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第三章 『惚れ薬』騒動
14 悪い魔女、成敗
しおりを挟む「ずいぶん楽しそうね、悪い魔女さん」
少女の首に手を添え背後でつぶやくと、制服の背中がびくっと跳ねた。
「いやですわ。ぜんぜん気配がつかめなかった」
「当たり前よ。『気配遮断』魔法をかけていたもの」
「……初めて聞く魔法ですわ」
「あら、本当? たかが初級魔法なのに、こんなのも知らないなんて。あなた、意外と大したことないのね」
うーん、ちょっと口調厳しすぎ? これじゃどっちが悪役かわかんないね。
ま、いっか。お怒りモードなので、厳しくいきますよ。
彼女が振り返り、風の魔法を放って距離を取る。だけどもう遅い。私の魔法は既に完成している。いつからって、そりゃ彼女に声をかける前から。
余裕を滲ませた笑みが唐突に消えた。がくん、と彼女が膝をつく。私はすかさず薄れゆく彼女の意識に語りかける。
「『惚れ薬』を使って、人の心を散々弄んだわね。人に嫌なことをすると、自分に跳ね返ってくるのよ。"大切な人の心を弄ばれる痛みを知りなさい"」
『魔女のすゝめ』
五、各種魔法の使い方
(ウ)上級 58ページ。
六 薬草の調合
(ウ)上級 111ページ。
彼女にかけたのは『幻惑魔法』。
ピンキーちゃんが意図せず『マンドラゴラ』を生み出してくれたおかげで魔法の媒介となる『幻惑香』を調合できた。
『幻惑魔法』は呪文も複雑ならば発動までに5分も要するという厄介な魔法なのだけど、上級魔法なだけあって効果は絶大。魔法をかけられた者は現実と区別がつかないくらいリアルな夢の中で、悪夢を体験する。そして今回私は〝彼女にとっての大切な人が私という魔女に弄ばれる〟暗示をかけたので、彼女は今頃夢の中で私にさんざんな嫌がらせをされてるってわけ。
なんて言ってる間にも、眠った彼女の顔からはどんどん血の気が引いていく。強力な魔法だ。実にあっけなく、悪い魔女を成敗できてしまった。
青ざめた頬に触れる。少し汗ばんでいる。彼女はまだ十代のほんの子ども。道を誤ることだってある。だけど、彼女は強大な力を持った魔女。ちょっとのやんちゃが大事になることだってある。今回のことで、いったい何人が傷ついただろう。魔法は素晴らしいし便利だけど、怖い力。
思わず大きなため息が出た。
可哀想だけど、あと数時間はこのままじっくり反省してもらおう。
私は彼女に背を向け、旧校舎の屋上を後にした。
◇
授業はとっくに始まっている。ここへ来る前、黒板に『自習』と書いて出てきたけど、元気な1年生が大人しくしてるわけないよねぇ。今頃は数日後に迫った夏休みにどこへ行くかの話で盛り上がってるんじゃないかな。
どうせ遅刻してるんだし、もう少しだけ盛り上がっててもらおう。
赤星くんの様子を見に行こうと三階の階段を駆け下りていると、息を切らした小林くんと鉢合わせた。
「あ、ひなこ──先生」
驚く顔は、少しだけ残念そうに陰る。私が期待した人物じゃなかったからだと思う。小林くんが求めているのは赤星くんの師匠か、2階の突き当りにある保健室の先生か、そのどちらか。私が前者だと、もちろん小林くんは知らない。じゃ、と去ろうとする小林くんの手を掴んで引き留める。
「どうしたの?」と聞くと、小林くんは言いにくそうに頭をかいた。
「ええと……赤星がちょっと、怪我しちゃって」
「怪我? 赤星くんはどこにいるの」
「あ、えっと、いまは一階の2年の下駄箱に」
それだけ言うと、小林くんは廊下を走って行ってしまった。方向からしてやはり保健室の先生に助けを求めに行くのだろう。
私は急いで一階まで階段を駆け下りた。
ペンキの匂いのする白い下駄箱に背中を預け、赤星くんはうずくまっていた。
「赤星くん!」
急いで駆け寄ると、赤星くんの顔が上がる。頬や首すじが真っ赤に上気していた。とろんとした目が私をとらえる。その瞬間、瞳に歓喜の色が浮かんだ。なぜだか、ドキリとする。
「あちゅい」
「え?」
「あちゅいの」
呂律の回らない口でつぶやくと、胸元のボタンを外しにかかる。黒いブラが丸見えだ。て、スカートまで脱ぎだしたんだけど!?
「な、なにしてるの!」
慌ててスーツの上着をかけてやると、その手首を赤星くんの力強い手が掴んだ。うるんだ瞳で訴える。
「もうだめ、ひなこちゃん」
「赤星くん……?」
「俺、媚薬盛られたっぽい」
「びやく……」
「ひなこちゃん……!」
驚いている間に、私は呆気なく組み敷かれてしまった。ひなこちゃん、ひなこちゃん、と呆けた美少女の顔が近づいてくる。赤い長髪の先端が私の頬をかすめた。かと思うともうゼロ距離。熱い舌が、私の首筋を舐めた。
「ちょーい!!!」
こりゃいかん! そ、そうだ、こんなときは『性欲減退剤』が……
「トリップ状態の男たちをのすのに、全部使っちゃった」
なんとか理性にかじりつくように、途切れがちに赤星くんが呟く。
オーマイガッ! 作った薬はぜんぶ赤星くんに渡したから私の手持ちは皆無よ!
「苦しいよ、ひなこちゃん。下、熱いの……」
誰かー! 助けてー!!!
び、美少女に食われてしまう!!!
当たり前だけど、いくら待っても助けは来ない。小林くんが保険医を連れて戻ってきたところで、『魔女の媚薬』の前にはなすすべもない。〝被害者〟を無駄に量産してしまうだけだ。かくなる上は、お空を飛んで『魔女の隠れ家』に赤星くんを運ぶしかない。みんな授業やお仕事中の真昼間だし、かなり高い高度を飛べばどうにか目撃されずに済むかな。もうそう願うしかない。一応理科室へ寄って変装用に遮光カーテン借りていこう……
あと、午後の授業は急用でお休みしますって校長に伝えよう……
教師のくせに無責任な大人ですみません! ぎゃー、自己嫌悪!
やっぱり魔女と教師の二重生活には無理があるのかなあ───
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