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第3章
それでも私は眠りたい
しおりを挟む決闘当日まで、私は『体力温存』を言い訳に、部屋に引き篭もることにしました。
相手の情報は逐一、ウンディーネが報告をしてくれます。
どうやら今は、一向に動きを見せず部屋に引き篭もる私の悪口を言いふらしているようですね。
アカネさんのご両親は、その虚言を鵜呑みにした住民の対処に忙しいと言っていました。
あの獣人の男……えっと、バリツでしたっけ? 彼の家はとても大きく、歴史もある。だから姿を見たことのないアカネさんの婚約者より、その家の長男の言葉を信じたのでしょう。
「まぁ、私には関係ありませんねぇ……」
私はベッドに寝転がり、そう呟きました。
「……いや関係無くはないじゃろう。お主のことで問題が起きているのじゃぞ?」
溜め息混じりに言葉を返すのは、アカネさんです。
彼女は私の身を案じ、あれからずっと一緒に居てくれます。
「もう少し、怒ってもいいのじゃぞ?」
「そんなの適当に流しておけばいいんですよ。勝手な風評被害は『ああ、有象無象がなんか言ってるな~』程度の認識で十分です。だって、気にしたところで相手は話を聞かないし、そんなのに貴重な時間を割くなんて勿体無いでしょう?」
「リフィは、たまに毒を吐くな」
「私だって言う時はありますよ。面倒なだけで、もっと言ってやりたいことはあります」
「それを言わなくていいのか? 実際、民の声は日々高まっている。今は父上と母上がどうにかしてくれるが、決闘当日になったら、決闘の場は民で溢れ返るじゃろう」
「むしろ、望み通りです」
人の目に晒される。
それは大嫌いです。
でも、ここまで不満が膨れ上げっている以上、どうにかしなければなりません。
バリツの……というか、彼の家が有名なせいで、私の言葉には誰も耳を貸してくれないでしょう。どうにか論じることができたとしても、彼の「こいつは嘘つきだ」の一声で全てが台無しになってしまいます。
──だったらどうすればいいか?
簡単な話、決闘の場でボコせばいいのです。
アカネさんに相応しい実力を、全ての住民に見せつければ、誰も文句は言えません。
いやぁ、実力主義な世界って単純ですね。
チート万歳です。
「父上は決闘の日を楽しみにしている。頑張ってくれ」
「もちろんですよ。負けることはあり得ないですから…………まぁ、万が一のことがあれば。私の頼もしい相棒に頼るだけです」
その言葉に反応して、コップの水が揺れました。
ウンディーネは今回のことに怒りを感じています。
やはり、私が馬鹿にされているのは我慢ならないのでしょう。
以前の水不足事件を再び引き起こそうとしていたので、それは流石に止めましたが……これ以上彼が何か行動を起こしたら、ウンディーネは私の言葉よりも先に、罰を与えようとするでしょう。
だから、どうかこれ以上の愚行は起こさないでください。
…………私は、今も馬鹿やっているであろう彼に、そうお願いしたいです。
「本当は、妾も力になれればいいのじゃが……」
「アカネは私の応援をしていてください。……逆に手伝わせるなんてことがあったら、お義父さまに怒られてしまいます」
「それでも妾は、妾の婚約者が悪く言われるのは嫌なのじゃ……リフィを面倒事に巻き込んだ挙句、こんな……なんてお詫びしたらいいか」
元より、婚約を申し込まれた時から面倒事の予感はしていました。
それでも自分は自分の意思を貫くんだと決め込んでも、世界の流れというのはそう簡単に覆せるものではありません。
こうなったのも、仕方の無いことなのでしょう。
どこにでも馬鹿は居るものです。
アカネさんが気を病む必要はありません。
…………と言っても、彼女は自分を責めるのでしょうね。
「だったら、お願いがあります」
ならば、彼女の言葉に甘えるとしましょう。
「リフィのお願いなら、なんでも応えよう」
「膝枕をしてください」
「うむ! 任せるがい……い? は?」
「膝枕をお願いします。ほら、早く」
アカネさんを手招きして、ポンポンと座るように誘導します。
「あ、えっと、その……だな、リフィ?」
「なんでもすると言いましたよね?」
「いや、膝枕はちょっと恥ずかしいというか……」
「な・ん・で・も・すると、そう言いましたよね?」
「…………うむ」
私が引かないと察したのでしょう。
彼女は赤面しつつ、裾を上げます。
艶のある綺麗な素足……私は遠慮なく、その上に頭を乗せました。
「ふむ。包み込むような感触。とてつもない安心感。さらさらとした肌触り。それに良い匂い……100点です」
「気に入っていただけたようで何より──ひゃ、り、リフィ! あまり動かんでくれ、足を撫でないでくれ、匂いを嗅がないでくれ!」
「嫌です。これは膝枕なのです」
「そこまでは許していな──」
「なんでもするんですよね?」
「…………くぅぅ……!」
この際です。やりたい放題させていただきましょう。
「アカネの膝枕は極上ですね。これからも定期的にお願いしたいです」
「ふ、ふんっ! その程度、いくらでもやってやる! 妾達は夫婦になるのじゃからな!」
吹っ切れたのか、それとも混乱して自暴自棄になっているのか。
アカネさんは耳まで赤くしながら、わざとらしい大きな声で宣言しました。
「…………言質、取りました」
「──あ、」
言ってから、しまったと顔を青ざめるアカネさん。
でも、残念ながらもう遅いです。
「これからも、よろしくお願いしますね♪」
私はとびきりの笑顔で、そう言いました。
「……………………おぅ」
アカネさんは絶望したような、観念したような……なんとも言えない微妙な顔を浮かべたのでした。
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