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第74話 本当の……

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「シェラローズ様」

「私は悪くありません」

 降参したシンシア様に変わって私に歩み寄って来たのは、シルヴィア様だった。

 何かを言いたげな彼の次の言葉を待つことなく、私は無実を訴える。
 私は魔力を解放しただけだ。それに耐え切れなかったのはシンシア様の落ち度であり、こちらがとやかく言われる筋合いはない。


「はぁ……わかりました。ですが、先程のことで相談があります。少しだけお時間よろしいですか?」

「相談、ですか……」

 シンシア様を一瞥する。
 まだ稽古は始まったばかりだが、彼女はもう戦える状態ではないだろう。

 本気の一割を出した程度だったが、それでも普通の人間には厳しかったようだ。シルヴィア様は問題なさそうだが、それは単に魔力保持量の違いだろう。魔力が少ない者は魔力に対しての耐性が低くなる。

 要は、毒と同じだ。

 暗殺者などは微弱な毒を摂取し、毒への耐性を高める。
 だが、普通の人にとっては強力な毒も弱い毒も、同じ毒だ。

 シルヴィア様は剣と魔法を駆使して戦う『魔法剣士』のスタイルだ。彼が持つ魔力量は多いし、魔法を使い続けているから濃厚な魔力に当てられても問題ない。

 だが、自己強化の魔法を会得したばかりのシンシア様にとっては、私の魔力は『毒』となってしまった。


 …………流石に、やり過ぎだったか。


 私は内心反省する。
 本当にこの時代の人間は弱過ぎる。

 それによって逆に「自重しろ」と言われるのだから、こちらとしても溜まったものではない。



 いざという時、私がうっかり本気を出すと大惨事が起こる。
 それでは問題になり得るので、対策をしなければならないな。


 ──私の魔力を押さえつける魔法具を作るか。
 時間が足りない今、それをするのは少し面倒だが、意味はあるだろう。


「シェラローズ様?」

「……ああ、いえ。何でもありませんわ」

 黙り込んだ私を心配したシルヴィア様が顔を覗き込んできたので、私は思考を振り払って笑顔を作り、意識を現実に引き戻した。


「相談でしたね。なんの相談でしょう?」

「それは私の部屋で話します。申し訳ありませんが、ご足労お願いします」

「わかりました。それじゃティア、ティナ。二人は騎士の皆さんと一緒に訓練して待ってて」

「「え~?」」

「え~、じゃありません。見学したいと付いて来たのは二人なのだから、これ以上の文句を言うなら怒るわよ」

「……わかった」

「……まってる」


 私に怒られるのが嫌なのか、しょんぼりしながら頷く双子。
 その様子から、まだ納得はしていないようだ。


「聞き分けの良い子は大好きよ。ちゃんと頑張れたら、ご褒美にケーキを買ってあげるわ。一個ずつね」

「ほんと!?」

「やくそく!」

「ええ、約束よ」

 二人と指切りをして、最後に頭を撫でる。

 これで機嫌は直ってくれた。
 心配になる程ちょろいが、そこがまた可愛いのだ。


「シルヴィア様達を待たせるわけにはいかないから、私はもう行くわね」

「いってらっしゃい、シェラローズさま!」

「ティナ、がんばるからね!」

 手を振って見送ってくれる双子に微笑み、私は訓練場を後にした。

 相談にはシルヴィア様とシンシア様、そして私の三人だけで行うらしく、他の騎士団員は残って訓練の続きだ。私達が出てすぐに剣戟の音が再開したので、切り替えの早さは流石エリートだなと感心する。




「……もうすっかり母親代わりですね」

 執務室へ向かう途中の廊下で、ふとシルヴィア様が口を開いた。

「あの双子に向けるシェラローズ様の目は、母親そのものでした」

「もちろんですわ。私はあの子達を心から愛していますもの。家族として、私の子供として」

 年齢は双子の方が一つだけ上だが、そんなものは関係ない。
 二人が必要としているのは『居場所』と『愛してくれる者』だ。

 あの路地裏で、私は二人を救いたいと思った。

 だから与えられるものは与える。
 それが何であれ、二人のためになるなら手段なんて選ばない。

 母親というものは、それが当たり前なのだ。


「二人も幸せでしょう。貴女のような慈愛に溢れている方に救われて」

「幸せになってもらわないと困ります。それが私の望みなのですから」


 だが、一つだけ訂正だ。
 私は決して慈愛に満ちているのではない。

 一度守ると決めた者は絶対に守る強い意志。
 意志を邪魔する者は排除する判断力。

 これは自分自身への絶対的な自信がある『傲慢』故の行為だ。

 私の意志を『慈愛』と呼ぶのは、少し異質だ。
 確かに、側から見ればこれは慈愛行動に映るのだろう。

 だが、私は私がやりたいからやっている。
 つまりは自分のためだ。

 私のわがままで双子を助けた。
 だから今後の行く末くらいは、双子自身に決めさせてあげたい。



「…………本当の母親になれたのなら、それは幸福なのだろうな」

 ポツリと溢れたその言葉は、前を歩く二人の耳には届かなかった。


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