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第64話 約束
しおりを挟むその後、シルヴィア様との楽しい会話を続けていた私は、ふと部屋に飾られている時計を見つめ、おもむろに腰を上げた。
「もうこんな時間になってしまいました。私はそろそろ屋敷に戻ります。……お仕事の邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、シェラローズ様との会話は気が楽になるので、いい休憩になりました。もう少し居てくれても構いませんよ?」
その誘いはとても魅力的なものだが、私はゆっくりと首を横に振った。
「折角のお誘い申し訳ありません。これ以上遅くなってしまうと、子供達が心配してしまうので……」
「件の双子ですか。……そのお歳で母親代わりというのは、大変でしょう」
「いいえ。二人はそれ以上に可愛く、癒されるので何の苦労もありませんわ。目に入れても痛くありません」
「……流石にそれは痛いと思うのですが?」
「ふふっ……単なる比喩です」
本当に入れるのはとても痛いだろうし、物理的に不可能だ。
だから、これは単なる比喩。
そう思えるほどに双子は可愛く、愛らしいという表現だ。
「もしシェラローズ様がよければ、次からはその双子も連れて来ては?」
「え、でも……よろしいのですか?」
「それだけシェラローズ様が大切にしている子達です。私も、会ってみたくなりました」
「……でしたら、お言葉に甘えさせていただきます」
私が毎週何処かに通っているのを、双子は何となく察している。
いつも週初めの直前になると、必要以上に触れあいが激しくなる。それは寂しいという感情から来る行動なのだろうと思い、私はつい双子を甘やかしてしまうのだ。
でも、双子は決して「一緒に行きたい」とは言わない。
それを口にしたら私が困るとわかっているから、引き留めたいのを我慢して「行ってらっしゃい」と見送ってくれる。
それがどれだけ辛く、苦しいことか。
シルヴィア様の提案は、願ってもいないことだ。
「次からは少し騒がしくなると思いますが、どうかよろしくお願いいたします」
私は頭を下げ、シルヴィア様は微笑む。
「可愛い子が増えるのは、騎士達にも良い刺激になるでしょう。来週を楽しみにしています」
「ええ。では、本日もありがとうございま──」
「──あっ! 申し訳ない。一つだけ、良いでしょうか?」
突然大きな声を上げたシルヴィア様は、眉を下げてそう言った。
彼のお願いを断るわけがなく、私は「はい」ともう一度ソファに腰を降ろす。
「えっと、話というのは、長くはならないのですが……その……」
視線を泳がすシルヴィア様の姿は、初めて見る。
……何か、私に言いづらいことなのだろうか?
だが、それでも彼は私に何かを伝えようとしているのだから、聞かないわけにはいかない。
「シェラローズ様、は……あと数週間後に、7歳になるのですよね?」
「ええ。そうですね……」
どうして急に誕生日の話に?
彼の意図が読めない私は、首を傾げる。
「その、誕生日プレゼントは、何がいいでしょうか?」
「……………………」
「……え、あの……シェラローズ様?」
「はっ!? あ、ご、ごめんなさい! 私ったら、疲れているのかしら……シルヴィア様が私の誕生日を祝ってくれると、そんな夢を見ていました」
「あの、夢ではなくてですね? ……誕生日に何が欲しいですか?」
頬を抓る。
──痛い。
夢ではない。
夢ではないだと!?
「え、た、たたた誕生日プレゼントですか!?」
「そうです。本当は自分で考えて渡すのが嬉しいのでしょうけれど、あいにく私はそういうものに疎くて……欲しくない物を渡してもあれですし、いっそのこと本人に直接聞いてみようと思ったのですが……」
「シルヴィア様からいただけるものであれば、ゴミでも嬉しいですわ!」
「いや、流石にゴミは渡しませんよ?」
「何でも嬉しいということです!」
シルヴィア様から誕生日プレゼントを頂ける。
それだけでもう私は十分とさえ、思ってしまう。
「…………で、では……あの、お願いがあります」
折角、私の欲しいものを頂けると言われたのだ。
ならば、遠慮なく私が今一番欲しているものを望んでみよう。
ダメだったら他のプレゼントを考えればいいだけの話だ。
「シェラローズ様のためなら、何でもご用意いたします」
「ではっ! し、シルヴィア様と──!」
私は、バッと手を差し伸べ、願いを口にする。
「シルヴィア様と一戦交える機会を私に頂けないでしょうか!」
「はい。わかりまし…………はい?」
シルヴィア様は笑顔のまま、固まった。
「えぇと、シェラローズ様? 私の聞き間違いでなければ、私と戦いたいと、そう仰られました?」
「…………はい。……だめ、でしょうか?」
「ダメではないのですが……え? それでいいのですか?」
「それが良いんです!」
私は興奮して、シルヴィア様に詰め寄る。
「騎士団長様と戦えるなんて、普通は生きているうちに経験できないことなのです! 一介の騎士でさえ、それは叶わない。貴族令嬢である私なんて夢のまた夢。それだけ貴重な経験をさせて頂けるならば、それは史上最高の誕生日プレゼントになりますわ!」
「お、おぉ……本当に、それでいいのですね?」
「はい!」
「…………わかりました。では7歳の誕生日。私は貴女と剣を交える約束をして差し上げましょう」
何度も確認するシルヴィア様に、私は何度も勢いよく頷く。
すると、彼はようやく納得したように、はぁ……と息を吐き出し、私の願いを了承してくれた。
「本当ですわね!? 約束、約束ですから!」
「ええ、約束です。騎士は一度決めた約束は決して破らないのです」
「やった! 大好きです、シルヴィア様!」
あの騎士団長と戦えると実感した途端に嬉しくなり、私は貴族令嬢ということを忘れてその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
その様子を見つめるシルヴィア様の目はとても温かく、でもどこか残念そうだった。
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