53 / 78
第52話 汝に苦痛あれ
しおりを挟む久しぶりに味わった激痛に、ラヴェットは目を白黒させていた。
「どうだ? 痛みは感じたか? …………と、質問せずともわかることだな」
「はぁ……はぁ……! な、に……をした。僕の体に、何をしたっ!」
「貴様の『不死』たる所以を破壊したまでよ。痛いだろう? 体が重いだろう? それが命の重さだ。取り戻せて良かったな」
「っ、ざけるな!」
「ふざけてなどいないのだがな。理解させるというのは、これほどまでに難しいものなのか」
私は芝居めいた動作で「ああ、嘆かわしい……」と呟きながら。サイレスの元へトコトコ歩いた。
「サイレス。悪いがナイフを一本貸してくれるか? 毒なしが好ましい」
「あ、ああ……それくらいならば構わないが」
「助かる」
礼を言い、ラヴェットのところへ戻った私は、そのまま手にしたナイフを奴の腹に突き刺し──再びラヴェットは絶叫する。これくらいで情けない叫びだが、数百年ぶりに味わう激痛なのだから、余計に痛く感じるのも仕方のないことだ。
だからって遠慮してやるつもりは一切ないのだが……。
「ほら、痛いだろう?」
私は突き刺したナイフで、腹の肉をグリグリと抉った。
奴が叫ぶと同時にそこから血が吹き出し、そのまま横に斬り裂いたところから臓物がびちゃびちゃと音を立てて地面に落ちる。異臭が部屋に充満するが、ここはスラムの死体遺棄場だ。その程度の臭いはもう嗅ぎ慣れた。
「痛みを感じることに混乱しているのか? 血が止まらないのが不思議か? 意識が無くなっていくのが怖いか? ……なぁに、心配することはない。全ては普通のことなのだから」
ラヴェットの瞳が恐怖に染まる。
「いやだ、助け──」
「助けて欲しいか? だが、残念ながら助けることは出来ない」
奴からは濃厚な死の臭いがする。
おそらく、幾人もの人を殺してきたのだろう。
性格から考えて、拷問して弄んだ後に殺す。ということも少なくないはずだ。
「貴様は自分が上位の魔族だと自惚れ、罪の無い者達を弄んだ。違うか?」
「何、で……そんなの関係な──ッァア!!」
「関係無くなどない。どうなのだ? 正直に言えば、解放してやらんことはない」
「っ! 子供も女も、気に食わない奴が居たら全部殺した! 不死である僕に楯突いたんだ! 人間だろうが亜人だろうが、魔族だって殺した! ムカついたんだ。殺すのは当然だろう!?」
楽にしてやると言った瞬間の、見事な手のひら返し。
その素早さは素直に称賛するが、奴は想像通りのクズであった。殺すことを悪いとは思っておらず、むしろ正しいと思っている。人とはここまで歪むものなのかと、同族であっても哀れに見えてしまうな。
「よくわかった。──貴様は生かしておいてはならぬ」
私の言葉に、ラヴェットは目を剥くほど大きく開いた。
「なっ! 約束がちがっ──」
「約束? 我は『解放してやるかも』と言っただけで、『解放してやる』とは言っていない」
「僕を騙したのか!?」
「騙してなどいない。……それに、約束する時は、こうするのだぞ?」
両手の小指を絡ませ、指切りをした。
ラヴェットは一瞬呆けた表情になり、直後、顔を憤怒に染める。
「馬鹿にするな。この僕を! 馬鹿にするなぁ!」
「貴様は不死では無くなった。ただの魔族。その中でも弱い。『この僕を!』と言われても…………くくっ、その台詞は我の方が似合っているのではないか?」
「おまえぇええええええええ!!!」
ラヴェットは激しく体を揺らすが、骨はピクリとも動かない。
次はうっかり飛び出されないようにと、キツめに縛ったのだ。ちょっと体を揺らす程度で逃れられたら困る。
「そう強く睨むな。どう足掻いたところで、貴様の『死』は確定しているのだからな」
私はナイフを引き抜き、奴の頭にゆっくりと────
「だが、すぐに殺すのは勿体無いな」
皮膚が斬り裂け、血が垂れたところで私は踵を返し、王座にどっかりと腰を下ろす。
「貴様は多くの者を嘲笑い、苦痛の末に殺した。ならば、貴様にも同じ痛みを与えるのが普通だろう?」
ただ殺すのでは勿体無いし、犠牲にあった者達が許さない。
……まぁ、私がどのように苦しめて殺したところで、奴は『地獄』にてそれ以上の苦痛を味わうことになるだろう。それが狂人に相応しい終幕ということだ。
私の考えていることを遅れて理解したラヴェットは、見る見るうちに顔から血の気が引いていった。
「さぁ──途中で死んでくれるなよ?」
薄く微笑み、私は腕を振った。
◆◇◆
部屋は真っ赤に染まり、鉄の臭いが充満している。
その中心にいるのは同じく真っ赤に染まった男で、王座から伸びた骨によって全身を拘束され身動きが取れなくなっていた。
……もっとも、すでに動く気力なんて残ってはいないだろうが。
「ころして……ころして……ころして……ころして……」
男、ラヴェットは一定の間隔で「ころして」と呟き、それ以外の言葉は何も口にしなくなっていた。目は虚ろで、どこを見ているかわからない。言葉を発していることから生きているのは確かなのだが、側から見たら死んでいるようにしか思えないその姿は、まるで磔にされた咎人だ。
「殺して、か……不死だった者が殺して欲しいと懇願するとは、何という茶番だとは思わないか?」
「ころして……ころして……ころして……」
「ふむ。会話すら成立しないか」
これは少々やり過ぎてしまっただろうか?
私がラヴェットにしたのは軽い拷問であり、単純なことだ。
一枚一枚爪を剥がし、全身の骨を丁寧に一本ずつ砕き、耳を切り落とし、指を潰し、最後は舌を切って死ぬ直前まで放置する。そして本当の限界に近づいたところで、私の回復魔法で癒す。全てが無くなったことになったところで、もう一度同じことの繰り返しだ。
……もう、かれこれ一時間ほどやっただろうか?
途中で飽きてしまい、本当に死ぬギリギリになって慌てて回復したことは何回かあったが、まだ一度も殺してはいない。
吹き出した血液はそのままだが、奴の体内では全てが無くなったことになっているのだ。
拷問すらしていないと、胸を張って言えるくらいには完璧に直してみせた。
「このまま続けたいところだが、反応が薄くなってきたせいで面白くない」
「…………ころして、ころして」
──ああ、なんと哀れな同族だろうか。
『不死』という不完全な力を手にしてしまったが故に、心まで捻じ曲がってしまった。傲慢に囚われ、自分だけのために生き続けた結果、こうして罰が下っている。
自業自得だが、本当に哀れな男だった。
「ラヴェット。貴様のような奴が二度と生まれぬよう、願っている」
私は、哀れな魔族に手を差し伸べ──
「【汝が魂は、我が手中にあり】」
その手を、静かに閉じた。
0
お気に入りに追加
269
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は、初恋の人が忘れられなかったのです。
imu
恋愛
「レイラ・アマドール。君との婚約を破棄する!」
その日、16歳になったばかりの私と、この国の第一王子であるカルロ様との婚約発表のパーティーの場で、私は彼に婚約破棄を言い渡された。
この世界は、私が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界だ。
私は、その乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。
もちろん、今の彼の隣にはヒロインの子がいる。
それに、婚約を破棄されたのには、私がこの世界の初恋の人を忘れられなかったのもある。
10年以上も前に、迷子になった私を助けてくれた男の子。
多分、カルロ様はそれに気付いていた。
仕方がないと思った。
でも、だからって、家まで追い出される必要はないと思うの!
_____________
※
第一王子とヒロインは全く出て来ません。
婚約破棄されてから2年後の物語です。
悪役令嬢感は全くありません。
転生感も全くない気がします…。
短いお話です。もう一度言います。短いお話です。
そして、サッと読めるはず!
なので、読んでいただけると嬉しいです!
1人の視点が終わったら、別視点からまた始まる予定です!
【完結】フランチェスカ・ロレインの幸せ
おのまとぺ
恋愛
フランチェスカ・ロレイン、十六歳。
夢は王都に出て自分の店を持つこと。
田舎町カペックで育ったお針子のフランチェスカは、両親の死をきっかけに閉鎖的な街を飛び出して大都会へと移り住む。夢見る少女はあっという間に華やかな街に呑まれ、やがてーーー
◇長編『魔法学校のポンコツ先生は死に戻りの人生を謳歌したい』の中で登場する演目です。独立しているので長編は読んでいなくて大丈夫です。
◇四話完結
◇ジャンルが分からず恋愛カテにしていますが、内容的にはヒューマンドラマ的な感じです。
【完結】悪魔に祈るとき
ユユ
恋愛
婚約者が豹変したのはある女生徒との
出会いによるものなのは明らかだった。
婚姻式間際に婚約は破棄され、
私は離れの塔に監禁された。
そこで待っていたのは屈辱の日々だった。
その日々の中に小さな光を見つけたつもりで
いたけど、それも砕け散った。
身も心も疲れ果ててしまった。
だけど守るべきものができた。
生きて守れないなら死んで守ろう。
そして私は自ら命を絶った。
だけど真っ黒な闇の中で意識が戻った。
ここは地獄?心を無にして待っていた。
突然地面が裂けてそこから悪魔が現れた。
漆黒の鱗に覆われた肌、
体の形は人間のようだが筋肉質で巨体だ。
爪は長く鋭い。舌は長く蛇のように割れていた。
鉛の様な瞳で 瞳孔は何かの赤い紋が
浮かび上がっている。
銀のツノが二つ生えていて黒い翼を持っていた。
ソレは誰かの願いで私を甦らせるという。
戻りたくなかったのに
生き地獄だった過去に舞い戻った。
* 作り話です
* 死んだ主人公の時間を巻き戻される話
* R18は少し
「……あなた誰?」自殺を図った妻が目覚めた時、彼女は夫である僕を見てそう言った
Kouei
恋愛
大量の睡眠薬を飲んで自殺を図った妻。
侍女の発見が早かったため一命を取り留めたが、
4日間意識不明の状態が続いた。
5日目に意識を取り戻し、安心したのもつかの間。
「……あなた誰?」
目覚めた妻は僕と過ごした三年間の記憶を全て忘れていた。
僕との事だけを……
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
盛れない男爵令嬢は前世からの願いを叶えたい (終)
325号室の住人
恋愛
子どもの頃から前世の記憶を持っていた男爵令嬢のキャスは、この世界がラノベの世界で、自分は王都で王子と結婚して幸せになるヒロインだと知っていた。
でも前世の影響で、カッコいい勇者を様々な補助魔法で助ける女子ポジに憧れていたキャス。
ところが成人まで約1ヶ月と迫ったその日、重大なことに気付く。
カッコいい勇者の横で回復魔法を掛けるのは、決まって童顔に爆乳な女子だと。それに引き換え、自分は確かに童顔だけれど、お胸は育っていないという事実!!
やっぱり勇者の隣ポジは無理?だったらやっぱり王都へ?それとも普通に結婚?でも、田舎でただの村娘と化した自分には婚約者なんて居ないし、でももう来月誕生日だし…
果たして、キャスの願いは叶うのか?
☆全5話
完結しました
世の令嬢が羨む公爵子息に一目惚れされて婚約したのですが、私の一番は中々変わりありません
珠宮さくら
恋愛
ヴィティカ国というところの伯爵家にエステファンア・クエンカという小柄な令嬢がいた。彼女は、世の令嬢たちと同じように物事を見ることが、ほぼない令嬢だった。
そんな令嬢に一目惚れしたのが、何もかもが恵まれ、世の令嬢の誰もが彼の婚約者になりたがるような子息だった。
そんな中でも例外中のようなエステファンアに懐いたのが、婚約者の妹だ。彼女は、負けず嫌いらしく、何でもできる兄を超えることに躍起になり、その上をいく王太子に負けたくないのだと思っていたのだが、どうも違っていたようだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる