上 下
4 / 8

4.家族が激怒しました

しおりを挟む
「…………ん、ぅ?」

 暖かな光を感じて目を開くと、見慣れない天井が視界に移る。

「……あれ……ここ、は……?」

 いつもとは違う模様。
 こんな天井、お城にあったかな……? と首を傾げたところで、昨晩の出来事を思い出す。

「そうだ。私、お城を追い出されたんだ……」

 昨日のことはまだ鮮明に思い出せる。
 そして、思い出すたびに私は深い深い溜め息を吐き出して、ひとり、どんよりとした雰囲気を出してしまう。
 気持ちがいい朝の光。それを鬱陶しく感じるほどに……。

 出来ることなら、嫌な記憶は全て、綺麗さっぱり忘れてしまいたかった。
 でも、ようやく慣れてきた日常を壊された不可視の傷は、私自身が思っていた以上に大きな影響を与えていたらしい。

「ああ、もう……疲れた……」

 こんな時は二度寝をするに限ると、再び布団の中に潜る。
 嫌なことがあれば、私はいつも眠るようにしていた。眠っている時間だけは嫌なことを思い出すことなく、夢の中で好きなことができるから。
 そう思って瞼を閉じ、再び夢現つになりかけていた──その時。

「我が娘はどこだ! どこにいる!?」

 屋敷中に怒鳴り声のような声が響き渡る。
 それは徐々に近づいてきて、ついでに騒がしい足音も複数聞こえるようになったと思ったその時、私がいる部屋の扉が外側から勢いよく開かれた。

「シェラローズ! ここにいたのか……!」

 現れたのは、私のお父様。
 急いで走ってきたのか呼吸は荒く、肩で大きく息をしているお父様の後ろには、遅れてやってきたお母様やお兄様、二人のお姉様の姿も見えた。

 ……私の家族、全員がここに揃っている。

 これはとても珍しい状況だ。
 まず私は聖女としてお城に滞在していたし、お父様やお母様は領地でのお仕事で忙しいから王都にはあまり顔を出さないし、お兄様も両親の補佐として各地を渡り歩いているため家を空けていることが多く、お姉様たちは嫁いでいるからそもそも家にいない。

 だから、心底驚いて反応が遅れたのは……仕方のないことだった。

「お父、さま? どうしてここに……?」
「バートンからお前のことを聞いて、急いで駆けつけたのだ。それよりもシェラローズ。王城に滞在していたお前が、なぜ戻ってきた? 城で何があった?」
「そ、れは……」

 言葉に詰まって、一拍おいて深呼吸。
 私は正直に、昨日起こったことを事細かに話した。



「なんと、そのようなことが……」

 お父様は最初の方こそ静かに聞いてくれていたけれど、段々とその表情は険しくなっていって、最後には俯いて全身をプルプルと震わせ始めた。
 耳まで真っ赤に染まっていることから、とても怒っている様子だ。
 普段は優しく笑いかけてくれるお母様たちも感情がなくなったような冷たい表情を顔に貼り付けていて、この瞬間だけ世界が凍りついたのかと錯覚してしまうほどの沈黙と、思わず身震いするほどの重苦しい空気が部屋を支配する。

「許せん。これは、決して許されることではないぞっ!」
「も、申し訳、ありません! 私のせいで、家族の顔に泥を塗るようなことに────」
「愛しい娘を虐げたなど、王族であろうと絶対に許さん!」



 ………………え?



「私は覚悟を決めたぞ! 我々は領地に籠る。貴族社会にも二度と顔を出さん! かけがえのない我々の家宝──シェラローズを追放したこの国など知ったことか!」

 お父様は血管がはちきれそうになるほど激昂し、

「……ああ、可哀想な私の娘。辛い時、側にいてあげられなくてごめんなさい。でも、もう大丈夫よ。今まで一緒にいてあげられなかった分、これからはずっと一緒だからね」

 お母様はその目に涙を浮かばせながら私を優しく抱きしめ、

「今まで聖女としてよく頑張ってきたね。シェラローズは偉い子だ。だから今度は好きなだけ休むといい。後のことは僕達に任せて、ね……?」

 お兄様は昔やってくれたようにポンポンと頭を撫で、

「お兄様の言う通りだわ! シェラはずっと頑張ってきたのだから、ちょっとくらい休んだって誰も文句は言わないわよ! ──いいえ! 誰にも文句は言わせないわ!」
「顔だけはいいからって調子に乗って、あんの馬鹿王子……! うちの可愛い妹を悲しませた恨み、絶対に忘れないわ!」

 お姉様たちは王城がある方角へ敵意を剥き出しに叫ぶ。

 ……え、…………え?

「あの、怒っていないのですか……?」
「怒っているに決まっている! あの無能には散々呆れていたが、娘の婚約者だからと大目に見ておけばこれだ! 流石の私も我慢の限界だ!」
「あ、いえ……家族の顔に泥を塗ってしまった私に、怒っていないのですか?」

「「「「「はぁ?」」」」」

 本心で聞けば、皆は「何を言っているんだ?」と言いたげに顔を顰めた。
 予想していた反応とは違うものが返ってきて、今度こそ意味がわからなくなる。

 私は睡眠が好きだ。
 そのせいで周りに迷惑を掛けたこともあるし、心配もさせた。

 今回のことも、元はと言えば私が寝てばかりだったせいで殿下が勘違いしたのが原因だ。
 私が周りの言葉に甘えることなく、もっとしっかり聖女の役割を果たしていれば、こんなことにはならなかったのでは……?

 そう思いながらお城を出て、自分の意思の弱さを後悔していた。

 なのに、それでも私は睡眠を嫌いになれなかった。

 むしろ、眠ることさえできれば他はどうでもいいとさえ思う自分がいて…………こんなに堕落しきった私が聖女だなんて、やっぱり向いてなかったんだと、昨日──謁見の間で改めて現実を突きつけられたような気がした。

 だから、きっと皆からも同じようなことを言われるんだろうなって、勝手にそう決めつけて、諦めていた。…………なのに、

「お前は聖女の役目をしっかりと果たしていた。怒ることがあるか?」
「今代の聖女様の力は素晴らしい。過去の歴史の中で最も、魔物による被害が少なく済んでいるのは聖女様のおかげだって、みんなが言っているわ。あなたは何も悪くないのよ。……何も悪くないの」

 お母様に抱きしめられて、みんなに励まされて。
 ……ああ、ちゃんと理解してくれる人は、私の味方になってくれる人は、こんなに居たんだってことが分かって……嬉しくなった。

「ありがとう、ございます……ありがと、ぅ……」

 お母様の胸元に頭をくっつけて、私は啜り泣いた。
 成人手前なのにみっともない体勢で、少し恥ずかしかったけれど、私を包み込む温もりを感じれば感じるほど、私の目から溢れ出る涙は、いつまでも止まることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

大好きな第一王子様、私の正体を知りたいですか? 本当に知りたいんですか?

サイコちゃん
恋愛
第一王子クライドは聖女アレクサンドラに婚約破棄を言い渡す。すると彼女はお腹にあなたの子がいると訴えた。しかしクライドは彼女と寝た覚えはない。狂言だと断じて、妹のカサンドラとの婚約を告げた。ショックを受けたアレクサンドラは消えてしまい、そのまま行方知れずとなる。その頃、クライドは我が儘なカサンドラを重たく感じていた。やがて新しい聖女レイラと恋に落ちた彼はカサンドラと別れることにする。その時、カサンドラが言った。「私……あなたに隠していたことがあるの……! 実は私の正体は……――」

処理中です...