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3.ただいま帰りました

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 ある日、私は不思議な夢を見た。
 とても眩しい光を放つ女性が空から現れ、その人は私を抱きしめながら、こう言った。

「今日からお前が、私の愛し子だ」

 それをきっかけに、私の周囲は変わっていった。
 始まりは、世界を創造したと言われる女神──リリア様を信仰する聖教会の人達がやってきて、私のことを『聖女』だと祀り上げたことから。
 何があったのか。何を言われているのか。次々にやってくる状況を理解するより早く、当の本人を置き去りに周りだけが忙しそうに動く。
 そして気付いた時には、辺境伯であるお父様の領地から、ラギア王国内で最も活気溢れる王都に移り住むことになっていた。

 ──それから四年。
 聖女としての役割をこなしつつ、時間が許す限り好きなだけ惰眠を貪っていたら──婚約者であるラグーサ殿下からお城を追い出されてしまった。

 思えば、とんだ転落人生だ。

 お城での悠々自適な生活から、婚約破棄された挙句に寝巻き一つでお城を追い出され、深い夜と共に寝静まった城下をトボトボと歩いている。

 誰も、こんな女を聖女だとは思わないだろう。

 殿下の言う通り、私は何一つ政治に関わってこなかったし、民衆の前に顔を出すこともほとんど無かった。
 そのため聖女の顔を覚えている人は少ない。
 でも、そのおかげで誰も私を特別扱いしなかった。すれ違う人から崇められることも囲まれることもなかった。

 不幸中の幸いと言うべきか、夜遅い時間帯だと言うのに、道中では酔っ払いに絡まれることもなあったし、強姦に襲われそうになることもなかった。
 正直、それだけが怖かったけれど……何事もなくて安心した。


 それでも夜遅い時間帯だ。最後まで油断してはいけない。
 そのように注意を払いつつ、内心ビクビクしながら歩き続け、ようやく私は目的の場所にたどり着く。


「ただいま帰りました……」

 私が向かった先は、王都にあるお父様の別荘。
 何かあった時にいつでも戻って来られるようにと、あらかじめ渡されていた合鍵で門を開き、別荘の扉を控えめに叩く。

「どちら様ですか? こんな遅くに……っ、お嬢様!?」

 待つこと数十秒。怪訝な表情で出てきたのは執事のバートンだった。
 彼はお父様がまだ成人していない頃からの付き合いで、お父様が辺境の領地にいる時の別荘の管理を一任されている人物だ。
 お父様はもちろん、私たち家族も彼に大きな信頼を寄せていて、人付き合いの良さから多くの使用人からも頼りにされている。そんな彼が最初に出てきてくれたことに感謝しつつ、私は夜遅くの来訪を謝罪するため、頭を下げた。

「遅くにごめんなさい。あの、入っても……いいですか……?」
「ええ、ええ! 勿論です! ……何があったかは聞きません。今はとにかく中へ。すぐに暖炉と温かいスープを用意しましょう」

 と、バートンは慌てた様子で、住み込みで働いている使用人を起こし始める。
 最初のうちだけ皆は眠そうな表情をしていたけれど、寝巻きのみで玄関から入ってきた私を見て、バートンと同じようにテキパキと動いてくれた。

 私はすぐに広間に案内され、暖炉の前の椅子に座らされた。
 渡された毛布に包まりながら温かいスープを飲む。私が大好きなコーンスープは、歩いている途中で冷え切った体にとても染み込んで、ホウッと口から吐息が漏れ出た。

「急な訪問だったのに、ありがとうございます……」
「滅相もございません。訪問者がお嬢様ならば、どのような時間だろうと迎え入れるのが我々の役目。お嬢様を拒むくらいなら、この首を旦那様へ差し出しましょう」
「……ふふっ、ありがとうございます。でも、首を差し出すのはやめてくださいね。バートンがいなくなったら、私は……寂しいです」
「では、そのように……。この老いぼれ、お嬢様の晴れ姿を見るまでは、まだまだ休めません」

 バートンはよく冗談を言って、私を楽しませてくれる。
 だから彼と話すのは楽しいし、子供の頃は仕事の合間にお話をしていた。
 どんなに忙しい時も、私が来たら快く迎え入れてくれて、日々の仕事をこなしながら私の相手をしてくれた。それは、今も…………。

「……理由を、聞かないんですか?」
「最初に申し上げたように、私は何も聞きません。それよりもお嬢様が心配です。いついかなる時でもお嬢様が戻ってこられるよう、常に寝具の準備はできています。……どうか今はまだ何も言わず、ゆっくりとお休みください」

 ──王城の寝具には敵いませんが、十分な休息は取れますよ。
 そう付け加えたバートンの微笑みはとても優しくて、私は、潤んだ瞳を手で拭うのだった。
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