91 / 233
第2章
忙しそうですね
しおりを挟む
兵士が落ち着きを取り戻し、用件を終わらせた私もそろそろ帰ろうかと思っていた時、訓練場に新しい人影が現れました。
「──なんじゃ、楽しそうなことになっておるなぁ」
着物をギリギリのところまではだけさせ、腰に扱いの難しそうな大太刀を差しているのは、私と同じ魔王幹部のアカネさんです。
彼女は訓練場の一角、壁まで減り込んでいる兵士を見つめ、クスクスと楽しそうに微笑んでいました。
「ディアス、訓練にしても、あれはちとやり過ぎじゃと思うが?」
「仕方ないだろ。あいつがリーフィアを侮辱したんだ。だから殴った」
ディアスさんが無愛想にそう言うと、アカネさんは納得したように頷き「なるほどなぁ」と小さく呟きました。
「あの者が原初の精霊の怒りに触れる前に、ディアス自身で手を下したか。……くくっ、仲間思いじゃなぁ」
「……ったく、どいつもこいつも……」
アカネさんは訓練場の状況を一瞬見ただけで、ここまで理解した。
彼女の状況整理と判断力。その実力を垣間見た気がします。
……やはり、アカネさんは底が知れませんね。
「それはそれとして……久しいなリーフィア。帰ってきてくれたようで安心した」
「……ええ、ご迷惑をおかけしました」
私とアカネさんが会ったのは、私が魔王城を家出する直前の話し合いが最後でした。
そう考えると、約一週間も会っていないということになります。
「妾は別に気にしていない。どうせ何かやるべきことがあるから出て行ったのだと、理解していたからな。いつかは帰ってくるだろうと信じていた」
……どうやら、アカネさんには筒抜けだったようですね。
「じゃが、ミリアはどうじゃった?」
「腹に飛び蹴りを喰らいました」
「やはりそうか。……あやつ、リーフィアが森に戻ったと聞いて、全ての仕事を放って飛び出そうとしていたからなぁ。落ち着かせるのは大変だったぞ。飛び蹴り程度で済んだのは、むしろ運が良かったのかもしれぬな」
アカネさんの言葉に、ディアスさんも「あ~……」と遠い目をしました。
本当に迷惑をかけてしまっていたようですね。
にしても、全てを放り出して私優先ですか……ミリアさんらしいと言えばそうですが、少し恥ずかしい反面、それだけ必要にされているのだと思うと嬉しくなりますね。
でも、こんな堕落エルフのどこが良いのでしょう?
もしかしてミリアさんは俗に言う『ドM』なのでしょうか?
「……リーフィア。念のために言っておくが、今お前の考えていることはハズレじゃ」
「おお、そうでしたか。それはよかった」
もうアカネさんに内心を見透かされていることに驚きはしません。
彼女はそう言う人なのだと思っていれば、こうして無駄な言葉要らずで会話をすることが可能です。
ミリアさんもこれくらいの頭脳を持っていてくれれば、私も楽になるんですけれど……まぁ、無理ですよねぇ。
「……にしても、どうしてアカネさんがここに?」
「それはこちらの台詞じゃよ。リーフィアがこんな遠い場所まで来るのは珍しいな。……大方、ヴィエラの仕事の邪魔をして使いに出されたか?」
「正解ですよ。アカネさんからも言ってやってください。ヴィエラさんは人使いが荒いと」
「今回ばかりに関しては自業自得な気がするが……まぁ、一応言っておいてやろう。また家出されると面倒じゃからな」
「ええ、お願いします」
ヴィエラさんのお使いをしたせいでディアスさんに絡まれるし、兵士からいちゃもん付けられるし、今日は本当に良いことがありません。
アカネさんのように「自業自得だ」と言われてしまえばそうなのですが……そこは私。常に自分を正当化していくのです。
反省は──あまりしていません。
だって書類を荒らしたのはミリアさんですもん。
「で、アカネさんはどうしてここに来たのです? あなたもディアスさんに用事ですか?」
「その通りじゃ。ディアスと同じ仕事を任されておるから、その書類を取りに来たのだが……」
「ああ、ちゃんと届いているぜ。アカネの分は……これだな」
ディアスさんは私が持って来た封筒から書類を何枚か取り出し、アカネさんに渡しました。
「…………ふむ、今回もちと遠いな。……ほんと、最近は忙しくて仕方ない」
「大変そうですね~」
私は他人事のように、そう言いました。
今思うのは、私の仕事がアカネさん達のような雑務じゃなくて良かった。ということだけです。
……いや、本音を言うのであれば仕事なんてしたくはないのですが、アカネさんの忙しそうな様子を見ると「私って意外と恵まれているのでは?」と思ってしまいます。
「ああ、全くじゃ……必要なことだと理解はしておるのじゃが、こうも遠出が続くと体が鈍って仕方ない」
「本当に大変そうですね。……回復魔法要ります? 体の疲れも癒せると思いますよ?」
「……そうじゃなぁ。この仕事が終わったらお願いしよう」
「あ、俺も。俺にも頼むわ」
「終わったら声をかけてください。その程度のことなら、すぐにやって差し上げますよ」
私がやるのは、対象に向かって「元気になってください」と言うだけです。
それだけで回復魔法は発動して、私が思った通りの効果を発揮してくれます。
普通ならもっと面倒な詠唱が必要なのですが、そこは回復魔法カンスト。全て適当で問題ありません。
「──ってヤベェ! そろそろ準備しねぇと予定に遅れちまう!」
ディアスさんが訓練場に設置されている時計を見て、ぎょっと目を大きく開きました。
「おお、そうじゃな。本当に休む暇がない……ではなリーフィア。帰って来た時は頼むぞ」
ディアスさんとアカネさん。二人はさっさと訓練場を後にしてしまい、残ったのは私と休憩中の兵士のみとなりました。
私の仕事は終わったし、このまま残っていても気まずいだけですね。
「…………帰りますか」
行きは足取りが重かったのに対して、帰りの足は速い。
愛しのベッドちゃんを求めて、私はさっさと執務室に戻り────
「リーフィア! 大変なんだ!」
扉を開けた瞬間、ヴィエラさんが焦ったように声を荒げました。
──どうやら今日は『厄日』のようです。
「──なんじゃ、楽しそうなことになっておるなぁ」
着物をギリギリのところまではだけさせ、腰に扱いの難しそうな大太刀を差しているのは、私と同じ魔王幹部のアカネさんです。
彼女は訓練場の一角、壁まで減り込んでいる兵士を見つめ、クスクスと楽しそうに微笑んでいました。
「ディアス、訓練にしても、あれはちとやり過ぎじゃと思うが?」
「仕方ないだろ。あいつがリーフィアを侮辱したんだ。だから殴った」
ディアスさんが無愛想にそう言うと、アカネさんは納得したように頷き「なるほどなぁ」と小さく呟きました。
「あの者が原初の精霊の怒りに触れる前に、ディアス自身で手を下したか。……くくっ、仲間思いじゃなぁ」
「……ったく、どいつもこいつも……」
アカネさんは訓練場の状況を一瞬見ただけで、ここまで理解した。
彼女の状況整理と判断力。その実力を垣間見た気がします。
……やはり、アカネさんは底が知れませんね。
「それはそれとして……久しいなリーフィア。帰ってきてくれたようで安心した」
「……ええ、ご迷惑をおかけしました」
私とアカネさんが会ったのは、私が魔王城を家出する直前の話し合いが最後でした。
そう考えると、約一週間も会っていないということになります。
「妾は別に気にしていない。どうせ何かやるべきことがあるから出て行ったのだと、理解していたからな。いつかは帰ってくるだろうと信じていた」
……どうやら、アカネさんには筒抜けだったようですね。
「じゃが、ミリアはどうじゃった?」
「腹に飛び蹴りを喰らいました」
「やはりそうか。……あやつ、リーフィアが森に戻ったと聞いて、全ての仕事を放って飛び出そうとしていたからなぁ。落ち着かせるのは大変だったぞ。飛び蹴り程度で済んだのは、むしろ運が良かったのかもしれぬな」
アカネさんの言葉に、ディアスさんも「あ~……」と遠い目をしました。
本当に迷惑をかけてしまっていたようですね。
にしても、全てを放り出して私優先ですか……ミリアさんらしいと言えばそうですが、少し恥ずかしい反面、それだけ必要にされているのだと思うと嬉しくなりますね。
でも、こんな堕落エルフのどこが良いのでしょう?
もしかしてミリアさんは俗に言う『ドM』なのでしょうか?
「……リーフィア。念のために言っておくが、今お前の考えていることはハズレじゃ」
「おお、そうでしたか。それはよかった」
もうアカネさんに内心を見透かされていることに驚きはしません。
彼女はそう言う人なのだと思っていれば、こうして無駄な言葉要らずで会話をすることが可能です。
ミリアさんもこれくらいの頭脳を持っていてくれれば、私も楽になるんですけれど……まぁ、無理ですよねぇ。
「……にしても、どうしてアカネさんがここに?」
「それはこちらの台詞じゃよ。リーフィアがこんな遠い場所まで来るのは珍しいな。……大方、ヴィエラの仕事の邪魔をして使いに出されたか?」
「正解ですよ。アカネさんからも言ってやってください。ヴィエラさんは人使いが荒いと」
「今回ばかりに関しては自業自得な気がするが……まぁ、一応言っておいてやろう。また家出されると面倒じゃからな」
「ええ、お願いします」
ヴィエラさんのお使いをしたせいでディアスさんに絡まれるし、兵士からいちゃもん付けられるし、今日は本当に良いことがありません。
アカネさんのように「自業自得だ」と言われてしまえばそうなのですが……そこは私。常に自分を正当化していくのです。
反省は──あまりしていません。
だって書類を荒らしたのはミリアさんですもん。
「で、アカネさんはどうしてここに来たのです? あなたもディアスさんに用事ですか?」
「その通りじゃ。ディアスと同じ仕事を任されておるから、その書類を取りに来たのだが……」
「ああ、ちゃんと届いているぜ。アカネの分は……これだな」
ディアスさんは私が持って来た封筒から書類を何枚か取り出し、アカネさんに渡しました。
「…………ふむ、今回もちと遠いな。……ほんと、最近は忙しくて仕方ない」
「大変そうですね~」
私は他人事のように、そう言いました。
今思うのは、私の仕事がアカネさん達のような雑務じゃなくて良かった。ということだけです。
……いや、本音を言うのであれば仕事なんてしたくはないのですが、アカネさんの忙しそうな様子を見ると「私って意外と恵まれているのでは?」と思ってしまいます。
「ああ、全くじゃ……必要なことだと理解はしておるのじゃが、こうも遠出が続くと体が鈍って仕方ない」
「本当に大変そうですね。……回復魔法要ります? 体の疲れも癒せると思いますよ?」
「……そうじゃなぁ。この仕事が終わったらお願いしよう」
「あ、俺も。俺にも頼むわ」
「終わったら声をかけてください。その程度のことなら、すぐにやって差し上げますよ」
私がやるのは、対象に向かって「元気になってください」と言うだけです。
それだけで回復魔法は発動して、私が思った通りの効果を発揮してくれます。
普通ならもっと面倒な詠唱が必要なのですが、そこは回復魔法カンスト。全て適当で問題ありません。
「──ってヤベェ! そろそろ準備しねぇと予定に遅れちまう!」
ディアスさんが訓練場に設置されている時計を見て、ぎょっと目を大きく開きました。
「おお、そうじゃな。本当に休む暇がない……ではなリーフィア。帰って来た時は頼むぞ」
ディアスさんとアカネさん。二人はさっさと訓練場を後にしてしまい、残ったのは私と休憩中の兵士のみとなりました。
私の仕事は終わったし、このまま残っていても気まずいだけですね。
「…………帰りますか」
行きは足取りが重かったのに対して、帰りの足は速い。
愛しのベッドちゃんを求めて、私はさっさと執務室に戻り────
「リーフィア! 大変なんだ!」
扉を開けた瞬間、ヴィエラさんが焦ったように声を荒げました。
──どうやら今日は『厄日』のようです。
0
お気に入りに追加
1,624
あなたにおすすめの小説

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。

念動力ON!〜スキル授与の列に並び直したらスキル2個貰えた〜
ばふぉりん
ファンタジー
こんなスキルあったらなぁ〜?
あれ?このスキルって・・・えい〜できた
スキル授与の列で一つのスキルをもらったけど、列はまだ長いのでさいしょのすきるで後方の列に並び直したらそのまま・・・もう一個もらっちゃったよ。
いいの?

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

王女の夢見た世界への旅路
ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。
無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。
王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。
これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。
※小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる