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本編
キスの場所
しおりを挟む「ちょっと!どういう事!?」
「どういう事も何も、言葉通りだけど?」
皇くんのお母さんが去った後の客間で、私は怒鳴り散らしていた。
だって、結婚なんて!
私たち付き合ってもいないし、何より私は皇くんに何もしてあげられない。
「私が!いつ!結婚するって言いました!?」
「俺は母さんにリリィちゃんとしか結婚したくないって伝えただけだよ。リリィちゃんも了承してるとは言ってない」
「そうだけど・・・ってそうじゃなくて!」
あんな言い方したら誤解されるに決まっている。すぐに誤解を解かなければと考えていると、皇くんの腕の力が強まった。
「ひゃ?!」
僅かな隙間があったはずなのに、そのせいで必然的に隙間はゼロになり皇くんの顔が私の横になる。
「だって・・・こうでもしないとリリィちゃんは向き合ってもくれないでしょ?どうせ俺には他に良い人がいる、とか思って・・・」
「・・・・・・」
耳元で話す皇くんの声色はどこか悲しさを含んでいるような気がした。
「俺が好きなのは、結婚したいのはリリィちゃんだけだよ。お願いだから皇家の俺じゃなくて、個人としての皇 万里を見て欲しいんだ」
両腕を私の肩に置き直し、少し距離ができる。それが少し淋しいと思ってしまうなんてーー
「・・・・・・わかった」
小さく頷いた私を見た皇くんはひと目でわかるほど嬉しそうに笑った。
「約束だよ?・・・・・・・・・次はないからね」
「え?」
最後は何を言っているのかよく聞こえなくて聞き直そうと上を見上げると、すぐそこには皇くんの顔があった。
「?!!」
思わず目を瞑るとチュッと音を立てて耳に柔らかい何かが触れ、身体がビクン!と反応した。
「可愛い・・・」
「ちょちょちょ!ちょっと!急に何するの!」
熱い耳を手で抑え、訴えるが皇くんは蕩けるような顔をしてご満悦だった。
「知ってる?リリィちゃん。耳へのキスはね・・・」
そう言ってまた耳元へ顔を近付けると、息を吹きかけるように呟いた。
「“誘惑”なんだよ」
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
「へぇ百合亜ちゃんは英米文学を学んでいるんだね」
「は、はい。昔から海外に興味があって・・・」
「聞いた話だとTOEICも700以上あるんだって?十八歳でそれだけあるなら将来有望だなぁ」
はははと笑うのは皇くんのお父さんの千万さんだ。
あの後帰ろうとした私を皇くんはなかなか離してくれなくて、結局夕飯をご馳走になっている。
お金持ちの夕飯なんてフレンチのフルコースでも出てくるのかとビクビクしていたけど、意外にも和食中心の普通の夕飯だった。
ただみんな所作が綺麗で育った環境の違いを感じさせる。
千万さんも菫さんと同様にとても若く見える。整った顔立ちはワイルド系で皇くんとはまた違ったイケメンだった。
皇くんはきっとお母さん似なのだろう。
そんな和気藹々な中、一人不機嫌そうな弟の万純くんは不躾に私へ声をかけた。
「で?兄貴のどこがいいわけ?」
「え?」
万純くんは今高校二年生らしい。
まだ少し幼さを残すその顔は、千万さんとよく似ている。
「だから、顔?それともうちが目当て?」
あまりにも明け透けな物言いに私はギョッとしてしまった。
「おい万純。失礼な事を言うんじゃない」
すぐさま千万さんが咎めるが、万純くんは横目でチラリと見やっただけで言葉を続けた。
「あのさ、どうやって兄貴を誑かしたかは知らないけど、財産目当てなら他所を当たって欲しいんだよね。うちの両親は甘いから何も言わないけど、兄貴は皇グループの次期社長なわけ。変な虫がついたら困るんだよ」
「わ・・・私はそんなつもりは・・・」
「はぁ。しおらしい演技でもしてんの?俺は騙されないから」
どうやら万純くんは私を財産目当てで皇くんに近付いた女だと決めつけているらしい。
口を挟む隙もなく言われ続け、ついしゅんとなってしまった時ガシャン!と食器が当たる音がした。
びっくりし、音の方に顔を向けると無表情の皇くんがいた。
「おい、万純。お前さっきから何勝手なこと言ってんだ」
その表情と声色はとても冷たく、万純くんも驚きを隠せないようだった。
「だって兄貴・・・こんな女なんてどうせ・・・」
「リリィちゃんを“こんな女”呼ばわりするな。いくらお前でもこれ以上リリィちゃんを貶すなら容赦しないからな」
青ざめた万純くんをよそに皇くんは私の手を取り「送っていくから」と言って、部屋を出ようとした。
「え、あ、ご馳走様でした!」
慌てて皆さんに頭を下げ一言告げると足早に車へと向かわされた。
「さっきは万純がごめんね」
私の両手を掴み顔を近付けてくる皇くん。先ほどの怒りはもう収まったようだけど、距離が近すぎる。
「う、うん。大丈夫。きっとお兄さんの事心配してるからこそだよ」
「それでもリリィちゃんを悪く言うなんて許せないよ。帰ったらしっかり仕返ししておくからね」
車の中の広さは十分なのに、いつも皇くんはこうして近付いてくる。心臓に悪いからやめて欲しい。
「いいよ。万純くんだって悪気があったわけじゃないだろうし」
「・・・ねぇ名前なんで?」
「ん?」
「俺は“皇くん”なのになんで弟は“万純くん”なの?おかしくない?」
「あ・・・でも万純くんも皇くんだし・・・」
「それなら俺も名前で呼んでよ。ね?」
言いながら更に顔を近付けてくる皇くんに、私は急いで返事をした。
「わ、わかった!わかったから!万里くん!」
そう言うと笑顔を綻ばせた万里くんは私の首にチュッとキスを落とした。
「なっ!!」
「あ~可愛い・・・帰したくないなぁ・・・」
「か、か、帰りますから!絶対!」
呟いた言葉に身の危険を感じた私はつい叫んでしまっていた。
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