーの警護をそなたに頼みたい」
「警護でございますか?」
「そうだ。レイチェルがマリーに危害を加える可能性がある。未来の王太子妃だ。怪我一つ負わせたくない」
「レイチェル嬢が危害・・・でございますか?」
「アンディは知らないだろうが、レイチェルは学園でマリーに様々な危害を加えた。これ以上マリーの負担になるようなことはしたくないんだ」
「パトリックの言う通りだ。レイチェル嬢の魔法に対抗できるのはアンディ、そなたしかおらぬ。故に力を貸してほしい」
「はぁ・・・畏まりました。では早速警護をする上での人選、配置等を検討させて頂きます」
「頼んだ」

話し合いは終わり、アンディは執務室を出ようと扉に向かう。兵士が扉を開け、そのまま立ち去るかと思った時振り向きざまに言った。

「あぁ言い忘れてました。王太子殿下に魅了の魔法がかかっていますがよろしいのでしょうか?」


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「あ~やっと終わったぁ」

魔法馬車の中で靴を脱ぎ、両腕両足を伸ばし「う~ん」と唸る令嬢は先程の完璧令嬢と同一人物とはとても思えない。

「こらレイチェル、はしたないぞ」

苦言を呈しているはずなのにどこか幸せそうな顔をしている男ーー隣国の王太子、リオネルだ。
リオネルはレイチェルより一つ上の年齢で、銀髪碧眼と一見冷たそうに見える風貌だが誰もよりも優しく公明正大な人格は国民に大変な人気であった。

「いいのよ。私もう公爵令嬢じゃないもの。それよりもうレイチェルなんて呼ばないで」
「・・・さくら。お疲れ様」
「うん。・・・祐介もありがとう」

見つけ合い、ぎゅっと抱きしめる。
二人には前世の記憶があった。
日本で生まれ、家がお隣同士の幼馴染だった。
二人は自然に惹かれあい、将来を約束した仲になったがそれは叶わなかった。
さくらは大物政治家の娘、祐介は一般家庭の息子だったからだ。さくらの父親は二人を認めず、さくらは泣く泣く由緒ある旧家へと嫁ぎ祐介は一生独身を通した。

生まれ変わった時お互いはお互いを探した。
必ずいるはずだと信じ何年も様々な手を使いお互いを求め続けた。
そして諦めかけていた時、二人は運命の再会を果たす。
王太子と隣国王太子の婚約者として。

二人は運命を呪い、一緒に死のうとまでしたがそんな二人を説得した人物がいる。
ーーレイチェルの師匠でもあるアンディだ。
二人が地位を捨て、この先二人だけで生きていくという覚悟があるならと今回の作戦を考えてくれたのだ。
さくらと祐介はお互いがいれば何もいらない。一二もなく頷いた。

禁忌である魅了魔法をパトリックにかけたのは祐介。学園に短期入学として潜り込み、王太子同士一緒にいる時間が長い分容易いことだった。マリーを選んだのはマリー自身が王太子妃の地位を狙っていたからだ。
そしてさくらは得意の具現化魔法でリオネルの死体を用意した。今頃隣国では大騒ぎになっているだろう。

王族と高位貴族としての義務を放棄していることはわかっている。しかしどうしても、二人は離れることは選べなかった。今世こそ二人で静かに幸せになりたかった。

パトリックにかけた魅了を解くか解かないかはアンディに一任してある。解かない方がパトリックにとっては幸せだろう。

走り続けていた魔法馬車が止まり、二人は人気のない場所に降り立った。木や花々がたくさん生い茂り、鳥たちの声が聞こえる。歩みを進めると小さな家が見えてきた。二人の新居だ。

「わー!素敵だね!祐介!」
「うん。アンディさんに感謝しなくちゃ」
「アンディさんたまには来てくれるかなぁ?」
「これから更に忙しくなるだろうから暫くは無理かもね」
「だよね・・・でも祐介がいるからいっか!」

さくらは満開の笑顔で祐介を仰ぎ見た。

ーー僕を魅了して止まないさくら。二度と君を手放したりしない。


二人はひっそりと静かに・・・しかし幸せな生活を送り、新たな命にも恵まれ仲睦まじく暮らしたという。
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