上 下
109 / 233
第2章

ご招待です

しおりを挟む
 夜が開けると同時に、魔王城から派遣された馬車が到着しました。

 正直、もう少し時間が掛かるかと思っていたのですが、どうやら休みなしで馬車を走らせたようです。
 流石に往復は馬にとって厳しいだろうということで、特別に疲労回復の魔法を掛けてあげたら、最初の頃よりも元気になったと馬車の御者から感謝されました。

 これからの予定を軽く打ち合わせしてから、馬車数台を均等に振り分け、私達は馬車に乗り込みます。

「さぁ、しゅっぱ──」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「……なんですか、もう」

 心機一転、気分良く出ようと思ったところで、古谷さんが声を上げました。途中で邪魔されたことに頬を膨らませながら、私は彼に振り向きます。

「どうして俺も馬車に乗っているんだい!?」

 私達が居るのは、馬車の中です。
 合計三人。私、ディアスさん、古谷さん。

 他の兵士は他の馬車に乗っています。
 誰か一人は護衛を付けた方がいいだろうという話になったのですが、私達よりも腕の立つ人がいる訳がなく、こうして私達は三人だけで乗ることになったのです。

 そこまでで何もおかしなことはないと思うのですが、どうやら古谷さんは物申したいことがある様子。

 ……一体、何が不満なのでしょう?

「いや、俺は一緒に行ったらダメでしょう!」

「は? なんで?」

「何でって……魔王城に行くんだろう? 俺が行ったら絶対に面倒なことになる。というかまだ死にたくない!」

 古谷さんは怖がっているのか、彼自身の体をぎゅっと抱いて震えています。

「人の家に行くだけで死ぬなんて、物騒な世の中になりましたねぇ……」

「場所が問題なんだよ!?」

 私がしみじみ頷いていると、古谷さんが耐え切れずに立ち上がりました。
 その衝撃で馬車はちょっと揺れましたが、そこは誰も気にしません。

 御者の人が心配して顔を覗かせますが、問題ないと手を振ります。

「そんなに興奮しなくても……そんなに女の子の家に上がるのが恥ずかしいんですか?」

「そういうことじゃなくて……! ああもうっ、ディアスさんも何か言ってよ!」

「何だ? 家に居るのはリーフィアだけじゃないぞ?」

「ダメだこの人達話が通じない!」

 古谷さんは頭を抱え、ディアスさんがその様子を見て笑います。

「もう、古谷さんをからかうのは、やめてあげてください。可哀想でしょう?」

「元凶アンタだよ!」

「古谷さんって、本当に反応が面白いですよね。つい、からか──こほんっ。遊んでしまいます」

「同じ意味だよね、それ!」

 本当に面白い反応です。
 流石は王国でスパイをしていた頃、唯一のツッコミ役だっただけはあります。

 ……古谷さんで遊ぶのはこれくらいにして、ちゃんと理由を話してあげましょうか。

「古谷さんは一応ディアスさんを助けた恩人でもあります。魔王軍として報酬を与える。そのために古谷さんを我らが魔王城へ招待することになりました。…………ついさっき」

「さっき!? ……んんっ! でも報酬って、俺は勇者だよ?」

「旅の資金、装備。あなたには必要でしょう?」

「うぐっ……そ、それは、そうだけど……」

 古谷さんはボロっちいローブと、薄汚れた服を着ています。その様子からお金が枯渇しているのは容易に想像出来ます。

 そして彼は勇者なのだから、手強い魔物と戦う機会は多いでしょう。なので装備も見直さないといけません。

「本当に、貰っちゃってもいいの?」

「うじうじ悩まないで、貰える物はありがたく貰ってください」

 あげると言っているのだから、遠慮せずに貰う。
 この世界ではそれで良いのです。

 日本みたいに遠慮し合うのは、損でしかありません。人間、時に強欲に生きた方が、長く生き残れます。
 ……まぁ、強欲になりすぎると、どこぞの国王みたいな結末になりますけど。

「そっか、それじゃあ……ありがたく頂戴しようかな」

「それで良し。──あ、出発しちゃってくださーい」

 馬車はゆっくりと動き出します。

「なんか、緊張するな」

 古谷さんは魔王城に行くということで、どこか落ち着きがありません。

 堂々としていてください……と言うのは流石に無理がありますよね。一応勇者ですし、経緯は違えど敵の本拠地に行くようなものですし。

 私だって人の国──私にとっての敵の本拠地へ強制的に連行されたのですから、これでおあいこです。

「そんなに緊張することはないぜ。意外と住みやすいぜ? あそこ」

「へぇ~、そうなの?」

 ディアスさんの言葉に頷き、私も口を開きます。

「ええ、そうです。毎日のように部屋はぶっ壊れますが、それなりに充実しているところです」

「そうなんだ……って、え?」

「ミリアとの駆けっこで半壊しかけたこともあったな」

「ミリアさんと久しぶりにサッカーしたら、庭が全焼したこともありました」

「ああ、あれリーフィア達が犯人だったのか。庭師、めちゃくちゃ落ち込んでたぞ」

「ええ、ヴィエラさんに拳骨いただきました」

「あいつ。鬼よりも鬼らしいもんな」

「お菓子を夕食前に食べた時なんて、ミリアさんと共に正座させられました。あれは本気で怖かったです」

「リーフィアが本気で怖がるなんて、マジなんだろうな……気持ちはわかるぜ」



「…………、……や…………っ……」



 古谷さんは小刻みに震え、勢いよく立ち上がりました。

 そして────

「やっぱり降ろしてくださぁああああああい!!!」

 彼の絶叫が、馬車に響いたのでした。
しおりを挟む
感想 247

あなたにおすすめの小説

異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜

トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦 ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが 突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして 子供の身代わりに車にはねられてしまう

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

オタクな母娘が異世界転生しちゃいました

yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。 二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか! ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?

転生したら遊び人だったが遊ばず修行をしていたら何故か最強の遊び人になっていた

ぐうのすけ
ファンタジー
カクヨムで先行投稿中。 遊戯遊太(25)は会社帰りにふらっとゲームセンターに入った。昔遊んだユーフォーキャッチャーを見つめながらつぶやく。 「遊んで暮らしたい」その瞬間に頭に声が響き時間が止まる。 「異世界転生に興味はありますか?」 こうして遊太は異世界転生を選択する。 異世界に転生すると最弱と言われるジョブ、遊び人に転生していた。 「最弱なんだから努力は必要だよな!」 こうして雄太は修行を開始するのだが……

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

アサの旅。竜の母親をさがして〜

アッシュ
ファンタジー
 辺境の村エルモに住む至って普通の17歳の少女アサ。  村には古くから伝わる伝承により、幻の存在と言われる竜(ドラゴン)が実在すると信じられてきた。  そしてアサと一匹の子供の竜との出会いが、彼女の旅を決意させる。  ※この物語は60話前後で終わると思います。完結まで完成してるため、未完のまま終わることはありませんので安心して下さい。1日2回投稿します。時間は色々試してから決めます。  ※表紙提供者kiroさん

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

処理中です...