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[21]ミッション⑤コンプリート?

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「本命がおりながら、他の男を侍らせる気持ちはどうだ?」

 夜、私室で。死神は言った。
 足を組んで椅子に座る彼の前で、私はせわしなく歩き回りながら、彼を無言で睨んだ。

「気分がいいだろう? 王子の気持ちがわかったんじゃないか? 本命がおりながら、他のを侍らせる。……この場合の本命はお前か、ルルか、どちらだと思う?」

 ずらしたお面から覗く赤い唇がニヤニヤと笑む。彼のお面は今やフードではなく、黒髪で縁取られている。

「……最低の、気分よ」

「なぜ?」

「わかるでしょ」

「なぁ、おい、何をそんなに苛ついてるんだ?」

「苛ついてるですって?」

 指摘され、はたと気づく。そう、私は苛ついている。

「私、楽しかったの。最初はキッド様への罪悪感とか、アレクへの想いとか、心はごちゃ混ぜだったのに、最後にはそんなことも忘れて純粋にデートを楽しんでた。ああ……!」

キッド様・・・・ね」

 からかい口調にうんざりして、天を仰いだ。

「あんなに尽くされたのは初めてだったわ。まるで幼児を相手にするように、一挙手一投足全てに注意が払われるの。皆あれが普通なの?」

「好きな子には尽くすものだ」

「だったら、きっとアレクは私を好きじゃなかったのね」

「そんなことはないさ」

 軽い調子の死神が、また気に触る。

「──キッド様は良い方だわ。真面目で、誠実。彼となら、きっと穏やかで幸せな人生の最後を迎えられるでしょうね。結婚して、子どもにも恵まれて、それでもお互いへの尊敬の念は忘れずに尊重し合う。笑顔で、貴方でよかったと、死に際に微笑めそうだわ」

「呆れたな。王子にフラれたばかりで、よく知りもしない相手とそこまで未来を描けるとは」

「そうよ。描いたわ。可笑しい? だって──」

「ああ、まったくもって可笑しいね。お前の目的は何だよ。王子の心を取り戻すことだろう? だというのに他の男との未来を描きだすとは……はん、王子への気持ちはその程度か」

 その通りのド正論。心がズキリと痛んだ。泣きそうになる。

「だって、キッド様に『妻になってくれ』みたいなことを言われたから、つい。私だって──」 

「おい、待て。もう求婚されたのか? いつ?」

「……えっと、仮面舞踏会の帰り、馬車の中で……」

「マジかよ。聞いてないぞ!」

「……言ってなかったかしら」

 故意に言わなかったのだ。どうせからかわれるだけだと思って。バツが悪くて視線が泳ぐ。

「帰ったら、貴方はいなかったし。言うタイミングがなかったのかも」

「言い訳だな。言おうと思えばいつでも言えた。──ハァ、まったく」

 死神は立ち上がり、頭を乱暴に掻いた。
 コツコツと、彼の靴の音が響く。盛大なため息も。

「──ねぇ、怒ってるの?」

「怒ってるか、だと? 怒ってないさ。怒る理由がない。──そうだ。怒る理由は何も無いんだ」

 一人、ブツブツと何事か呟く死神を、困惑して見つめる。やがて納得したというように、うんうんと頷く。

「いいんじゃないか? あんな最低な王子なんてやめて、伯爵に乗り換えれば」

 信じられない気持ちで死神を見る。そんな、あっさりと。

「俺はお前が幸せになれば、それでいい。相手が王子だろうと、伯爵だろうと」

「ビクター……」

 一瞬、死神が"美味しい魂"のためなんかじゃなく、心から私の幸せを願ってくれているように感じて、ほんわりと心が温かくなった。

「あ、カーライル子爵家の、なんと言ったか、麻色の髪の男ともいい感じだったよな。あいつでもいいんじゃないか?」

「ビクター!」
 今度は怒りを滲ませて叫ぶ。

 ……やっぱり、違ったわね。死神はただ、私を幸せの絶頂に導き"美味しい魂"を得ることが目的で、そこに至る過程はどうでもいいだけだ。
 
「他にもこんなに誘いが来てる」

 死神はローブから大量の封筒を取り出した。色とりどりの封筒が床に散らばる。フィオリア様へ、フィオリア様へ、フィオリア様へ───

「なにこれ、私、こんな手紙、知らないわ」

「どれもラブレターだ。先日の仮面舞踏会がいい仕事をしたようだ。いいなぁ、選り取り見取りだぜ?」

「嘘でしょ……こんなに、たくさん……」

 呆然と立ち尽くす私の両肩に手を起き、目を合わせるようにして──実際はお面の目と目が合うのだけど──死神は言った。

「よく聞け。王子に婚約破棄されたくらいじゃあ、お前の価値はこれっぽっちも落ちやしないんだ」

「でも、」

「でもじゃない。これが事実だ。むしろ、健気なお前の噂を聞いて、評判は上昇傾向にあると言える。元が公爵令嬢なんだ。膨れ上がったお前の価値は膨大なものになっている」

 死神に言われたとおり、動いてきただけだった。それだけで、置かれた立場がこうも変わったというの……?
 私は、確かに傷物の、将来は変態貴族の妾になるしかないような、無価値な令嬢だったはず。

「いいか? お前はな、王子がいなくとも、ルルを殺さなくても、自殺しなくても───幸せになれるんだよ」

 その声は、あまりに切なく、懇願するような響きを持っていた。 

 ねぇ、どうして貴方が辛そうなの?
 
 私はふっと、視線をそらした。

「そうね。そして、私はすぐに死ぬのよね」

 死神はぐっと喉を鳴らし、押黙る。

「貴方はいいわよね。私が幸せになれば、美味しい魂を狩り取れるものね。とっても利己的で、素敵ね」

 まだ、黙ってるの?

「すぐに死ぬのに、他の人と新しい人生を切り開いても、虚しいだけだわ」

 ねぇ、お面の下で、どんな顔してるの?

「私の気持ちは全て無視して、私の人生を弄んで、楽しい?」

「……楽しくは、ないさ」

「でも、自分の欲求のためには喜んで動いているじゃない。いつも楽しそうに命令を下して」

「フィオリア……俺は、ただ──」

「アレクから、ルルとの婚約発表パーティーの案内が届いたわ」

 私は封筒をひらりと示した。

「なぜ、」

「私が持ってるのか? 貴方が勝手に取るから、配達係から直接受け取ったの。"アレクがいなくても平気な私"を示すには、このパーティーにも出席すべきよね?」

「───そうだな」

「パーティーはもう明日よ。ドレスを準備しないと」

 クローゼットに歩いていき、開け放つ。淡い色のドレスの群れ。死神が入れたものだ。薄紫のAラインのドレスが目につく。
 ふわ、と背中に温もりを感じた。

「何を考えてる?」

 低い声、息が首筋にかかる。
 止めていた息を吐き出すようにして、答える。

「明日のパーティーは、貴方がまた、エスコート役をしてくれないかしら、って」

 沈黙。
 答えを待つ間、なぜだか緊張し、唇が震えた。

「───明日も、仮面舞踏会なのか?」

「違うわ」

「じゃあ、無理だな。キッド様にお相手願わないと」

 私はくるりと向き直った。
 すぐ目の前に死神のお面。いつもは高い位置にある、それ。死神は背をかがめていたのだ。
 手を伸ばし、お面に触れる。

「これを、外せばいいのよ」

「……できない」

「どうして?」

「……あれだ。俺の顔は格好良すぎるからな。女の子が直視しちまうと、あまりの衝撃で魂が抜けかねない」

「なにそれ、本気?」

「本気も本気。お前も気をつけろ……って、おい!」

 お面を取り上げようとしたら避けられてしまった。

「二度も同じ手に引っかかる俺じゃないんだよ」

「残念だわ」

 ──本当に、残念。

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