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第2章

魔女裁判

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「時間だ」

 その時は唐突に来ました。


「んぐっ……今日は、珍しく大人数ですね」

 玄関を開けて入って来たダインさんとその他大勢を眺めながら、私は口に含んでいた果実を飲み込みました。

「ノックくらいはしてくださいよ。秘密のプライベート中だったらどうするのですか?」

「ぷらいべーとというものを知らぬが、それは失礼したな」

 そう謝罪するダインさんですが、全く悪気は見えません。
 言葉だけの謝罪って、こんなにウザく聞こえるものなのですねぇ。


「だが、もう関係のないことだ」

 それを皮切りに彼の後ろに控えていたエルフ達が構えました。
 もうすでに彼らは戦闘態勢。その様子を見れば、どんな空気の読めない人だろうと察するというものです。

「…………そうですか。もう一ヶ月が経ちましたか」

「そういうことだ。大人しくこちらに来い」

 ダインさんが大勢のエルフを連れて来たのは、私を逃がさないため。

 おそらく先代の中で、隙を突いて逃げようとした魔女がいたのでしょう。だから後ろのエルフ達はすでに戦闘態勢に入っており、私から一瞬たりとも視線を外しません。

 ……まぁ、この程度の雑魚は、真正面から捩じ伏せることが可能なのですが、今の所は大人しく従っておきましょうか。

「……はいはい、りょーかいしましたー」

 私は無抵抗のアピールに両手を上げて万歳します。
 それでも警戒しているのか、一人が私に近づいて来て、手を頑丈な鎖で縛り付けました。

 ……ふむ、どうやらこの鎖は特殊な素材で出来ているらしく、付けられた瞬間体が重くなりました。
 魔力を抑える効果もあるのでしょうか? この状態のままだと、いつもの半分も出せそうにありません。

「これ、邪魔なんですけど?」

 動きづらいし、魔力は封じられるし、締め付け痛いし……最悪です。

 私は文句を述べ、鎖をジャラジャラとわざとうるさく鳴らしました。というか鎖をできる範囲でぶん回しました。

 後ろに控えるエルフ達はその耳障りな音に顔を顰めましたが、ダインさんはそれを気にしていないのか、それとも無視を決め込んでいるのか、仏頂面で口を開きます。

「気が変わって逃げられたら面倒だ。最後まで我慢しろ」

「ほぉ……なるほど」

 この鎖は私の最後の時まで一緒だと……つまり、生涯の友ですね。

 ……ちょっと違う?
 まぁ、細かいことは良いではないですか。

「それで、これからどうすれば良いのです?」

「まずは『儀式』のために身を清めてもらう」

「『浄化』っと……はい、身を清めましたが?」

「……………………」


 あ、今ちょっと呆れましたね?
 目元がピクピク動いたのは見逃しませんよ?


「身を清めたら、正装に着替えてもらう」

 そう言って差し出されたのは、純白の服でした。

 ……なんか、ウェディングドレスに似ていますね。

 まさか未婚の私がこれを着ることになるとは思っていませんでしたが、これが正装ですか。
 普通ならウェディングドレスを着られることを喜ぶのでしょうけれど…………なんか、気持ち悪いですね。

「……あっち、行ってくれます?」

 そう言い、外を指差します。

「目を離した隙に逃げられたら──」

「逃げませんから、あっち行っててください」

「しかし……」

「やーい、へんたーい、すけべー、覗き魔ー」

「…………くそっ、お前達、外に行くぞ」

 心底ウザそうに顔を顰めたダインさんは、困惑するエルフ達を連れて外に出て行きました。

「……さて、面倒だけど着替えますか」

 元々着ていた服を霧散させ、渡された正装を纏います。

「出てけと言ったのは私ですが、一人で着るとなると面倒ですね」

 ついでに鎖を付けられているので、面倒臭さは倍増です。

「手順ってものを考えてくださいよ。馬鹿ですかあの人達は……くっそ、ほんと馬鹿ですねもうっ」

 足を突っ込めばどうにか着替えることの出来る服だったのが、最小限の幸いでしょうか。
 それでも着替えづらいのは変わらず、何度かバランスを崩してぴょんぴょんしながら、どうにか着替えを続けます。

 女性のエルフを一人くらい連れて来てくれれば手伝わせることも出来たのに、そういうところを考えられないから、あの人はダメなんですよ。

 魔女の力を使って『一生独身』の呪いを掛けられませんかね?
 ……というか、もう誰かに呪われていそうですね。その場合はザマァです。

「…………あ、手を縛られているんだから、裾、通せませんね」




 最大の問題に直面した私は立ち尽くし、キョロキョロと周囲を見回します。

 安全確認よーし、監視もされていなーい、よーし。




「…………えいっ」





 鬱陶しくなった私は、玄関先にいるダインさん達に気づかれないよう、静かに手錠を壊しました。
 コソコソと腕を通し、ぶっ壊れてしまった手錠は『回復魔法』で元通りに直します。

「これ、先代の魔女はどうやって着替えていたのでしょう?」

 そこら辺は魔法で何とかなるものなのでしょうか。
 でも、私はそこまで魔法に詳しいわけじゃないので、こうやって力技に頼る羽目になったのですが、流石は回復魔法カンストです。無機物でも回復できるとか、凄いですね。

 これでも治らなかった場合は「なんか勝手に壊れちゃいました」と言い訳するつもりでしたが、その心配はありませんでしたね。



「……あれ? ここはこれであっているんですかね?」

 難問を力技で突破できたのは良いのですが、それでも準備に時間が掛かります。

 ……まぁ、彼らのために早く済ませてあげるのも精神的に嫌なので、ゆっくりやりましょう。
 ここまでくれば、とことん待たせてあげます。それが私なりの優しさですから。


「……自分で言っていて、意味がわかりませんね」


 ──邪魔することが私なりの優しさって何ですかマジウケる。


 と、内心セルフツッコミをしながら、私は着替えを終了させました。
 備え付けの全身鏡で変なところが無いかを確認して、外に出ます。



「……随分と遅かったな」


「ええ。あなたの部下である馬鹿一人が、順序を誤って先に手錠を掛けやがったので、馬鹿みたいに着替えづらかったんですよ」

 嫌味ったらしくそう言うと、私に手錠を掛けたエルフは殺意剥き出しで私を睨みました。
 ですが、私は間違っていません。だって馬鹿なのには変わりありませんからね。……まぁ? それを実行させたダインさんも考え無しですけれど。

「次からは着替えてから手錠を付けさせる。それと女性を何人か連れて来ることを、私から進言してあげましょう」

「……そうすることにしよう。だが、女をここに連れて来させることは出来ないな」

「はぁ? それはどういうことです?」

「エルフの女は、全てに等しく魔女になる可能性があるためだ」

「……ああ、そういうことですか……ったく面倒な種族ですね、エルフというのは。同じ種族になってしまったことが、私の人生最大の汚点です」

 あの神様も、ちゃんとそこら辺を教えてくれれば良かったのに。

 でも、知らなくても仕方ないのかもしれませんね。
 彼女は転生担当の神様っぽかったので、下界の情報なんて持っていなかったのでしょう。

 だからエルフをおすすめした。
 エルフの現状を知っていれば、極端に面倒臭がりな私にエルフを紹介するわけがありませんから。



「これで準備は整った」

 ダインさんは私を連れ、捻じ曲がった空間の前まで来ました。
 お久しぶりのワープポータルです。

「…………」

 彼の視線が「早く入れ」と言っています。
 私はそれに従い、空間の先──エルフの里に移動しました。


 そこにある広場には里中のエルフが集い、空間から姿を現した私のことを一斉に見つめました。





「待たせたな、皆の者」





 ざわめきが場を支配する中、ダインさんが一歩前に出て口を開きます。
 それは静かなのに、透き通ってよく響きました。

「これより『魔女裁判』に移る」

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