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第三章 『惚れ薬』騒動

16 『惚れ薬』騒動、これにて終結

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「このたびのこと、まことに申し訳ありませんでした」

 夜21時過ぎ。間の抜けたチャイムの音がして扉を開けるとそこに土下座するセーラー服の美少女がいた。言うまでもなく彼女はこの度の『惚れ薬』騒動の主犯格、悪い魔女さんである。

 ところでなんで私の家がわかったのかな? さてはこの子、相当前から私をマークしてたな? このぶんなら隠れ家の方も知られてそう。『迷いの呪文』を早急に作らなきゃ。でもジャコウジカの牙ぜんぜん届かないんだよなあ……なんてあれこれ考えてる間も、彼女は玄関ポーチで土下座を貫いたまま。

「あ、あの、そろそろ頭を上げ──」

「いえ! この度のこと、わたくしの完敗でございます。お姉さまのありがたいご教授、この骨身にしみわたってございます」

「お、お姉さま……?」

「あー! お前、悪い魔女!!」

 騒ぎを聞きつけた赤星くんがドタバタと廊下を走ってきた。Tシャツにスラックス姿の赤星くんは顔や首にひえぴたを貼り、ボロボロ。主に精神の方が。

 赤星くんを『魔女の隠れ家』に運び、そのあとは本当に大変だった。トランス状態の赤星くんは女の子とは思えない力強さで隙あらば私を押し倒そうとしてくるので、かわいそうだけどまずは『魔女の牢獄』で拘束。それすら快感とばかりによだれを垂らす赤星くん改めメスブタをしばし放置し、私はいったんアパートへ。中村先生の面倒を見てくれていたジジとピンキーちゃんに事情を説明し(最近は眷属の行動範囲も5キロほどに広がっているので、アパート待機も可能なのだ)、昨夜作っておいた『性欲減退剤』をあるだけ抱えてまた隠れ家へ。私を見て湯だけ切った笑顔を浮かべるメスブタに即刻ビー玉を投下。しかし悪い魔女作の『魔女の媚薬』は強力で、時間を空けながらビー玉をあと3つも投下しないと赤星くんの理性は戻らなかった。ほとほと疲れ果てたよ、まったく。
 そしてやっとのことで拘束から解放された赤星くんは真っ白に燃え尽きていた。媚薬でトランス状態に陥っていたときの記憶はそのまんまあるらしく……Oh……それは恥ずかしい。

「お前のせいでなあ、俺は色んなもんを失ったんだよ。男に戻った時、精神的な問題で息子が立たなくなってたらどうしてくれるんだよ……」

 悪い魔女さんに言い募るなり、赤星くんは泣き出してしまった。ただでさえ女の子になって感情の起伏が激しくなったのに精神的苦痛の中にいるいま、彼女は情緒不安定なのだ。赤星くんを巻き込んだのは私なので、良心が痛む。私は赤星くんを胸に抱き寄せた。

「よちよち可哀想に。大丈夫だよ、体も機能もちゃんと私が元に戻してあげるからね」

「うん……うん……えへへ」

 すりすり、すりすり、赤星くんの頭が胸に沈んでいく。ふわふわの赤髪があごに当たってこそばゆい。くすっと笑ったところで主従の微笑ましい抱擁は悪い魔女さんの手によって強制終了となった。彼女は私を赤星くんから引き離すと、「お姉さま!」と声を荒げた。

「こいつ、ぜんぜん落ち込んでなんかいませんわ! その証拠に、いまもお姉さまの豊かなお胸をどさくさに紛れて触っておりましたのよ! にやにやしちゃってまぁ、嫌らしい男!」

「はー? 部外者は黙ってくださーい。俺は心から落ち込んでるし、いまはおっぱ──じゃなくて優しいご主人様の慰めが必要なんですー。どっかのイカレ女のせいでね!!」

 やんのやんの。あんだけ色々あったのに、元気だねえ二人とも。わたしゃもう疲労こんぱいで眠とうござんす。

「改めましてわたくし、花園カヤと申します。〝七光り会〟所属の生来の魔女ですわ」

 悪い魔女さん改めカヤちゃんは、どうして赤星くんにちょっかいをだしたのか、中村先生やうちの生徒たちを『惚れ薬』で混乱に陥れたのか、事の次第を語り出した。
 事件を起こした理由はだいたい私の予想通り。つまり、私の魔女としての力を試したかったから。カヤちゃんは私を〝野良の魔女〟と呼んだ。どの組織にも所属していない、純粋な魔力を持つ魔女のことをそう呼ぶんだと。

「野良の魔女はとても珍しいのです。それがこんなに近くにいらっしゃるだなんて。気配を察知して、私はいても経ってもいられず───ちょっかいを出すことに決めました」

 いや、どういう理屈やねん。

 よくよくお話を聞くと、カヤちゃんの家はお母様が魔女だったけど既に亡くなっているそうで、あとの親族はみんなただの人間なのでその中で生活していると魔法を使う機会もなく、つまるところ退屈していたのだ。とはいえ魔女間の私闘は禁止されており、また弱い人間を相手にしてもつまらない。日々溜まっていくフラストレーション。ところがある日、魔女のルールに抜け道があることを発見。魔女の私闘はたしかに禁止されている。しかし〝野良の魔女〟との私闘は暗黙の了解で許されている。それなら〝野良の魔女〟で力試しをすればいい! と思いつくもそう簡単に〝野良の魔女〟は見つからない。そうして3年が過ぎ、高校2年生の梅雨のある日、ついに私を見つけた。

「いままでに感じたことのない魔力。それゆえ強いのか弱いのかもわならない。久しぶりに魔力がうずきましたわ。勇み足でちょっかいをかけ、結果は惨敗でしたけれどわたくしは満足しております。お姉さまはわたくしが知る限り最強の魔女ですわ」

「あのねえ、勝負したいなら直接私に挑んできなさいよ。周りを攻撃するなんて、卑怯者のすることよ」

「もちろん、最後はお姉さまと直接バトルをしようと考えておりましたわ。でも対峙した瞬間1秒で負けましたもの。……私の弱々しい反撃を覚えているくせに、いじわるですわ」

 カヤちゃんはぷくっと頬を膨らませた。なにそれ可愛い。
 かーーーっ! 美少女にゃかなわないね!!
 色々あったけどかんたんに許しちゃいそう。

「もうひなこちゃん、俺だって可愛いでしょ!」

「うんうん可愛い。可愛いからもう私の目を殺しにくるのはやめて」

 腕に絡まってくる赤星くんを交わしつつ、それで、とカヤちゃんに向き直る。

「赤星くんの性別と『惚れ薬』でトランスした人たち、ちゃんと元に戻してくれるんでしょ?」

「お姉さまが望むのであれば、もちろんですわ。でもお姉さまほどのお方なら『解呪の薬』くらいすぐにお作りになれるのではなくて?」

「材料がないの。注文してるけどまだ届きそうにないし、お薬持ってるなら先に投与してくれる?」

「わかりましたわ」

 おや、素直。もっと面倒臭い子かと思ってたけど、赤星くんより聞き分けがいいかも?
 何かを感じたのか、赤星くんがじっと睨んでくる。え、怖い。眷属って主人の心の内を見透かす力でも持ってるの?

「お姉さま、これからもわたくしをちょうきょ──ごほん、ご指導くださいませね」

 ぽっと意味深に頬を染めるカヤちゃんを見て、さっきから感じていた嫌な予感の正体の片りんが見えた。この事実はその後徐々にわかっていくことなのだけど……
 カヤちゃんは私がかけた『幻惑魔法』の中で"ドSな日奈子お姉さま"にすっかり従順な子犬に調教されていた。お姉さま、とムズかゆい呼び名も夢の中の私が彼女にそう呼ばせていたから。『幻惑魔法』で作り出した夢は限りなく現実に近いけれど、単なる虚像である。しかしその虚像を現実のものとして体験したカヤちゃんは、今後も私を〝お姉さま〟と崇め奉り続けるのだった。

「まあ、この子たちがお姉さまの眷属たちなのね! なんて可愛いのかしら。どこかの駄犬とは大違いだわ!」

「なあおい、早く男に戻せよ!」

 悪い魔女の登場に姿を隠していたピンキーちゃんとジジ、それに新参のブチがあえなくカヤちゃんに捕まってほおずりされている。その後ろでわめく赤星くん。てんやわんやのドタバタ劇だけど、これにて一件落着?
 
 カヤちゃんの退屈は理解できた。力を持っていても、発揮できないもどかしさ。魔女になってたった2カ月ほどの私が感じてるんだもん。17歳年もため込んだカヤちゃんの鬱屈した思いがどれほどのものか想像もつかない。だからといって今回の行動は褒められたものではないけれど。でも私、ちょっと、いやだいぶわくわくしてた。初めての敵との戦い、攻撃の応酬! 正直に言えば、楽しかった。

 カヤちゃんよりより大きな力を持つ私が今回のバトルもなく平和な退屈を溜めこみ続けていたら───もしかしたらある日突然人が死ぬような大爆発を起こしていたかもしれない。
 神様はなんたって、こんなに強い力を私にくれたんだろう。魔法の書なんて渡さずにちょろっと空が飛べるだけの魔女に変えても、よかったはずなのに。

 
 カヤちゃんが所持していた『解呪の薬』を投与され、数日ぶりに人間らしい寝息を立てて眠る中村先生を、私はほうきに乗せて彼のアパートまで運んだ。
 明日の朝、ベッドで目覚めた中村先生は『惚れ薬』を投与されてからの数日間の記憶を失っている。彼の記憶は、私と別れたデートの夕方から止まっている。記憶がない理由を探し手混乱するだろうけど、大丈夫。あなたはインフルエンザの高熱で記憶が混濁してただけだから。

「安心して眠ってね」

 ワックスのないサラサラの茶髪を撫で、微笑む。それから額に軽いキスをした。
 きゃーっ! やっちゃった!
 でも私頑張ったし、これくらいのご褒美があってもいいよね。
 うーん、よくよく考えると同棲期間そのものが御褒美みたいなものだったから、過剰に得しすぎてる気もするけど。

「巻き込んでごめんなさい。またデートに誘ってくださいね、敏明さん」

 小一時間ほど安らかな寝顔を眺めて、私はベランダから闇の中へ飛びたった。

❖◆◇◆❖

 日奈子が飛び立ったすぐあと、中村敏明はうっすらと目を開いた。実は空を飛んでいたあたりから目が覚めていたりする。けれど日奈子がまったく気づいていなかったので、そして自分に隠したい秘密があるようなので、気を使って寝たふりを続けていた。

 暗い部屋の中、うっすらと赤く色づいた頬に彼女は気づいただろうか。
 敏明は火照る額を手で覆った。思い出すのは彼女の柔らかい唇と瞼にかかった熱い吐息。

『巻き込んでごめんなさい』

「彼女はいったい───」

 その正体に検討を付けようとして、いや、と思考を止める。彼女が何者であっても、ぼくの彼女に対する想いは変わらない。
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みんなの感想(2件)

2020.07.27 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

灰羽アリス
2020.07.27 灰羽アリス

marucosさん

こっそり魔女、憧れますよねぇ!
二十歳を過ぎても未だにそういう夢を見ます(笑)

ジジさんはツンツンですが、ツンツンツンデレくらいの割合でデレが入ってくるので可愛いジジさんを見守ってあげてください。

ありがとうございます!
体調を万全に、一日一話投稿、継続していこうと思います。

解除
静内燕
2020.07.20 静内燕

初めまして。日奈子さん、かわいい主人公ですね!

灰羽アリス
2020.07.20 灰羽アリス

静内燕さん

ありがとうございます!
上にお兄ちゃんがいるんでちょっと男勝りだったり口が悪かったりしますが、そんなところも日奈子の魅力になればいいなと思います(^^)

解除

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