上 下
55 / 233
第2章

歯車は少しづつ回ります

しおりを挟む
 それはいつも通りに私が執務室でお昼寝……もといお仕事をしていた時のことです。

「そういえば聞いたか?」

 今日も書類作業に追われていたミリアさんが、不意に声を上げました。

「何のことです?」

「ボルゴース王国のことだ」

 ボルゴース王国は、私がちょっと前にスパイとして潜入していた国です。
 魔王であるミリアさんを暗殺(笑)しようとして失敗に終わり、最後はミリアさんの手によって滅ぼされました。

 完全にその話は終わったと思っていたのですが……今更その国の話題が出てきて、私は横になっていた体を起こしました。

「そこがどうしたのですか? まさか国王生きていました?」

「いや、国王は余が殺したからな。生きているなんてことは、まずあり得ない」

「では、何のことなんです?」

「その国の背後にあった周辺国家のことだ」

 周辺国家……そういえば何個かあると国王が言っていたような気がします。興味が無いので半分以上は聞き逃していましたが、やはり元は偉大な国家であったが故に、昔はかなり支持されていたようですね。

「ボルゴース王国が一晩で滅んだことで、人間達は魔王軍に対しての警戒を強めたらしいぞ」

「……ほぅ……案外バレるものですね。生き残りでも居たのでしょうか?」

「違う。ただの当て付けだ」

「はぁ?」

「ボルゴース王国は大きな国だ。それ故に同じような大国だろうと無意味に喧嘩をふっかけることはしない」

 まぁ、そうでしょうね。
 今は魔物や魔族という『明確な敵』がいるわけですし、人間同士で争っている場合ではありません。
 それはどんな馬鹿でも理解しているでしょうし、あの馬鹿国王でもわかっていることでした。

「なのに、ボルゴース王国は滅んだ。だから多分魔王軍がやったのだろうと推測したのだろうな」

「……なんですか、それ。嫌な事件は全部魔王軍のせいですか?」

「残念ながら、そういうことになるな」

 何だそれ。と呆れると同時に、納得している自分がいました。
 人間はどんな溝があれ、今は互いに協力していかなければなりません。だから、共通の敵を作った方がやりやすい。
 今回のボルゴース王国の件も魔王軍のせいにしてしまって、もっと協力関係を結ぼうというのが、各国の考えなのでしょう。

 迷惑だとは思いますが、実際にやったのは魔王軍なので文句は言えませんね。

 でも、本当にこちらが関係ないことで罪を背負わされたら? それは本当に迷惑なことです。調べるのなら、ちゃんと徹底的に調べて欲しいものです。
 ……まぁ、証拠が残らないよう、全てを燃やしたのはミリアさんですけど。

「魔王軍の脅威は今、飛躍的に上がっているというわけだ」

 困っちゃうなと、ミリアさんは笑いました。
 この状況で笑えるということは、もう慣れっこなのでしょう。

「今回のことで、全ての人間が一斉に攻めてくる可能性は?」

「まず、無いだろうな」

 ほう、言い切りますか。

「人間がその作戦に乗り出すには、まだ不十分だ。どうしてかわかるか?」

「……ふむ……金と手数ですかね?」

「おお、正解だ」

 魔王軍と戦うということは、軍を、人を動かすということになります。
 それには莫大な費用が必要となるでしょうし、真っ正面からの戦争では被害も大きくなります。とにかく金と、手数が足りない。

 国家同士が協定を結ぶとしても、やはり上下関係はあります。如何に戦争の被害を少なくするか、他の国家に費用を負担させるか。それを上は相談しているのでしょう。

 それでいて戦果を欲しがる。
 戦いで一番貢献出来れば、他の国に大きい顔が出来ますからね。一番欲しがるのは、間違いなくこれでしょう。
 ボルゴース王国は魔王を単独で討伐したという成果が欲しくて、失敗しました。同じ轍を踏まないよう、人材の強化をするはずです。勿論、それにもお金はかかりますね。

 それでいて魔族の住む魔族領は、人の住む大陸から海を渡らなければなりません。
 全ての兵士を送り込むだけの船が必要ですし、船を動かす人材も必要となってきます。……これにも金がかかる。

 費用を無理して削減しようとしても、逆に人間側から不満が出るでしょう。
 ただでさえ働くのは嫌なのに、ボランティアも同然に命を賭して働かされるのですから、離反だって起きてしまうかもしれません。
 だからって装備に掛ける費用を軽減すれば、弱くなって勝率が落ちる。

 ……お金とは、ちょうどいいバランスで成り立っているものですね。

「所詮は金ですねぇ……」

「妙にカッコつけんでいい。だがまぁ、それによって我が魔王軍は助かっているのだ」

 それについては否定しません。

「ですが、万が一の場合を見越して、こちらも警戒する必要がありますね」

「それについては心配ない。現在、ディアスが兵士の強化を行っているし、アカネが魔族領中の村を回って警戒するようにと促している。ヴィエラはその処理に回ってくれているから、混乱も少ない。何か急なことがあっても、即時対応は可能だろう」

 なるほど。最近忙しそうに書類整理をしていたのは、それが理由でしたか。
 たった三人で混乱を抑えているというのは、かなり凄いことだと思います。その代わりハードワークになっているのは否めませんが、よくやっている方だと思いますよ。

 ……え、私?

 私は魔王様の護衛ですもん。
 ちゃんと働いていますよ。ええ、ちゃんと。

「……して、その話を私にするということは?」

「うむ、もしものことがあった場合、リーフィアにも協力を頼みたい」

「……はぁ、わかりました……」

「なんだ? 案外素直に受け入れるな。絶対に反抗されるかと思っていたのだが?」

「私だって必要時は動きますよ。ミリアさんに死なれるのは嫌ですし、住む場所がなくなるのも困りますからね」

 ミリアさんを守るというのは、アカネさんとの約束でもあります。
 約束を違えることはしたくないです。

「……面倒ですけどね」

「やっぱり面倒なのだな」

「そりゃ勿論。なるべく最悪の事態にならないことを期待しています」

「またスパイを頼むかもしれぬなぁ?」

「その場合は二ヶ月の休暇と、ミリアさんが面白半分で遊びに来ないことを約束していただければ考えます」

 ほんと、魔王が来ると聞いた時は珍しく焦ったんですからね。
 もうあのようなことが無いのであれば、また他の国でスパイをやるのも悪くありません。

「余達の監視が無いから、好きにサボれるとか思っていないよな?」

「…………(ギクッ)」

「おい、こっちを見ろ。おい」

「……………………」

 も、黙秘権を行使します。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

捨てられ従魔とゆる暮らし

KUZUME
ファンタジー
旧題:捨てられ従魔の保護施設! 冒険者として、運送業者として、日々の生活に職業として溶け込む従魔術師。 けれど、世間では様々な理由で飼育しきれなくなった従魔を身勝手に放置していく問題に悩まされていた。 そんな時、従魔術師達の間である噂が流れる。 クリノリン王国、南の田舎地方──の、ルルビ村の東の外れ。 一風変わった造りの家には、とある変わった従魔術師が酔狂にも捨てられた従魔を引き取って暮らしているという。 ─魔物を飼うなら最後まで責任持て! ─正しい知識と計画性! ─うちは、便利屋じゃなぁぁぁい! 今日もルルビ村の東の外れの家では、とある従魔術師の叫びと多種多様な魔物達の鳴き声がぎゃあぎゃあと元気良く響き渡る。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...