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第ニ章 目撃者をつくろう
8 赤星くんは私のことが好きらしい
しおりを挟む翌日の金曜日は超常現象検証部の活動日だった。超常部の活動は基本的に週一回だけど、活動内容によって何曜日に行われるかが決まる。つまり、固定の活動日はなし。だいぶ緩い部活だ。部員も6人しかいないので、色々と都合もつきやすい。『裏山でUFOを撮影する』という今日の活動のために、写真部からきっちり6台の一眼レフカメラを借りることができた。
撮影予定場所である裏山には、17時から登ることになった。裏山は傾斜も緩やかで登山者用の階段が設置されているので、15分程度で登頂できてしまう楽な登山だ。頂上に到着した後は18時から20時にかけて撮影を行う。私も顧問として同行する。
17時まで部室で時間をつぶした後、3年生で部長の小林くんを筆頭に登頂を始める。今回の企画は小林くんが持ち出したものなので、彼の気合は十分。制服から登山用ウェアに着替え、手袋をし、帽子をかぶり、無駄に大きなバックパックを背負い、トレッキングポール(登山杖)まで持ってる。そんな小林くんに負けず劣らず気合の入った部員がもう一人。
意外や意外。それは赤星くんだ。
冷めてるように見えて、実は熱いししつこいし。私はさいきん赤星くんのそういう意外な一面を知る機会があったので、今回の〝やる気元気赤星くん〟にもさほど驚かなかったけど、ほかの人は違うらしい。格好いい迷彩柄のマウンテンパーカーを着こみ、小林くん以上にでかいバックパックを背負ったルンルン気分の赤星くんを、同じく3年生の三浦さんは引いた目で見てる。2年生の松岡くん、原田さん、1年生佐々木くんは妙な空気にどう対応したらいいかわからないといった様子で、困惑した視線を赤星くんになげかける。そんなみんなの視線には気づかず、赤星くんは元気に言った。
「なにしてんの。早く登ろうぜ。UFOは待ってくれないよ」
変に目立つ二人からは、自然とみんな遠ざかっていく。そうしていつの間にか肩を並べて歩くことになった小林くんと赤星くん。涼しい顔で水分補給をする赤星くんに、ついに小林くんが突っ込んだ。
「お前、UFOとか信じるキャラだったっけ?」
みんなが気になっていたことだろう。離れた列が、少し縮まった。聞き耳スタンバイ、というわけだ。私も一番後ろから聞き耳を立てる。
「さいきん〝超常〟との運命的な出会いを果たしてさー。考えが変わったんだ」
「は? もしかして、宇宙人に会ったとか?」
「もっといいもの」
「教えろよ」
「秘密」
「なんだよそれ」
「しゃべったら蛙にされるからさ」
「はぁ?」
赤星くんと小林くんは楽しそうだ。
反面、仏頂面の三浦さんは楽しくなさそう。赤星くんの背中をじっとりと睨んでる。
……い、いったいこの子になにしたの、赤星くん。君、いまにも背中刺されそうだよ。
「ママ、ゆーふぉーってなーにー?」
私はドッキリと身構えた。周囲を確認。うん、誰にも気づかれてない。
質問してきたのは、私の胸ポケットに隠れるピンキーちゃんだ。いつもはジジといっしょに遊んで待ってるのに、今日は「じじたんがあいてにしてくれない」とかで私についてきてしまった。
「しーっだよ、ピンキーちゃん。みんなに気付かれちゃうからね」
「うん、こえちっちゃくする。ゆーふぉーってなーにー?」
ほんとに小声だ。可愛い。
私は歩くペースを落とし、少しだけみんなの列から距離を取った。
「UFOっていうのは、未確認飛行物体っていってね、それが何なのかわからないけど、お空を飛んでるものをいうんだよ。みんなはそれを、宇宙から来た宇宙人の乗り物じゃないかって予想してる」
「うちゅうってなーにー?」
「宇宙っていうのは───」
ピンキーちゃんは知りたいものの答えがわかるまで「なーにー」を繰り返すから大変だ。
それでも根気強く答えていると、ピンキーちゃんは上手に学習していく。妖精になりたての頃より、語彙力も格段にアップしている。頭の良い妖精さんなのだ。
そしてあっという間に頂上に到着。撮影予定時刻まではまだ時間があるので、思い思いに休憩を取った。
「ひなこちゃん、中センに言うつもりなの?」
赤星くんが私の座ったベンチに腰を下ろしながら聞いてきた。
「あちぃ」とマウンテンパーカーを脱ぐと、下は黒いTシャツだった。
赤髪が黒によく映える。
「何の話?」
「だから、その、ひなこちゃんが魔女ってこと」
魔女を小声にして言い、水を飲む。
一応周囲に配慮はしているらしい。私は笑った。
「言っちゃだめかな」
「ぜったいやめたほうがいいって」
「なんで?」
「だって、怖がられるかもだし」
「赤星くんみたいに怖がらないかも」
「俺はまだ、子どもだから。でも、中センは大人じゃん」
「大人はみんな頭硬いからね~」
「そう、それ。ひなこちゃんの正体は俺だけが知ってれば、十分だと思う」
ふと見た赤星くんの横顔は、ほんのり赤みがかっていた。
これは……いや、まさかね。
気づかぬふりを決め込もうと思ったけど、やめる。
ここで恥ずかしがってだんまりを決め込むほど、私は子どもじゃないのだよ。
「赤星くん」
「なに」
「もしかして、私のこと好きですか」
「は──?」
赤星くんは激しく狼狽し、ペットボトルを取り落とした。
あーあ。
私は天を仰ぐ。
確定か。
まあ、そうなっちゃう気持ちもわからんでもない。突如として現れた異質な存在が、自分を不思議な世界に誘ってくれた。そら、心揺さぶられるし、キラキラエフェクトかかっちゃうよなあ。で、そのキラキラを恋と勘違いしちゃったと。
「悪いけど、先生にはほかに好きな人がいるので。そもそも赤星くんは、魔女の私に憧れてるだけですよ。それは恋愛感情ではありません」
「わかってるよ、センセー。てか、好きとか、そんなんじゃないし」
「違うならいいです」
「うん」
「せんせー! 撮影始めるっすよー」
小林くんが呼ぶ。私は手を振って返した。
「ひなこちゃん、俺、眷属になったこと後悔してないよ」
ベンチから立ち上がった背中に、赤星くんが言った。
「特別な力は目覚めなかったけど、いま俺、楽しいから」
かげりのない笑顔で言う赤星くんがけなげで、なんだかその純粋さがとても羨ましくなった。せっかく諦めがついた様子なのに、かける言葉としては間違ってるかもしれないけど、それでも言わずにはいられない。
「ボーイズビーアンビシャスですよ、赤星くん。未来は誰にもわからない。もしかしから、ある日突然すごい力が使えるようになるかも」
未来は誰にもわからない。その通りだ。
この半時後、撮影に夢中になって手すりから崖下へと落下した小林くんを助けるために、赤星くんに特別な力が芽生えるなんて、私はまったく予想していなかった。
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