上 下
6 / 19

魔王と聖女

しおりを挟む

「こんにちは、魔王さん」

「やぁ、エミリーちゃん。今日も可愛いね」

「あ、ありがとうございましゅ………」

 魔王さんこそ、今日もとてもおきれいです。
 ううん、初めて会ったときよりも輝いて見える気がします。
 銀色に変わった、マントのせいでしょうか?

 なんだか急に自分の格好が気になります。
 魔王城までの道のりで何度か戦闘があったので、ただでさえ薄い生地が擦り切れ、いかがわしい感じになっている気がします。
 魔王さんは気にしていないようですが。

 と、急に頬を撫でられてびっくりしてしまいました。
 手袋の感触がくすぐったい。

「前よりも顔色がいいようだね」

「あ……」

 心配、してくださっていたのでしょうか。

 たしかに、以前は貧血気味でよくめまいがしていましたが、ここ数日は体調がいいです。

「孤児院に、食料を大量に寄付してくださった方がいて、わたしのごはんはもう送らなくてもいいとシスターから連絡があったんです。それでここ数日はたくさんごはんを食べたので、そのおかげでしょうか。でも不思議なのが、その寄付してくれた方、『魔王』だと名乗っていたようで、孤児院の子供たちも『面白い格好をしたお兄ちゃんたちがお肉焼いてくれた』って嬉しそうにしていて。あ、そういえば、なぜか孤児院の近くの森から強い魔物が消えたので、森に果物を取りに行けるようになったともシスターが───」

 魔王さんの指先はわたしの頬から離れ、こんどは腕や手のひらをやわやわと揉んできました。カァと身体が熱くなります。

「あ、あの、わたし太ったでしょうか……?」

「ううん。エミリーちゃんは柔らかくて気持ちいいなと思って。でも、もう少しお肉をつけたほうが可愛いと思うよ」

「そ、ですか……?」

「うん」

 魔王さんはにっこりとほほえみます。
 濡れたように美しい黒髪と、夜空のように星を散らした瞳、びっくりするほど整った容姿。それと……人間にはない羊の角。

 この方は魔王です。

 倒すべき敵です。

 でも。

 魔王さんはどうして私に優しくするのですか。

 以前にたずねて、はぐらかされた質問がまた胸にうずまきます。
 聞けばまた、はぐらかされるでしょうか。

 人間の話になると、冷たい表情になる魔王さん。
 それでも、わたしとは楽しそうにお話してくれます。
 うぬぼれでなければ、人間でも、わたしのこと、少しは気に入ってくださっているのでしょうか。

「今日はね、プリンを用意してみたんだよ。俺、好きなんだ。君も気にいるといいけど」

 前回と同様、いつの間にか仲間からはぐれ、魔王さんとふたりきり。不思議なお茶会が始まります。

「……魔王さん」

「なに?」

「わたし、魔王さんと仲良くなりたいです」

「うん、俺も。エミリーちゃんと仲良くしたいな」

 即答され、希望が芽生えます。

「っわたし、人間のいいところ、たくさんお話します! わたしを通して人間のこと、すこしでも知ってもらえたら、そしたら……」

 人間を殺さないでいてもらえますか?

 わたしなんかがこんなこと言うなんて、おこがましいでしょうか。
 
 でも、仮にもわたしは聖女です。

 人類の代表として、勇者パーティーのいち員として、大陸を守る義務があります。

 いいえ、ちょっとだけ嘘を付きました。

 わたしは『聖女』をお給金がもらえるお仕事のひとつとしかとらえていません。崇高な精神なんて持ち合わせていないのです。
 
 魔王さんに人間を知ってほしい理由。

 殺さないでいてほしい理由。

 それはひとえに、

「わたし、魔王さんと戦いたくないのです……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

「距離を置こう」と言われた氷鉄令嬢は、本当は溺愛されている

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

【本編完結】幼馴染で将来を誓い合った勇者は私を捨てて王女と結婚するようです。それなら私はその王女様の兄の王太子様と結婚したいと思います。

ましゅぺちーの
恋愛
聖女であるソフィアには将来を誓い合った幼馴染であり勇者のアレックスがいた。しかしある日ソフィアはそんな彼が王女と不貞をしている瞬間を目撃してしまう。 悲しみに暮れた彼女の前に現れたのはその王女の兄である王太子だった。それから王太子と関わっていくうちにソフィアは次第に彼に惹かれていって― ※全67話、完結まで執筆済みです。 小説家になろう様にも投稿しています。

魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。 十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。 途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。 それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。 命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。 孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます! ※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

処理中です...