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最終話
しおりを挟む突然の婚約白紙からマルセルの廃嫡、スミット領への旅立ちまで濃厚な数ヶ月。アンドレはーーまだこの国にいた。
「そろそろ返事をもらえない?」
ここは侯爵家の中庭。もう隣国へと帰らなければいけないアンドレは、サーシャに求婚の返事をもらいに訪問していた。
「えぇっと・・・アンドレ殿下はいつお帰りに?」
「予定では明日。だからできれば今日中に返事してもらいたいんだけど」
サーシャは両手を膝の上で強く握りしめる。
一つ息を吐き、アンドレに向き合った。
「アンドレ殿下、殿下の申し出大変光栄でございます」
「うん」
「一つお聞きしたいのですが、我が家に婿に入っていただくとなると隣国へは早々お帰りになれません。本当にそれでよろしいのでしょうか?」
「勿論。というか、俺は国に未練はないしずっと好きだったサーシャ嬢の隣にいられるなら平民でもいいよ」
にこにこと答えるアンドレ。
平民でもという発言にレイルは睨みを利かせるが、何処吹く風だ。
「ずっと・・・?」
「あぁ言ってなかったっけ。俺、片思い歴結構長いんだよね。なんせ一目惚れだったから」
「因みに私はサーシャ嬢のことを初恋の君と呼んでおります」
「レイル!」
「一目惚れ?初恋・・・?」
サーシャは顔を真っ赤にし目を白黒させている。
アンドレも照れくさそうに顔を横に向け、頬を人差し指でかいた。
「あ~サーシャ嬢は覚えていないだろうが、昔城下町で会ったことがあってね。その時一目惚れをした」
顔を向き直し、真っ直ぐサーシャを見つめる。
「その後再び会えたと思ったら、マルセル殿の婚約者と紹介された時の衝撃は今でも覚えてるよ。だけどずっと忘れられなかった。だから婚約が白紙に戻ったと聞いた時、動かずにはいられなかったんだ。俺の人生はサーシャ嬢が占めていると言っても過言じゃない」
そう言ってアンドレは胸のポケットからハンカチを出した。
「このハンカチがあったから俺はずっと頑張ってこれた」
大切そうにハンカチを撫でるアンドレ。
兎が刺繍されているハンカチに目を落としたサーシャは目を見開く。
「もしかして・・・飴玉の男の子・・・?」
パッと顔を上げたアンドレとサーシャの視線が交差する。
「覚えているの・・・?」
「え、えぇ。家族と使用人以外で初めて刺繍を褒めてくれた人だったから嬉しくて」
照れたようなに笑うサーシャにアンドレは想いが込み上げてくる。
そっとサーシャの手を握り、アンドレは言った。
「サーシャ嬢、もう一度言わせて欲しい。ずっと貴女だけが好きでした。俺と・・・結婚して下さい」
サーシャも握られた手を握り返し、こくりと頷いた。
「はい・・・わたくしで良ければ・・・」
「や・・・」
「や?」
「やったぁぁぁぁぁ!!!」
突然立ち上がり両腕を空高く上げ、叫ぶアンドレ。
その声と行動に驚きポカンとするサーシャ。
そんな二人を見てレイルは出ていない涙をハンカチで拭う。
「おめでとうございます、殿下。ようございましたね」
「やったぞ!レイル!!俺は今最っ高に幸せだ!!」
身体いっぱいで喜ぶアンドレに呆然としていたサーシャも自然と笑みがこぼれた。
「早速父上に使いを出せ!サーシャ嬢!いやサーシャ!いつ式を上げる?俺はいつでもいいぞ!」
「ま、待ってください殿下。まだ正式な婚約も結んでいないんですよ」
「そんなもの待っていられない!そうだ、もう婚約をすっ飛ばして結婚しよう!」
サーシャはタジタジになりながら、アンドレの暴走を止めにかかる。
「馬鹿殿下、落ち着きなさい。婚約が先に決まっているでしょう。そして貴方は明日帰国するのです。さっさと手続きを進めますよ」
レイルはアンドレの首を引っ張り椅子に座らせる。
サーシャは赤い顔をコクコクと何度も振り、レイルの発言に同意しているようだった。
「チッ。これだから王貴族はめんどくさいんだ」
眉間に皺を寄せ下唇を出すアンドレはどこか可愛らしかった。
「ふふっアンドレ殿下、これからよろしくお願いいたします」
「サーシャ、俺のことは呼び捨てでいい。いや呼び捨てで呼んでくれ」
再び手を握ろうとしたアンドレ。しかし思いもよらない声が掛かった。
「いや駄目でしょう。まだ婚約も結んでいない赤の他人なんですから」
皆の視線が声の人物へと向かう。その人物はーーリチャードだった。リチャードはにこりと笑い頭を下げ、サーシャに顔を向けた。
「こんにちは、サーシャ嬢。婚約を結ぶのは少々拙速過ぎるのでは?」
これに反応したのはアンドレだった。
「ほう?リチャード殿は私では不服のようだ」
「不服なんて畏れ多い。私はサーシャ嬢に熟慮するべきではと助言をしている迄です」
二人には見えない火花がパチパチと散っているように見える。
「へぇ。赤の他人であるリチャード殿が助言とは、随分親切なのですね」
「いえ、お互い様ではないでしょうか?」
二人のやり取りにオロオロするサーシャと静観するレイル。
「これは・・・面白いことになってますね」
「もうっレイル様止めてください!」
「アンドレ殿下は国に帰られるとお聞きしました。どうぞサーシャ嬢のことは私にお任せを」
「いやいや、婚約者探しをしなければならないリチャード殿にそんな重責は負わせられないよ」
このやり取りは暫く続いた。
この後国に帰りたがらないアンドレともうひと悶着あったが無事婚約を結ぶ。
そしてサーシャは両親と共に領地のために尽力し、女侯爵としての地位を着実に確立していった。
しかし諦め切れないリチャードとアンドレの戦いはサーシャの結婚まで続いたというーー。
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