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第2章

歯車は、歪に回り始めます

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 行きはすぐでしたが、帰りはその何倍もの時間をかけて魔王城に帰宅しました。

 ウンディーネならば私の居る場所に転移することが可能ですが、だからって私の速さで置き去りにするのも気が引けます。なので、ゆっくりと歩きながら二人きりでお話していました。

 やはり、気兼ねなく話せる相手というのはありがたいですね。
 ウンディーネからも『楽しい』という感情が流れてくるので、共にいる私まで楽しくなってしまいます。

 ──しかし、そんな楽しい時間も唐突に終わりを迎えるのでした。


「──ん?」

『あれ?』


 異変に気付いたのは、ほぼ同時でした。

「なんか、騒がしいですね」

 側から見れば気付くはずのない異変。
 ですが、私の耳にはちゃんと聞こえていました。

「ウンディーネ」

『うんっ!』

 全てを言わずとも、ウンディーネは私の望むことを理解して行動してくれます。

 彼女は水の精霊──その最上位に位置する『原初の精霊』です。
 今は魔王城にある水分に意識を集中させ、中で何が起こっているのかを探ってくれています。

 そんな中、私は魔王城へ駆けていました。
 置いて行くのは申し訳ないですが、ウンディーネを待っている暇は無いように思えましたし、近くで凝視して彼女の集中力を下げるわけにはいきませんからね。

 私が魔王城に入ったと同時に、ウンディーネから念話が飛びます。

『リーフィア! すぐに執務室に……!』

『了解です』

 ウンディーネはそれだけを言い、念話を切ります。
 必要なことは何も言われていませんが、それはつまり『執務室』に行けば全てがわかる。ということでもあります。

 まさか、私の居ない間に緊急事態が起こっているとは……単なる偶然、ですよね? 誰かに監視されているという感じはしませんでした。なので、やはりこれは単なる偶然なのでしょう。

「だからってタイミングを考えて欲しいですね」

 私は急ぎ、廊下を駆けます。
 何度か使用人とすれ違いましたが、彼女達は私が通ったことにすら気付いていません。

 目的地である執務室の到着したのは、何かが起きていると発覚してから一分も経っていませんでした。


「ミリアさん……!」


 ノックする時間も面倒になり、私は扉を開きます。

「──っ、リーフィア!」

 中で何かを喚いていたミリアさんは、私を視認した途端に飛び付いてきました。
 彼女の瞳には若干の涙が浮かんでいて、いつもは冷静沈着なヴィエラさんも、今は苦渋に表情を歪めていました。

「リーフィア! ディアスが、アカネが……!」

「落ち着いてください。まずは簡潔に説明を。……ヴィエラさん」

 こういう時はヴィエラさんが頼りです。
 何があったのかの説明を求めると、彼女は静かに頷いて口を開きました。

「ディアスとアカネが、帰りの馬車で襲撃を受けた。どちらも待ち伏せを受けていたらしく、どちらも持ち堪えるのが限界らしい……今、そのような通信が入った」

 襲撃? その相手は考えるまでもなく人間でしょう。ですが、どうして急に? ましてや、この魔王城では相当な実力者である二人を追い詰めるなんて……まさかエルフが関わっているのでしょうか?

 …………なるほど。これは私を誘き出すための罠ですか。

「リーフィア……頼む。二人を助けてくれ、お前の仕事ではないことは十分理解している。全てが終わったら何だってする。何だって差し出す。だから頼む。二人は余の大切な──」

「それ以上は、言わなくていいです」

 ミリアさんの唇に人差し指を当て、私は微笑みます。

 きっと彼女は、誰よりも最初に飛び出したかったことでしょう。大切な二人を守ると、無謀にも駆け付けようとしたことでしょう。
 でもそれをしなかった。ミリアさんは魔王だから、ここから離れてはいけないのです。己の立場を弁えているからこそ、彼女は苦しい思いに押し潰されそうになり、今この状況も友人が襲われているという現実に、胸が引き裂かれる思いをしている。

 ──だから私を頼った。

 縋れるものには何だって縋り付く。
 使えるものは何でも使う。
 友人を助けるためなら、言葉通りミリアさんは何でも差し出すでしょう。

 だから私は、こう望みます。

「どうか笑っていてください。私が必ず助けますから、安心していつものように踏ん反り返っていてください」

 ミリアさんの小さな体を抱き上げ、彼女専用の椅子に乗っけます。

「ヴィエラさん。場所は」

「ここだ」

 広げられた地図に、ヴィエラさんは赤い丸を二つ付けます。

「……ふむ。どちらも遠いですね」

「ああ、今から向かったのでは……もう……っ」

「問題ありません」

「は……」

「問題はないと、そう言ったのです。──ウンディーネ」

 私はウンディーネを呼び出し、彼女はその呼び掛けに即座に応じてくれました。

「ウンディーネは、ここ。アカネさんを救出してください。今すぐに。……出来ますね?」

『ここは……うん! 行ってくる!』

 ウンディーネは霧と化し、姿を消しました。

 アカネさんが襲撃にあった場所の近くには、水辺があります。水の最高精霊であれば一瞬で移動することが可能でしょう。

「後は……」

 ディアスさんですね。
 距離で言えば、アカネさんと変わらない。

 ……いや、こちらの方が少し遠い場所にあります。

 今から向かうのでは遅すぎる?
 そんなので立ち止まっていたら、全てが手遅れになります。

「では、行ってまいります」

「リーフィア……!」

「私の魔王様は元気でお馬鹿さんで騒がしい……いつも笑いかけてくる人。あの時、約束しました」

 そして私が交わした約束は、もう一つあります。

『もし、何かあって妾が居なくなった時、ミリアのことを……頼む』

 そう言って土下座までしてみせたアカネさん。
 私はその願いを断り、私の安眠のために協力し合おうと約束しました。

 ──誰一人、欠けることは許されない。
 それはミリアさんを不幸にさせ、私も気分良く眠れません。

「もう一度言います。助けますよ。必ず」

 私は窓から飛び出しました。

 ディアスさんの位置はすでに記憶しました。
 後はその方向へ一刻も早く向かうのみ。


 私はリーフィア・ウィンド。
 神から授かったチートによって、いつの間にか最強に近い存在になってしまった……ただの堕落者です。

 出来ることなら、何もせずに眠り続けたい。
 それが私の根本にある。

 でも、ですが…………

「私は、仲間を見捨てるほど非情ではないのですよ」

 速く。もっと速く。
 神から与えられたチートを使い熟せ。
 今はそれだけのために全てを消費しろ。

 私はリーフィア・ウィンドです。
 それは大地を駆ける一陣の風のように、誰よりも速く動いてみせましょう。
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