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本編
警告と誘拐
しおりを挟む万里くんの家でご馳走になった日から二日経ち、今日も私はキェロ ベルテに出勤していた。
癒しの空間で働ける幸せを噛み締めていた時、その人は突然訪れた。
「ごきげんよう、神崎さん」
「い、いらっしゃいませ。咲月さん・・・」
万里くんの従兄妹の咲月さんがなぜこの場所を知っているのかという疑問と、態々ここまで来たという事は何か話があるのだろう。
良い話でない事は私にも十分わかっていた。
「この後お時間あるらしら?」
「えぇっとそうですね・・・十四時から休憩なので、その時なら・・・」
「そう。ではその時間まで待たせて貰いますね」
今はまだ十一時。それまで店に居座るつもりなのかと言いたい所だが、相手はお客さん。強く言えないから仕方なく頷いた。
「おや?また百合亜ちゃんのお友達かい?」
私と咲月さんのやり取りを見ていたらしいマスターが、心配そうに私を見やる。
どうやら私の表情は思ったよりいいものではないらしい。
「この間来た男の子の従兄妹の人です。友達・・・というよりただの顔見知りみたいな感じです」
「そっか。何かあったらすぐに言うんだよ?」
「はい、ありがとうございます」
それから休憩に入る時間まで、咲月さんの視線をビシバシと感じながら仕事を続けた。
「はぁ・・・今日はほんっと疲れるなぁ」
休憩になり、マスターに許可を貰って店の外に出る。何かあったらすぐに連絡できるようにとスマホは持ったかと念入りに確認された。
裏口から出るとすぐ近くに咲月さんはいた。
私に気付いた咲月はぺこりと頭を下げる。
「お仕事中にごめんなさいね。どこかお店に入ります?」
「いえ、あまりゆっくり出来ないですし・・・お話はここで伺っていいですか?」
実際に休憩は長くない。早くランチも食べて仕事に戻らなければいけないのだから。
「そう。・・・貴女、以前私が言ったことちゃんと覚えています?」
「え、はい。映画館の時の事ですよね」
「そうよ。覚えているのに万里に近付いているの?」
「近付いているなんて、そんな・・・」
「でも皇家で夕飯をご一緒したのよね?」
なぜその事を知っているのか、と顔に出ていたのだろう。咲月さんはふぅと溜息を吐きながら言った。
「叔母様から伺ったのよ。万里が可愛いお嬢さんを連れてきたって。詳しく聞いたら貴女だって言うじゃない。だから私の言った事、理解していないと思って今日はここまで来たの」
「あの、それは・・・」
「貴女にはもっとハッキリ言わないとわからないようだから言いますけどね、万里のご両親がどう言ったかは知らないけれど、私と万里を結婚させたがっているのは私と万里のお祖父様なの」
咲月さんは真剣な顔で私を見つめ、まるで異議は認めないと言わんばかりに言葉を繋ぐ。
「皇家の最終決定権はお祖父様。これは万里のご両親にも覆せない事実なの。貴女がいくら万里の事を好きだと言っても無理なものは無理。いいこと?今ならまだ引き返せるわ。傷つかないうちに身を引きなさい」
「・・・・・・・・・」
私は別に万里くんの事は好きじゃない、となぜ言えないのか。
咲月さんは勘違いをしていると言いたいのに、身体が鉛のように固まって動かない。
「話はそれだけよ・・・。貴女なら理解してくれると思っているわ」
そう言い残し、咲月さんは停めていた車に乗り込み去っていった。
残された私はその場から動けず、咲月さんに言われた事を頭で繰り返しているだけだった。
万里くんは何度も結婚したい、私以外と結婚するつもりはないと言ってくれていたけど・・・
咲月さんの話が本当ならいくら万里くんがそれを求めても、叶わぬ夢なのだろう。
私はその後の仕事に身が入らず、マスターを大いに心配させてしまった。
申し訳ないと思うのに咲月さんの言葉が頭から離れない。
暗い気持ちのままキェロ ベルテを後にしトボトボと帰路の道を歩いていた。
もうすぐ住宅街に入るという時に、知らない人から声を掛けられた。
「すみません、道をお聞きしたいんですが・・・」
下を向いていた私はその人の存在に気づかず、咄嗟に足を止めてしまう。
「え、はーーー!!?」
口を何かで塞がれたと思ったら、後ろに回り込まれ身体を腕で拘束される。
やばいと思った時には遅かった。
意識が朦朧として足に力が入らない。
万里・・・くんーー
薄れゆく意識の中、私は万里くんに助けを求めていた。
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