上 下
62 / 78

第60話 親馬鹿

しおりを挟む



 夜になり就寝時間が近づいてきた頃、ベッドの上で筋肉痛と戦っていた私の元に、ティアとティナの二人が片手に櫛を持って駆け寄って来た。

「シェラローズさま! しっぽ! やって!」

「ティアの次はティナ!」

 満面の笑顔でそれぞれの櫛を差し出す二人に、私は困ったように頬を掻いた。

「二人とも、今更だけど私がやっちゃっていいの? 二人が自分でブラッシングした方がいいんじゃないかしら?」

 そう言うと、二人揃って絶望したような表情になり、泣きそうになりながら私の両腕に絡みついた。


「なんで!? シェラローズさま、ティアのこときらいになった?」

「おりこうにするから! だから、ティナのこときらいにならないで!」

 体を揺さぶられることで体が悲鳴をあげるが、私はそれを顔に出すことなく、誤解させてしまったことを謝罪した。

「違うのよ。獣人にとって尻尾はその人の誇りでしょう? 今日、ティナが侍女に触られて拒絶しているのを見て、私も遠慮するべきなのかなって思ったのよ」



 私が双子の尻尾をブラッシングするようになったのは、つい最近のことだ。


 いつも通り過ごしている時、目の前で揺れる二本の尻尾を見て、「ふわふわ度が足りない」と感じたのが事の始まりだった。

『二人ともそこに並びなさい! 私が毛並みを整えてあげる!』

『『えっ!?』』


 ──という会話があり、驚く二人をベッドに並ばせて交互にブラッシングを始めたのだ。

 その時はティアもティナも拒絶しなかったし、私自身、獣人と尻尾のことを忘れてしまっていたので、かなり強引にやってしまったと反省している。

 それからは彼女達の方からブラッシングを頼んでくるようになったのだが、このままやり続けるのもどうなのか? と思った私は一度、二人の考えを尊重することにしたのだ。


「ティアは、シェラローズさまにさわってもらえたら、うれしいよ?」

「ティナも同じ! なんかね、シェラローズさまは、ぽかぽかするの!」

「……ぽかぽか?」

「うんっ! おむねがぽかぽかして、もっとさわって! っておもうの!」

「だからシェラローズさまには、さわってほしいの! さわっていいのはシェラローズさまだけだよ!」

「ほんとうのパパにもママにもさわらせなかったもん! さわっていいのはシェラローズさまだけ!」


 ──だって、と二人は声を揃える。


「「シェラローズさまがだいすきだから!」」





          ◆◇◆





「ってことがあったのよ! もう可愛すぎて、一時間くらいブラッシングしてあげたわ! エルシアには『いつまで起きてるんですか!』って怒られちゃったけど……」

 私はその時のことを思い出し、早口で双子の可愛さを自慢していた。自分でも興奮しているのだなと感じる。嬉しいという気持ちを隠せず、足をバタつかせて「きゃー」と年相応の声を出す。



「…………そうか。よかったな」

 対して、私の話し相手は心底呆れたように適当な呟きで返し、半顔でこちらを見つめていた。

「ちょっとサイレス。あなた反応が薄いわよ! 私が折角、あの二人の可愛さを教えてあげているというのに!」

「……朝早く店に突入され、いきなり我が子自慢されたこっちの身にもなれ」

「あら、それは悪かったわね」

 口では謝罪するが、悪いことをしたという気持ちはない。

「相変わらず、あの双子のことが大好きなのだな」

「それはそうでしょ。仮初めとは言え、私の子供なのよ? 可愛くないと思うわけないじゃない」

 私の望みが叶うのであれば、このままずっと共に生活したいくらいだが……それを口にしてはいけない。もしあの双子が私の呟きを聞いたのなら、あの子達はその通りにしてしまうだろう。

 それは双子の将来を、私が決めてしまうのと同じだ。


「ええ、でも……いつかは反抗期ってものが来るのよね? 私、あの子達に拒絶されたら、ショックで国を滅ぼしてしまいそうだわ」

「子供に拒絶されたくらいで国を滅亡させるな。お前なら本当にやってしまいそうだから、なおさらタチが悪い」

「わからないわよ? 確かに私の体には宝玉が宿って一部の力は取り戻したけれど、まだ完全に融合していないもの。全力は出せないわ」

 私の言葉に、サイレスは首を傾げた。

「……? どうしてだ? 折角手に入れた自分の力だ。全て引き出してしまえばいいだろう」

「だって、完全に融合したら、名実共に魔王が君臨することになるのよ。正体を隠していたとしても、魔王の復活くらいは知らされるわ。……となれば、どうなると思う?」

 サイレスは少し考え、やがて「ああ、なるほど……」と結論を導き出した。

「勇者の誕生だな?」

「正解よ」


 ──魔王が再びこの地に立つ時、勇者もまた現れる。
 それが伝承となっているため、不容易に復活出来ないというのが、正直なところだった。

「まぁ、完全な力を取り戻せなくても、この時代では十分に戦えるから問題ないわ。──それより! あの子達の反抗期対策を考える方が最優先よ!」

「それは大丈夫だろう。あの双子に限って、反抗期は来ない」

「……どうしてサイレスがそれを言えるのよ」

「勘というやつだ」

「ふーん? ……まぁ、いいわ」

 私はジト目を伏せ、世間話はここまでにして本題に入った。


「そっちは上手くやっているのかしら?」

「今のところ、問題ない。聞かされた時はどうなるかと心配だったが、案外やれるものだな」

「そりゃそうでしょ。私が指示しているのだから、失敗はあり得ないわ」

 私が今日ここに来た真の理由は、秘密裏に進めている計画の定期報告を受けるためだった。



 以前、初めてこの店に来た時にちょこっと言った『新しいお金稼ぎ』というのが、その計画だ。

 やることは簡単だ。ガロンドを筆頭に商業が得意な者達で小さな商会を建ち上げ、それを少しずつ拡大していく。規模が大きくなれば商業への影響力が上がるので、後は波に乗り私の指示に従って物を売り捌けば、自然と大金が舞い込んで来るという仕組みだ。

 何台かアトラフィード家の金で馬車を買い、御者として各地に散らばらせてあるので、ここでは手に入らない珍しい素材や食材などが手に入る。ここらで商品を売れば、それだけでも金になる。



 ちなみに出資者は私だが、今はまだ匿名にしてある。6歳の少女が主になっている商会なんて、誰も興味を示さないだろう。

 私が貴族の舞台に上がり、公爵家としての影響力を増したら匿名を外すのもありだ。そうすれば我が商会は更に力を増し、今まで以上に金が入るようになる。


 ──勿論、商業だけが目的ではない。

 各地に部下を配置しておくことで、情報収集にも役立てられる。もし遠出した時なんかは、そちらに配置した部下とコンタクトを取り、色々と優遇させることも可能だ。


 一手の先に、もう一手。
 管理は大変だが、それに見合った利益が大きい。



「これが、今の状況だ」

 サイレスから、我が商会の報告書を手渡される。
 びっしりと書かれた文字を流し読みした私は、「ほう?」と感心の声を洩らした。

「思った以上に進出しているわね。全体の二割……しかも、帝国領にまで行っているなんて」

「このまま拡大させるか?」

「……いいえ、それ以上はまだ早いわ。商会を始めてまだ少ししか経っていない。部下が優秀だからどうにかなっているけれど、これ以上行動範囲を増やしてしまったら、いざという時に対処が遅れてしまう。急に進出して来たというだけで注目は上がっているはずだから、まずは人員確保に専念して。ちゃんと使える者を……って、そこはあまり心配していないわ。人選はガランドに任せる。……そうね。100人くらいになったら、範囲を拡大していいわ。彼は今どこに?」

「この国で一番大きい商会の者と話に行っている。戻るのはまだ時間が掛かるだろうな」

「それじゃ、このことを伝えておいてくれる?」

「了解した」

 他にも報告があったら、アトラフィード家に届けるように。私はそう言い、立ち上がった。


「もう行くのか? まだゆっくりしていてもいいんだぞ?」

「この後、あの子達の勉強を見てあげる約束をしているのよ」

「朝一番にここに来たのは、それが理由か……」

「ご名答。それじゃね」

 勉強会に遅れたら、双子の機嫌を損ねてしまう。
 それだけは避けるべく、私は早めに帰路に着いた。

 勿論、ケーキのお土産は忘れずに購入した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

アイテムボックスだけで異世界生活

shinko
ファンタジー
いきなり異世界で目覚めた主人公、起きるとなぜか記憶が無い。 あるのはアイテムボックスだけ……。 なぜ、俺はここにいるのか。そして俺は誰なのか。 説明してくれる神も、女神もできてやしない。 よくあるファンタジーの世界の中で、 生きていくため、努力していく。 そしてついに気がつく主人公。 アイテムボックスってすごいんじゃね? お気楽に読めるハッピーファンタジーです。 よろしくお願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

処理中です...